第22話

 和修吉ヴァースキ計都ケートゥの指示で、検分の為に代官の郷里へと向かった頃の石津。

 代官兄妹に自害を迫った阿瑪拉アマラは、後の監視を以前から石津に配置されている間諜達に任せると、童と共にひとまず休息を取る事にした。指揮所として馬車を、薬座の行商に偽装して村外れに待機させてある。

 ちなみに、屋敷の外に住まう代官の配下の始末についても、間諜達の手で、夜が明ける前に行われる。

 始末するのは代官が郷里から登用した者だけで、代官の赴任前から務めている者や、美州領家から寄越された者は除いている。個々の区分については、今回の件に関わりなく間諜達が以前から把握していたので、全く問題ない。

 これらの者に手を出さないのは、代官の地元贔屓から起こった今回の件と関わっている可能性が低い事と、為政者の不在で石津が無秩序に陥るのを防ぐ為である。

 二人が村外れまで行くと、しっかりした造りの大型の馬車が駐まっていた。薬座が使用している物と同様の型で、今の美州では珍しがられる物ではない。


阿瑪拉アマラ師に、そちらは新たな侍従見習殿でしたね。御苦労様です。音は一切漏れぬ様になっておりますので、しっかりとお休み頂けるかと思います」

「世話になりますで」「宜しくお願いします」


 人間の女に変化している羅刹兵の御者に出迎えられた二人は、自らも人型を取って中へと乗り込んだ。本来の姿で入るには車体が小さい為なのだが、衣がないので例によって裸体である。

 中には荷物の類が殆ど無く、代わりにゆったりと休める様に寝具が整えてある。枕の傍らには”後始末”の為の紙も備え付けられていた。

 御者が周囲を警戒し、さらには人間除けの結界も巡らせてある。緊急時には即時の発車も可能だ。安全には十二分な配慮がなされているので、仮の宿としては申し分ない。


「しっかり寝ておきなされよ。和修吉ヴァースキ師の検分次第で、あちらの村まで出向くかも知れませんでな」

「あの…… 営みはいいんですか?」


 早々に横たわり布団を被る阿瑪拉アマラに、童は思わず聞き返す。

 支度も調っている事から、寝る前にまぐわう物だとばかり思っていたのだ。皇国の女の荒淫ぶりは身にしみているし、自分も徐々に染まりつつある。


「胎に赤子が宿りましたで。流れてしまわん様、もう少し腹が大きゅうなるまでは慎みませんとな」

「え、赤子が!? 俺の?」


 阿瑪拉アマラが孕んでいると聞き、童は仰天した。まぐわえば子が出来るのは自然な事なのだが、自分の胤で命が生じたと聞かされて慌てるのは男の常である。


「そうですわ。生みの親が手元で育ててはいかんというのが皇国の掟なもんで、生まれたらすぐ、子育てをする処へ引き渡さんといかんのですけどな」

「え、阿瑪拉アマラ師は確か、島で赤児を育てるのを仕切っているんじゃ?」


 阿瑪拉アマラが菅島の乳児舎を統括している事は聞かされていた童は、意外な顔をする。


「ああ、一門のもんが産んだ子は菅島では育てんで、平家の女衆がやっとる別の乳児舎で育てる事になっとるんですわ。儂等が手ずから育ててしもうては、いらん情をかけてしまいますからな」


 権力の側にある一門にも法を厳格に適用する為、複数の乳児舎を用意する皇国の徹底ぶりに、童は納得した。


「だからこそ、産むまでは儂の胎できっちり育てませんとな。成年するまで、しばしの別れになりますで」


 阿瑪拉アマラは愛おしそうに、子の宿る下腹を撫でている。童もそこを凝視したが、まだ膨らみはよく解らない。


(こん中に、俺が胤を仕込んだ子がいるのか……)


 養い育てる責が無いといっても、血を分けた子が出来るのだ。童は否応なく父となる事を自覚せざるを得なかった。


「おっ母さんが族長代で立派な学師様でも、親父が情けない様じゃいかんですよね……」

「なれば儂等の子に恥じん様に、今回の事はきっちりとしなされよ」

「はい。村の仇は討ちました。後は、姉ちゃんがどんなになってても取り戻します」


 力強く頷く童を、阿瑪拉アマラは愛おしく抱きしめる。彼女が童に抱く情は、牡に対する物というより、子に対するそれに近い。

 本来ならいつもの様に、強張りを胎に迎えて繋がりたい処だが、中で座している命の為に阿瑪拉アマラはこらえる。

 食事の様に交合を嗜む皇国の女にとって、禁欲は少々辛い事なのだが、もう少し育つまでの辛抱だ。


「お主は本当に、心根が優しくて強い、とてもええ子ですわな……」


 そして二人は、そのまま泥の様に眠りに落ちていった。

 代官の郷里が壊滅した状況の詳細や、幼馴染みの娘が蘇って徘徊している可能性が高い事、そしてその捜索の進展を二人が知るのは、目覚めた後となる。



*  *  *



 翌朝。

 代官所では、代官を始め殆どの者が出自して来なかった。

 普段通りに出自してきた次席の役人が不審に思い、代官の屋敷を訪ねると、中では凄惨な光景が広がっていた。

 奉公人、そして警護の足軽等、務めていた者達は皆、物言わぬ骸となって斃れている。ある者は刃物で喉をつき、別の者は欄間に縄をかけてぶら下がっていた。息をしている者は一切いない。


「一体何が……」


 狼狽しつつも刀を抜き、警戒しながら役人は奥座敷へと進む。

 そこには、屋敷の主、そして妙齢の女がやはり自害して果てていた。

 書机の上に遺されていた文を見つけた役人はそれを読み、昨晩に何が起きたかを知る。

 人狼に企てを暴かれて責め立てられた末、故郷の民に報復の牙が向かぬ様、代官は自らの命で始末をつけたというのだ。

 畳の上に、若干の獣の毛が落ちている事が、人狼の来訪が事実であろう事をうかがわせる。

 伊勢の例もあり、人外のあやかしが人の治世に干渉して来た事については、大いにありえるとして、役人は疑義を持たなかった。まして文面にある通り、人狼が加護を与えていた村を害した事への報復を受けたのであれば尚更である。

 代官だけでなく、屋敷の者が悉く自害しているのは、彼等がそろって代官と同郷の者で、一蓮托生の立場だったからだろうと役人は推察した。

 彼自身は代官に登用されたのではなく、元々、下克上で成り上がって以来の美州領家の直臣である。その為、きこりの村を滅ぼして奪う企てについても知らされなかったのであろう。思えば、代官所に今朝、出自して来なかったのはこの屋敷の者同様、代官の伝手で任じられた同郷の者、要は子飼いばかりだ。


「もしや!」


 嫌な予感を覚えながら役人がひとまず外へ出ると、出自していない他の者の家へ様子を見にやった代官所詰めの奉公人が、息を切らして走って来た。


「え、えらい事です! どいつもこいつも皆、首くくったり喉を突いたりしてくたばってます!」


 奉公人は慌てふためいて、身振り手振りを交えながら惨状を報告した。


「誰か、何が起こったのか聞けそうな者はおらなんだのか?」

「それが、当人だけじゃなくて女房も童も、みんな逝っちまってて! 何が何だか!」

「そうか……」


 最悪の状況を聞いた役人は、深く溜息をついた。


「あの、もしかしてお代官様も?」

「うむ、屋敷に詰めておる者、皆がそうだ。面妖と言う他ない……」


 奉公人が恐る恐る尋ねると、役人は重々しく頷いて認めると共に、侍として次の行動に映るべく頭を切り替えた。


「さし当たり”疫病が出た”という名目で、代官所、そして各々の家は出入りを差し止める。残る足軽や奉公人を集めて直ちにかかるぞ! それと早馬を支度せよ! 殿へ一刻も早く知らせねば!」

「は、はい。でも殿様が知ったら俺等、もしかして……」

「咎めがあれば拙者が一身で引き受ける故、貴様等は余計な事を考えるな! さあ行け!」


 不安を口にしかけた奉公人だが、役人に叱責されると、慌てて残る者達を集めに走って行った。


「……愚かな事をしてくれた、あの成り上がりめが!」


 奉公人が走り去った後、役人は忌々しげに代官への悪態を一言こぼし、美州領家への報告の口上を考え始めた。


(さて、美州領家はどう動く?)


 代官所や屋敷で慌ただしく動く者達の様子を、人間に化身した間諜達は陰から監視していた。

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