第21話

 代官兄妹の郷里を殲滅する為に差し向けられた人狼兵達が見た物は、何者かに襲撃され、住民が死に絶えた集落の惨状だった。

 報告を受けた阿瑪拉アマラは、自らの知らぬ処で皇国の別働隊が動いた可能性を疑ったが、八咫鏡で軍に照会した結果、それは否定された。

 皇国が関わっている場合、残る可能性は計都ケートゥによる独断専行なのだが、一門から二名の学師を送り込んでいるのに、その頭越しで動くとも考えにくかった。

 とはいえ、一応の確認、そして想定外の事態の発生は知らせねばならない。

 阿瑪拉アマラからの通信を受けて状況を知った計都ケートゥは、童の村の検分を終えていた和修吉ヴァースキを現地へ向かわせる事にした。

 代官の郷里の村へ向かった人狼兵達はいずれも医術の心得がなく、遺骸の細かい検分に慣れていないのである。


*  *  *


 代官の郷里の村。そこから若干外れた場所に、星の光を遮る厚い雲の上から、轟音と共に雷光が突き刺さる。和修吉ヴァースキの到着だ。


「人別改 ※住民台帳 は押さえたか?行方の知れない者は?」


 出迎えた人狼兵に、和修吉ヴァースキは開口一番、行方知れずの住民の有無を尋ねた。


「照合しました。皆、遺骸を確認しております」

「結構、手間が省けた様だ。早速だが案内してもらおう」

「畏まりました」


 逃れていた者がいれば、直ちに捜して捕縛せねばならなかったが、その必要はなかった様だ。

 出迎えの人狼兵の先導で、和修吉ヴァースキは村の状況を見て回った。

 点在する粗末な家々は、童の村と大差ない。屋内外を問わず、あちこちに住民だった屍が転がっており、死臭が漂っていた。

 逃げ出そうとしたと思しき者もあれば、鍬や鎌、包丁といった得物を携えて戦った様子の者もある。

 特に屋内には、子供の変わり果てた姿が目に付いた。いずれも首を絞められたり、あるいは頭を踏みつけられる等して殺害されている。

 略奪を受けた痕跡が一切無く、山賊・夜盗による襲撃ではない事が見て取れる。

 また、屍の状態から、鏖殺は昨晩から今朝未明にかけて行われたと思われる。


「銭目当ての賊ではなく、勿論、皇国の者でもない。一体何者の仕業でしょう、和修吉ヴァースキ師?」

「よく見たまえ。この者達は、外の者から襲われたのではない。村の者同士で互いに争っていたのだ」


 和修吉ヴァースキの指摘に、人狼兵達はそこかしこに転がっている遺骸の様子を改めて観察した。

 確かに良く見ると、斃れている者の傷口は、別の者の持つ得物で傷つけられた様である。


「さて諸君。明白な証拠を示して見せよう」


 和修吉ヴァースキが刃にこびりついた血に法術をかけ、別の屍と照合してみると、いずれも一致する物があった。

 さらに和修吉ヴァースキは、斃れている者の内、特に若年や壮年の女の手や足が、自らの物でない血にまみれている事も指摘した。


「家々の中で死んでいた幼き者は、自らの母や祖母、姉といった身内の手にかけられた様だ」


 殺戮が住民同士の殺し合いによる物である事は、疑う余地がなくなった。

 次に問題になるのは、そのきっかけである。


「件の代官の企てに関わる事で、村の中でいさかいが生じたのでしょうか?」


 人狼兵達の頭に浮かんだのは、無人となった童の村への入植に関わる争議があったのではないか、という疑いである。

 後を継げない次男坊以下の者を入植させるとは言っても、規模から考えれば全員という訳にはいかないだろう。そうなれば、誰が行けるかという事が争いの元になる。

 和修吉ヴァースキはその疑念を、静かに否定した。


「その程度で、ここまで惨い事にはならぬな。それに代官が無能でないなら、新たな村へ行けない者にも良い雇い口をあてがうなり、銭をつかませるなりして不満が出ない様にするだろう」


 家柄ではなく、足軽から抜擢され、交易地の代官にまでなった男だ。無能な筈はない。


「それに、村中の紛議が元であれば、女達が我が子を手に掛けた事までは説明が付かぬ」

「確かに。そうなると、一体何が……」

「我の見立てでは、これらは狂わされていたと考える」

「幼き同胞はらからの村同様、麻薬ですか?」

「否、これは法術による物だろう。麻薬では酔った様に夢うつつになるからな。崖から身を投げる様に仕向ける事は出来ても、この様に殺し合わせるのは難しい」

「成る程……」


 狂わされていたと聞き、人狼兵達は童の村で使用された例を思い浮かべたが、和修吉ヴァースキは否定した。


「住民は脳髄に強い恐れを送られ、周囲の者全てが敵に見えてしまったのだ。見たまえよ、どれもこれも、狂い歪みきった顔で息絶えているではないか」

「ふふ、愚民の末路には相応しいですなあ」

「いやいや全く、和修吉ヴァースキ師の仰る通り!」


 和修吉ヴァースキは死者を嘲る様に嗤いを浮かべ、人狼兵達も追従して笑い声が広がった。彼等にとって、この村の民は憐れむ対象ではなく、自分達が処断すべきだった罪人なのである。


「それにしても、法術となると一体誰が? 皇国の者の筈で無し……」

「もしや、族長代の隊が出会ったという、高野山の僧!」


 人狼兵達の一人が、高野聖の存在に思い当たる。だが、和修吉ヴァースキはその説を否定した。


阿瑪拉アマラ師に気配を悟らせなかった位だ。確かにそれだけの法力は備えているであろうが、理由がない」

「では、和修吉ヴァースキ師は如何にお考えで?」


 自説を否定された人狼兵が思わず聞き返す。


「人別改の記載で、ここ一年内に死者が出ているか解るかね?」

「はい。目を通した限り、その様な者はいませんでした。一昨年に齢十の童が病で死んでいるのが、最も近い物です」

「ふむ……ではやはり……」


 人別改を検分した人狼兵の回答に、和修吉ヴァースキは考え込んだ。


「今回の件と絡むのでしょうか?」

「死者を蘇らせ使役する術がある。伊勢に来てから我々が導入した、殭屍キョンシーもその一つだ。だが希に、自然にも起こりうるのだ」

「それが、この村を鏖殺したと?」

「是。自然に蘇った死者は、術による操作を受けていない為、意識が混濁したままに徘徊する。さらに、その者に阿羅漢アルハットの資質があれば、朦朧としたままに法力で周囲に怪異を振りまく事になる。丁度、衰えて呆けた年寄りが、戯言をわめき散らしてうろつく様な物だな」


 最後の一言に、人狼兵達からは再び笑いが巻き起こったが、和修吉ヴァースキが片手を挙げて制すると一斉に静まった。


「この有様は、蘇った屍が、朦朧としたままに行ったと?」

「是。念の為、この村の者が蘇ったという事も考えて聞いたのだが、それはない。となると、やはり……」

和修吉ヴァースキ師には元より、心辺りがおありなのですね?」


 和修吉ヴァースキは指摘に頷いた。


「是。我々が庇護すべき娘、そのなれの果てかも知れぬ。崖から身を投げて落命した後に蘇り、山林を彷徨った末にこちらの村へたどり着いたのだろう。そして、住民はまき散らされた法力で正気を失い、互いに殺し合ったという訳だ。俗に”死霊の祟り”等と称される事象だな」


 和修吉ヴァースキの推論に、人狼兵達は絶句した。幼き同胞はらからが捜し求めていた娘が、既に落命していたばかりか、生ける屍として彷徨っている。さらには法力を振りかざして一つの村を滅ぼしたというのであるのだから無理もない。


「娘は自らを襲った下手人を知り、報復に訪れたのでしょうか?」

「知性を失っているだろうから、それはないと思われるな。この村は、単に運が悪かったのだ。まあ、これが無くてもどの道、諸君の手にかかっただけであろうがな」

「以後、どの様に取り計らいましょうか?」

「今述べたのは、あくまで仮説だ。神属、あるいは生きた人間の阿羅漢アルハットという事も、全く無いとまでは言い切れぬ。ともあれ、これを行った者を放置は出来ぬ。即刻探し出し、身柄を押さえねばならぬな」

「はい。別の隊も、こちらの周囲へ増援として呼び寄せましょう」

「是。直ちに八咫鏡で通達せよ」


 増援を求める提案に和修吉ヴァースキは即答し、提案した人狼兵は八咫鏡で他の隊への通信に取りかかった。


「諸君、霊力の消耗を惜しまず、個々の結界を強く張っておきたまえよ。一村をあっさりと滅ぼした相手だ。神属と言えどもまともに対峙すれば、この村の者共同様に、法力で心を壊される事もあり得るからな。知性を備えない”力”は、それ故に厄介なのだ」


 和修吉ヴァースキはいつになく真剣な顔で、人狼兵達に警告する。普段の余裕ぶりからは考えられない態度に、人狼兵達は、捜す相手の手強さを想起して身を引き締めた。


「”捕縛”ですね? ”殺害”はならぬのですね?」

「是。特に天然の蘇生者なら貴重な標本だ。絶対に壊すなよ?」


 人狼兵の一人から、和修吉ヴァースキに、対象の取り扱いについての問いが出る。童の慕う相手をなるべく傷つけたくないという思いからの確認だったのだが、返された答えに一同は鼻白んだ。和修吉ヴァースキの声と瞳には、明らかに学師としての”期待”がこもっている。加えて”壊すな”と言った事から、理性を失った蘇生者を、人として考えていないのも明らかだ。

 和修吉ヴァースキはやはり、皇国の内でも、理を尊び冷徹非情として畏れられる”一門”の学師なのだ。


「学問の上ではその様な見方となるのでしょうが、あえて申し上げます。幼き同胞はらからの心情を鑑みるべきかと。もし件の娘が生ける屍と化してしまっているなら、むしろ一思いに屠り、葬ってやるべきではないのでしょうか」

「ふむ……」


 たまりかねた人狼兵の一人が再考を促す。和修吉ヴァースキは少し考え込んだ後、方針を修正した。


「一理あるが、”庇護に最善を尽くす”との約定もあれと交わしているのでな。”壊すな”と言ったのはその意味も含めての事だが…… 宜しい。捕縛した後にあれを呼び寄せ、慕う娘の変わり果てた姿を見せた上で決めさせよう。学究の礎にするも土に還すも、あれ次第だ」


 和修吉ヴァースキの酷な判断は、人狼兵達を更にたじろがせたが、その内の一人は真意に気付く。


「この機に、幼き同胞はらからの資質を試す…… そういう事ですか」

「是。御夫君様の御側に侍る事を認められた、才覚ある童。あれが如何なる決を下すか、実に興味深い物だよ」


 和修吉ヴァースキの意図に、人狼兵達は戦慄する。万が一、一門の重鎮にして皇族でもある和修吉ヴァースキの意にそぐわない判断を、童が示せばどうなるか…… 言仁はそれでも庇うだろうが、童の栄達に傷がつく事は想像に難くない。宮中では、例え皇帝夫妻の寵愛を受けていても、有力な家臣の機嫌を損ねれば立場が危うくなる事もあるのだ。

 そうならない事を願いつつ、人狼兵達は捜索へと出向いていった。

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