第28話

「先に荼毘に付した訳ですが、法要はどうなさいますかな?」

「明後日に行い、骨はこれらの郷里の村へ葬るとしよう。宜しいか?」

「では、その様に」


 代官達の弔いについて上人に問われ、美州領主は意向を告げる。

 上人は承諾したが、計都ケートゥが異議を唱えた。


「郷里の村で弔うというのは結構ですけれども。墓を造るに及びませんわ。骨の始末は、散骨として下さいませ」

「首を刎ね、食すだけでは飽き足らず。墓を建ててやる事も許さぬと言われるか……」

「それもありますけれども。滅した村に墓を建てても無縁仏ですもの。後から移り住んで来る方にとっては、そんな物があっても迷惑ですものね」

「ふむ……」


 計都ケートゥがつけた物言いの内容に、美州領主は補陀落ポータラカの価値観を見た。

 彼等は苛烈と言うよりも、冷徹なのだ。共存が互いに益である限りは、その矛先を向けてくる事はないだろう。


「墓という物は、残された者が故人、祖先を偲ぶ為にある。故に、計都ケートゥ殿の言にも一理あろう」

「結構ですわね」


 上人の同意を得て、計都ケートゥの話は、代官の郷里の村自体へ及ぶ。


「ああ、そうそう。代官の郷里の村に転がっている、住民の骸の始末もありましたわね。そちらが差し向けている検分の兵ですけれども、いったん退かせて下さいませ。本日中に皇国の者共が、骸の首を刎ねて持ち帰りますわ」


 美州領主は、計都ケートゥの要求を受け、少し考えた末に承諾した。

 

「良かろう。残る体も捨て置けぬ故、出来れば荼毘に伏しておいて頂けると助かる。代官共と併せ、法要はこの寺でなく、村の方でまとめて簡素に行おう。上人殿には御足労願う事となるが……」

「経緯が経緯ですからな。確かに、弔いは石津で行うよりも、人目に付かない郷里の村でまとめて行った方が賢明でしょうな」


 代官達は、同じく全滅した郷里の村の者とまとめて葬儀を行う。対外的には筋が通っており、かつ人目に触れさせずにも済む。

 単にこちらの顔色を伺うのみの迎合では無く、利点を見いだした上での二人の合理的で迅速な結論に、計都ケートゥも大いに満足した。


「では、その様に。早速ですけれども件の村へ、その旨の伝令を立てて下さいませ。小生も、こちらの手の者にその旨を伝えますわ」

「心得た」


 美州領主は合意を受け、侍の一人に声を掛けると早馬を出す様に命じた。



*  *  *



 差し当たりの収拾の目処をつけた為、美州領主は稲葉山城へと引きあげる事にした。

 引き連れてきた手勢の大半は、代官所の者達の弔い、そして石津の統治を暫定的に任せる為に残し、直衛として五騎のみを伴っての帰城である。


「此度の会談は凶事がきっかけとなってしまいましたけれども、今後は互いの安寧を願いたいですわね」

計都ケートゥ殿、その言葉、有り難く承る。そして上人殿。痴れ者と言えども我が配下の者共の弔い、宜しく御願い申し上げる」

「心得ましたぞ」


 計都ケートゥと上人の見送りを受け、美州領主は直衛と共に騎馬を駆って寺を後にした。



*  *  *



 残された侍達は遺骨を拾い、あり合わせの袋や壺、桶等へと詰めている。計都ケートゥとの和議で定められた通り、後日の弔いの際には散骨される事になる。

 軽く触れただけでもろく崩れてしまう骨に、侍達は計都ケートゥの法術の威力を思い知らされていた。


「では、例の娘の元へ案内して頂けるかしら?」

「着いて来られよ」


 上人は本堂の裏側へある土蔵へと、計都ケートゥをいざなった。童もそれに付き従う。

 蝋燭の灯りがともされた室内の中心では、四名の若い僧が、横たえられた裸身の女を囲んでいた。僧達は、上人と共に石津へ来訪していた高野聖である。

 女は焦点の合っていない眼を開き、呆けた様に口を開いたまま身じろぎもしない。肌は血の気を失った土気色で、息も絶えているので、屍である事はすぐに解る。

 高野聖の内の一名は、筆を手に、女の体にくまなく梵字による呪文を書き込んでいる。彼が、この内で最も力量を持つ筆頭格だ。

 また残る三名は、それぞれ女に向かい、数珠を手に合掌して読経していた。拘束の術式を書き終えるまでの間、”黄泉返り”の行動を抑える為である。

 程なく術式を書き終えた筆頭格は筆を置くと、上人達に向き直った。残る三名も、読経を終えてそれに倣う。


「上人様。封印を施し終わりました」

「御苦労」


 筆頭格の報告に、上人も合掌で応える。


「そちらのお二方は?」


 上人が”黄泉返り”を封じる場に客を通した事に、筆頭格は怪訝な顔で尋ねた。その表情に、童は思わず声を荒げた。


「ね、姉ちゃんに、姉ちゃんに、何をしてた!」

「姉ちゃん? もしかして、この娘の知り合いかな?」


 高野聖達は”黄泉返り”と化した娘を捕らえて寺に運び込んで以後、掛かり切りで封印を施していた。

 その為、今回の件に関わる一連の事情を全く知らないままだった。当然に、娘、そして童や計都ケートゥの素性も彼等は知らぬままである。


「そうだ! 答えろ!」


 童の言葉に筆頭格は、この哀れな娘の知己を、上人が見つけ出して連れてきたのだろうと、当たらずとも遠からずな理解をした。


「聞いているかも知れないけれども、残念ながら、既に亡くなっているよ。亡骸が死にきれずにさ迷っていてね。放っておくと、多くの人に祟りをなしてしまうから、仏様の力で封じたんだよ」


 子供に説いて聞かせる様な筆頭格の口調は、童の心をさらに逆撫でした。


「そんな事は知ってる! 姉ちゃんが苦しんでるなら、すぐに止めろ!」

「その点は大丈夫ですわね。その術式なら、”黄泉返り”の混濁した意識は閉ざされていますわね。夢を見ずに眠っているのに近いですわ」

「そうですか…… そう仰るなら……」


 計都ケートゥの解説に、童も落ち着きを取り戻して引き下がった。

 元々、幼馴染が、周囲に怪異を振りまかない様、封じざるを得ない状態である事は童にも解っていた。だが、いざ目の当たりにして、理性を失いかけてしまったのである。


「よく御存じですね。そちらの方は、祈祷の心得でも?」


 封印の特性を語る計都ケートゥに、筆頭格は不審を感じた。封印の知識等、素人が持っている筈がない。


「まぐわいで生じる和合水を混ぜた墨で、呪文の効果を高める。その様な術を和国で使う皆様は、高野山の内でも、立川流に属する方々ですわね」

「!」


 計都ケートゥに自分達の素性を喝破され、高野聖達は絶句した。

 立川流とは、男女の交合によって仏と一体となると説く、真言宗の一派である。仏道は一般に不邪淫戒として僧侶の交合を禁じる為、立川流は特異な立場なのだが、快楽を肯定する教えや強い法力によって、かつては強い権勢を誇っていた。

 だが、朝廷が分裂した南北朝の乱に際し、破れた南朝方に組した為に、この時代では既に衰退してしまっている。高野山に於いても主流派からは邪道と見なされ、かろうじて命脈を保ってはいる物の、あえてその教えを志す僧は少ない。

 彼等が妖怪変化の懲伏に従事するのは、法力の実力、そして有用さを示して高野山での立場を保つ為でもある。


「……知っておられたか」

「あるいは、と思っていましたけれども。呪文の墨を見て確信しましたわ」


 流石に上人は、立川流の教義を奉じていると知られても動じなかった。


「しょ、上人様。そちらの方は一体……」

「申し遅れましたわね。小生は計都ケートゥ。伊勢を支配する補陀落ポータラカ皇国で、那伽摩訶羅闍ナーガマハラジャへ学問を説く阿修羅アスラですわ」


 狼狽えながら尋ねる筆頭格に、計都ケートゥは邪気のない微笑を浮かべて名乗る。

 その無垢な顔はかえって、高野聖達に畏れを抱かせた。

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