第27話

「ところでこれは、どうやって食べればいいのでしょう?」


 生首を受け取った童は、戸惑った様子で首を傾げて計都ケートゥに尋ねる。

 食べなければならない脳髄は、頭皮の下、頭蓋に収まっている。人狼の顎ならかみ砕けそうだが、今の童は人の姿だ。


「あらあら、御免なさいね」


 計都ケートゥはどこからか、手の指ほどの太さがある、長さ一尺程の鉄の管を取り出した。片側の先端は、竹槍の様に斜めになっている。


「これを、こうするのですわ」


 計都ケートウは管の尖った先端を、童が持つ生首のつむじの辺りにあてがって押し込んだ。

 管は、盛った飯に箸を刺した様に、半分程の長さを残してするりと入ってしまった。

 


「管を使って、中の脳髄を吸い出すのですわ」


 童は言われるままに、生首に刺さった管を加えて中身を吸う。すると、どろりとした物が口の中に入って来た。


「如何かしら?」

「う、旨い! 旨いです!」


 童の想像とは違い、それはとても甘く心地よい舌触りだった。

 生まれて初めての美食に、童はそれが何であるかを忘れ、夢中になって喉を鳴らして吸い出す。程なく頭蓋は空になってしまった。

 童は物足りなさを感じ、龍牙兵が骸の首を黙々と刎ねている方へと目をやる。


「脳味噌、もう一つ食ってもいいですか?」

「人の脳髄は神属にとって大切な霊力の源ですわ。伊勢にいる神属の皆が贄に困る事が無い様、貪ってはいけませんわよ」

「は、はい……」


 珍しくも自分から欲求を露わにした童を、計都ケートゥは静かにたしなめる。

 童は己の言葉を恥じ、顔を紅潮させた。

 計都ケートゥの言う通り、贄となる”食べて良い人間”は貴重である。例えどんなに美味でも、無駄に食してはならないのだ。

 人間として育った童に、贄を食す事を受け入れさせ、かつ、むやみに求めてはならない事も同時に説く。石津を来訪した目的の一つが達せられ、計都ケートゥは満足そうに頷いた。

 一方、計都ケートゥと童の様子を遠巻きに見ていた侍達は、一部始終をただ呆然と眺めていた。

 ただ骸の首を刎ねるだけならば、人同士の戦でも行う事だ。だが、脳をすすり、さらには美味と舌鼓を打つ等、到底あり得ぬ鬼畜の所業である。

 あの美しい童は人の姿だが、やはりこの世の物ならぬ人食いのあやかし。深く関わってはならぬと、彼等は無意識に理解を拒んでしまった。

 神属が無辜の人間を食さず済む様にという計都ケートゥの考えもまた、彼等には察する事が出来なかった。

 

計都ケートゥ師、積み終わりました」


 龍牙兵が境内に横たわる骸全ての首を刎ね、馬車へと積み終えた事を白虎が報告して来た。


「御苦労様。さて、お二方。こちらの始末は済みましたけれども、胴より下はどうなさいますの?」


 計都ケートゥは、丁度、様子を見に出てきた美州領主と上人に向き直る。

 彼等は流石に、首を刎ね終わった骸を見ても全く動じていない。


「先程も言うた通り、葬ってやらねばなるまいが…… この数は難儀だのう」


 美州領主は、首を奪われた骸を見て溜息をつく。百三十余りの棺を用意するだけでも一苦労である。


「さし当たり、骸が腐ってしまう前に荼毘に付すのが良かろうな」

「そうであろうな。薪であれば、まだ調達も容易であろう」


 上人の提案に、美州領主も頷く。


「薪は無用ですわ。皆様、お下がり下さいませ」


 計都ケートゥの声に、侍達は何事かと慌てて境内の隅へと下がる。


「では、参りますわ」


 計都ケートゥが右手の指を弾くと同時に、境内は紅蓮の炎に包まれた。

 だが、激しく燃えさかっているにも関わらず、周囲には全く熱が伝わって来ない。

 美州領主や上人、そして侍達は、呆然と見守る他なかった。


「この位ですわね」


 しばらく後、計都ケートゥが再び指を弾くと、炎は瞬時にかき消えた。

 後に残るは、燃え残った人数分の遺骨ばかりである。


「焼いてしまえば、後は面倒がありませんわね。後はどうぞ、満足がいく様に葬儀をあげて下さいませ」

「う、うむ…… 者共、骨を拾ってやれ」


 美州領主は、呆然としたままの侍達に、遺骨を拾い集める様に命じた。

 さしもの彼も、法術を初めて目の当たりにして顔が青ざめている。これを戦で使われればどうなるかは、赤児でも解るだろう。


(この様な人外に、人間が勝てる道理がない……)


 一方、上人は、眼前で振るわれた超常の力に惹かれる己を感じていた。

 自分が長年の修養でようやく身につけた法力を遙かに超える術を、この阿修羅アスラは事も無げに使う。


(素晴らしい、これこそが……)


 力を欲する心を示す上人の眼光を、計都ケートゥは見逃さなかった。

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