第19話

「ところで御母堂が捕らえられ、祟り神として祀られた経緯について、書物には書かれていないかね?」

「残念ながら、その辺の事はありませんでしたわ」


 和修吉ヴァースキの問いに、阿瑪拉アマラは手を振って惜しそうに答える。


「そうか。あの牢獄は、建造されてからおよそ三百年は経っておるからな。その辺りの事が書かれておるかと思ったのだが……」

「もしかして、昨日会うた坊主が何か知っておるかも知れませんわな。あの牢獄を造れそうなのは、和国では仏法僧位ですわ」


 三百年も前であれば、あの僧が封印を施した本人という事はないだろうが、高野山に属する僧が行っていたのであれば、事情を知っていたからこそ、封印を破った人狼が産み落とした童を手中にしようとしたのではないか。

 身を投げた村人達の屍の山を見つけられたのも、牢獄の所在を知っていたからではないのかと、阿瑪拉アマラは考えた。


「うむ。あれは我等から見れば稚拙である物の、印度由来の様式が源流であろう。陰陽師であれば、また別の流儀で造るであろうしな」

「ほんじゃ、追いつける内に……」

「待て。高野山の者という素性が割れておる上は、急がずとも良かろう。先にやらねばならぬ事もある。それに、かの者が高野山の高僧という事であれば、和戦いずれにせよ、慎重にあたらねばならぬ。これは導師の御意思である」


 仏法勢力は、神属への対抗手段を有している可能性がある為、幕府や大名以上に慎重に当たるべき相手である。

 きっかけが何であれ、高野山との糸口は生かすべきと計都ケートゥが考えていると、阿瑪拉アマラは推察した。


「要は、導師が直に、皇国の者としてあの坊主と話したいんですわな?」

「その様だな。だが阿瑪拉アマラ師が戻らねば、菅島の乳児舎の留守を預かっておる導師は身動きが取れぬ」

「なら、坊主の事はとりあえず置きますわ。なるべく早う下手人に落とし前をつけさせて戻りませんとな」


 阿瑪拉アマラとて、本来の職分である乳児舎の統括については気がかりである。

 だが、人狼の縁者を殺めた下手人を突き止め、報復する事も族長代としてやらねばならない事であった。



*  *  *



 和修吉ヴァースキ阿瑪拉アマラが話している間、童は生母の遺骨を前に座り込み、じっと考え込んでいた。

 話し合いを終えた阿瑪拉アマラが声を掛けようとした時、童は立ち上がった。眼には生気が籠もっている。


「おっ母さんも、村の衆も。みんな、死んじまった…… でも、それはもう、どうしようもないです」


 決意のこもった童の言葉に、その場の皆は感嘆した。


(流石、主上と御父君様が認めた童だ)

(武を嫌い侍従の道を選んだと言うが、嘆くばかりの軟弱ではない様だな)


「うむ。なればこそ、その様な事が起こらぬ様、人間と我等が手を取り合う世、即ち”新しき世”の建立を進めねばならぬ。汝にも精励してもらわねばな」

「はい。けど今は、先にやらなきゃならない事があるんです」

「汝の伴侶たるべき娘の事だな」


 皇国の統治こそが最良の道であり、それに協力せよと説く和修吉ヴァースキに、童は頷きながらも、村で唯一生死が判明しないままに行方不明となっている、幼馴染みの捜索を促した。


「無論、こうしておる間にも多くの者が動いておるのだが……」

「未だ、見つけたっちゅう報は入っておりませんわな」

「そうですか……」


 和修吉ヴァースキは渋面で口を濁し、阿瑪拉アマラが言葉を引き継いで捜索の状況を童に伝えた。

 目下の願いである幼馴染みの無事が確認出来ない事に、それまで気丈だった童は目に見えて意気消沈してしまった。


「お主、心辺りはありませんかな?」

「心辺り、ですか? いえ、全くそんなもんは……」


 阿瑪拉アマラの問いに、童は困惑して首をひねる。


「逃げ延びておるなら、どこぞに匿われておるかも知れませんからな。親類縁者は村の外におりませんかな?」

「うちの村は、夜這いで添い遂げる相手を見繕いますから。村の外から嫁を迎えるって事はないです」


 村外との通婚がなく、故にいざという時に頼れる様な親類が村外にはいないという童の答えに、阿瑪拉アマラは疑問を持つ。


「狭い村の中だけで何代も子造りしておると、血が濃くなり過ぎて、子が流れ易くなったり、蛭子ひるこ ※奇形児とかが生まれやすくなりますでな」

「ええ…… 赤児が生まれても、半分は蛭子ひることかの出来損ないだって返されちまってました」


 村の惨状に、阿瑪拉アマラは溜息を漏らす。

 昔からよくわかっている相手の方が、余所者よりも伴侶として具合が良いのは当然である。だが、それを何代も繰り返すと、子孫の肉体や知性が徐々に衰えてしまうのだ。

 皇国の神属はまさにそれで滅びかかっているのであり、それが国外遠征の大きな動機となっている。


「そうでしょうなあ。大概、近隣の村とは適当に嫁なり婿をやり取りして、出来損ないが生まれにくい様に血を薄めるもんですけどな」

「里のもんは、しんどいきこりの家に嫁になんて来ないです」

きこりを生業にする村は、他にも美州にありますわな?」

「近場だと山の反対側にありますけど…… あんまり仲が良くないもんで……」


 阿瑪拉アマラの指摘に、童は言いにくそうに口を濁す。


「何か、訳があるんですかな?」

「この村は税を余計に納める代わりに、戦の時にも足軽を出さんでええっていうのが取り決めなんです。でも、向こうの村はそれを腰抜けだと言って馬鹿にして来るんです」


 庶民にとって、戦にかり出されるのは迷惑千万、というばかりではない。手柄を立てれば恩賞も出るし、”乱取り”と称して敵方の町や村の略奪が許される事もある。いわば一稼ぎの機会なのだ。

 童の村は”命あっての物種”と、税を余計に納めて戦を免れる道を選んだのだが、見方によっては、わざわざ銭を払ってまで機会を捨てている愚か者に映ってしまう。善悪と言うよりは価値観の違いである。


「族長代、桑名からです」


 八咫鏡を預かる人狼兵が、阿瑪拉アマラに通信が入った事を告げる。

 それを受けて応対に出た阿瑪拉アマラは、間諜から桑名へもたらされていた状況の報告を聞き終わると、童へと向き直った。


「何か解ったんですか?」

明明後日しあさって、無人となっておるこの村に、代官所の斡旋で新たなもんが移り住んで来るそうですわ」

「どういう素性のもんです?」


 故郷が縁もゆかりもない余所者に取られると聞き、童は厳しい口調で問い返した。


「今、お主が話しておった村のもんで、跡を継げん次男より下の若い衆ですわ」


 阿瑪拉アマラの答に、童は呆然とする。よりによって、自分達を見下していた連中が、苦労して維持していた山林を易々と奪っていくのか。

 一方、和修吉ヴァースキは合点がいった顔で頷いた。


「成る程。この村の者が滅んで得をするのは、その者共だった様だな」

「まさか、連中がそんな大それた事を!?」


 指摘に童は驚くが、和修吉ヴァースキは冷徹に続ける。


「戦に嬉々として馳せ参じる命知らずの者共なのであろう? 見下していた相手の命等、塵芥程度の物としか思わぬであろうよ」

「で、でも、それは戦だからで…… 何の罪もないもんをみなごろしにして、ばれりゃ死罪になるってのに……」

「ふむ……」


 狼狽する童の口調に、和修吉ヴァースキは少し考え込む。


「先方の村は、戦の際には足軽を出す訳だが、平時はどうか?」

「次男坊、三男坊とかが、お代官様の下で何人か、常詰めの足軽とか下男をしてるみたいです」

「他村の者は? 普通なら、不満が出ない様にまんべんなく集めるであろう?」

「お代官様は元々、あちらの村の出の足軽上がりなんです。手柄を立てて士分に取り立てられて出世して…… それで、身の回りはあの村のもんで固めておるんです」

「ふむ。いわば子飼の村という訳だ」

「まさか、あちらの村の衆にこの村をくれてやる為に、お代官様が承知の上でみなごろしに!?」


「状況として、そう考えるべきだろうな。そも、逃散を受けて、一度はこの村を代官所が調べた筈なのだが、ほとんど荒らされた様子がないのは妙だろう?」


 和修吉ヴァースキの指摘通り、阿瑪拉アマラ達が検分に入った際、村は全く荒らされた様子がなかった。

 言われてみれば、代官所が検分したならば、それなりに痕跡が残っている筈である。


「しかし、みなごろしの手口として、阿片を幻惑に使うた訳ですからな。素人ではなかなか出来ませんわ」


 和修吉ヴァースキの推論に、阿瑪拉アマラが疑問をぶつける。阿片を鎮痛に使うだけならまだしも、村中を惑わして自害に追いやるといった使い方は、相応に習熟していなければ出来る事ではない。


「ふむ。この近隣で、ああいった薬物の扱いに慣れておる者はいるだろうか?」

「そりゃまあ、一門のもんなら阿片の扱いは心得ておりますわな。後は、行商しとる薬座のもんとか…… 和修吉ヴァースキ師、身内から不埒もんが出た事を疑うておるんですかな?」


 阿瑪拉アマラの訝しむ声に、和修吉ヴァースキは苦笑して否定する。


「そうではない。神宮の治世下にいた、旧い薬座の者共だ。伊勢の内にいた者は捕らえたが、州外で行商していた者は、多くが逃げおおせている」

「石津の代官が残党を匿っておると?」

「匿ったか、一時雇ったに過ぎぬかは解らぬが。いずれにせよ、この近隣で阿片を扱える技量を持つ者は、我々の他は、神宮統治下の旧薬座の者が真っ先に挙げられる」


「それは、それは…… 」

「うむ。如何に扱うか、我々のみでは決められぬな」


 代官が関わり、かつ神宮の残党も絡むとなると、慎重な対応が求められる。迂闊な事をすれば、美州との戦端を開く事にもなるのだ。

 今回の件は、弗栗多ヴリトラの勅命により、計都ケートゥに権限が委ねられている為、二人はその意向を仰ぐ事にした。

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