第30話

 幼馴染みの状態を診終わった計都ケートゥは再び人間に化身し、衣を纏って身支度を調えた。


「今日、姉ちゃんを伊勢へ連れて行けますよね?」


 不安げに口を開いた童に、計都ケートゥは首を傾げる。


「勿論ですわよ。何故かしら?」

「車、首で一杯になっちまってますけど……」


 計都ケートゥと童が乗って来た馬車は、代官所の者達の遺骸から刎ねた首が積み込まれている。

 帰りに二人が乗れるかどうかすら怪しい満載なのに、さらに娘をそこへ乗せるのは無理ではないかと、童は心配になったのだ。


「ああ、そんな事でしたの。きちんと考えてありますわよ」


 丁度その時、閉ざされていた入口の戸が叩かれた。


「こちらに導師はおられるか?」

「少しお待ちを」


 外から聞こえる女の声に、高野聖の一人が戸を開けた。現れたのは、二体の骸骨、即ち龍牙兵を従えた白虎である。


「!? …… いえ、失礼しました……」


 高野聖達は一瞬、驚いた顔をした物の、眼前の異形が計都ケートゥの配下である事をすぐに理解した。合掌して挨拶を交わした後、中へと招き入れる。


「導師、車の調達が出来ております。桑名から着いた荷車が商いの品を降ろした処で”皇家御用”として召しました。そちらの案配は如何でしょうか?」

「件の娘は、法術で動かぬ様にしてありますわ。伊勢へ連れ帰るには差し障りありませんわよ」

「そちらに横たわっている娘ですね。ではお前等、板へ載せて運び出せ。くれぐれも丁重にな」


 白虎の命令に従い、二体の龍牙兵は、予め用意してあった畳大の板に童の幼馴染を移し載せ、表に用意された荷車へとそのまま表へと運び出して行く。

 戸のすぐ外には、行きの物とは別の馬車が駐まっていた。牽いているのは、伊勢で使われている通常の大型馬で、御者も皇国臣民たる良民ではあるが、普通の人間だ。

 封鎖が解け、ようやく石津入りして荷を降ろして一休みしている処を、唐突に現れた白虎に引っ張って来られたのだ。

 この御者はしばらく前にも、皇国の間諜から伊勢へ急行する為に徴用された事があり、再び身に降りかかった珍事に顔をこわばらせていた。


「御苦労様ですわね。戻りの荷が多くて、行きの車だけでは積みきれなくなりましたの」

「は、はあ…… どうも……」


 身分が高いと思しき阿修羅アスラから三対の腕で合掌され、御者はただただ恐縮する他なかった。


「あ、あの、俺は何を運ばされるんで!?」


 竜牙兵が二体がかりで持つ板の上に横たえられている、全身に経文を書かれた若い娘の屍を見て、御者は狼狽した。

 どう見ても、只の気の毒な死人という訳ではなさそうな”訳あり”である。


「小生と連れが一人。それと、伊勢で処置しなければならない病人ですわ」

「病人っていうと、この娘っ子は、仏さんじゃなくて生きてるんですかい?」

「ええ、一応は。このままでは助かりませんけれどもね」

「そいつは大変だ。伊勢でなきゃ治らねえなら、早く連れ帰ってやらねえと!」


 重い病人の救護が呼ばれた目的と知り、御者はの顔から不安が消え、張りが出てきた。

 素人に”黄泉返り”の概念を解説するより、重病人と説明した方が早いと計都ケートゥは考えただけなのだが、思わぬ効果をもたらした様だった。


(純朴な善性。皇国の民に相応しい、結構な心根ですわね)


 計都ケートゥは、苦しむ者を助けようと張り切る御者の反応を見て、大いに満足を感じている。


「では、そろそろ、おいとましますわね。後日にお招きする際には、色々な事を御相談させて下さいませ」


 計都ケートゥは童を促し、調達した馬車へと乗り込むと、首を満載した白虎の牽く車と共に、伊勢側への帰路へとついた。


「上人様、行きましたね…… 阿修羅アスラ等、この眼で見るのは初めてでした」

「うむ。知己を得られた事を、我等にとって僥倖とせねばならぬ。この機を逃せば、本山の愚物共に屈したまま、立川流は滅する事を免れぬ」


 座して衰退を待つばかりだった立川流を立て直すには、知己を得られた皇国の助力が必要である。後ろ盾となれば、心強い事は間違いない。

 上人だけでなく、高野聖達の誰もがそれを理解していた。



*  *  *



 童は、幼馴染みを何とか取り戻した安心感からか、車中で眠り込んでしまう。

 目覚めた時には、桑名の宿場町にある、一門の詰め所で与えられている自室で寝かされていた。


「お目覚めですわね」

「う、あ…… おはようございます…… 長姉様……」


 障子が開き現れたのは、童がこの詰め所に初めて訪れた際、最初に出迎えた人狼の学徒だ。人狼の学徒の内の最年長者であり、他の人狼の学徒と共に、ここに逗留し続けて童の教導を担っている。

 正規の学徒ではない童にとっては、本来なら門姉ではないのだが、周囲に倣って彼も長姉と呼んでいた。

 眠い目をこすりながら、童は床から起き上がった。


「村の皆様の事は残念でした。然れども、見事に仇を討ち、大切な方を庇護出来ましたね。それでこそ人狼の漢」

「俺は、ただそこに行ったってだけで…… 阿瑪拉アマラ師や人狼兵の皆さん、和修吉ヴァースキ師、それに導師がおらなんだら、俺は何も出来なんだです……」


 長姉は童の快挙を褒めそやすが、当人は戸惑っていた。捜索や事態の解明、そして報復といった一連の始末の殆どは、自身がが行った訳ではないのだ。


「いえ。任せきりにせず、自らそこに赴いた事こそが立派なのですよ。生まれ来る仔等にも、父の所業として誇れましょう」

阿瑪拉アマラ師が孕んだ事、知っとったんですね。それと”等”って、何です?」


 童は、僅かな言葉尻も聞き逃さなかった。もしかして……


「ええ。師だけではなく、私を含め、この詰所に逗留する人狼の学徒五名は皆、胎に赤児が生じました」


 長姉は、満面の笑みで童に懐妊を告げる。

 手元で養い育てる訳ではないとはいえ、一度に六人の子持ちとなる事となった童は、口を半開きにして無言のまま、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

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