第17話

 場は収まりかけた物の、女武官は只一人、古参兵をじっと睨みつけたままだ。反抗されたのが余程、腹に据えかねたのだろう。古参兵の側はそれを、小馬鹿にした様に眺めている。


「お主等、いい加減に……」


 叱責しようとした阿瑪拉アマラを、和修吉ヴァースキが手で制する。


「収まりがつかぬか。情を露わにして隊の結束をおろそかにする武官、上司を嘲笑する兵。共に皇国には不要である」


 和修吉ヴァースキは冷たく言い放ち、対立する二人の人狼へ瞳を向けて光らせる。二人はたちまち、物言わぬ石像と化してしまった。


「何て事を!」


 和修吉ヴァースキの冷徹な裁定に皆が慄然とする中、童は思わず声をあげた。


「殺してはおらぬ。後で戻せる故、心配無用。この者共への沙汰については、此度の件の片がついてからとする」

「その…… 俺の事が元で、重い罰というのは……」

「お、おい! その方は皇家の姫君!」


 恐る恐るながらも寛恕を求める童を、人狼兵の一人が慌てて静止しようとする。だが和修吉ヴァースキが冷たい視線を向けると、不動の姿勢で押し黙った。


「問答無用で首を刎ねるつもりなら、この場で手を下しておる。石化はあくまで緊急の措置だ」

「そういう事ですわ。無体な事はせえへんけど、今は州外で御役目の最中ですでな。いがみ合いを見過ごしたり、仲裁をしとる余裕はありませんでな」

「わかりました……」


 和修吉ヴァースキに続き阿瑪拉アマラが諭すと、童は納得して首を縦に振った。

 理で説けば受け入れる童の姿勢に、二人の学師は好感を持つ。

 一方、人狼兵達は顔をこわばらせたままだ。

 皇族の不興を被った以上、少なくとも女武官の側の処断は免れまいと彼等は考えた。軽輩として馬鹿にしていた古参兵の思わぬ反抗が、この事態を引き起こしてしまったのである。


「ところで和修吉ヴァースキ師。わざわざ直に来たっちゅう事は、興味をひく事があったんですかな?」


 話を探索の事に切り替えようと、阿瑪拉アマラ和修吉ヴァースキに尋ねる。 学師の阿瑪拉(アマラ)が陣頭指揮を執っている今回の件で、一門からさらに和修吉ヴァースキが来るのは異例の事だ。


「八咫鏡で送られて来た、この場所の風景を見たのだが。阿瑪拉アマラ師が、この場所の異様さに言及しなかったので気になってな」

「まあ、老いて捨てられた村の年寄りが身い投げる場所ですから、異様と言や異様ですけどな」

「やはり気付いておらぬか、まずは見たまえ」


 首をひねる阿瑪拉アマラに、和修吉ヴァースキは手招きして天幕の外に出る様に促す。

 言われるままに和修吉ヴァースキと天幕の表へ出た阿瑪拉アマラと人狼兵、そして童の目に入ったのは、切り立った崖と、広がる平坦な岩場だ。

 広さにして、およそ武家屋敷の数件分はある。大型の天幕を展開している事を考えると、実質にはさらに三割増しだろう。

 歩哨に立っていた人狼兵が二人、先程の落雷を受けて失神したまま寝転んでいる。


「全く、よう寝とりますわ。連れて行きなされ」


 阿瑪拉アマラの指示を受けた龍牙兵が彼等を抱え、天幕の中へと運んで行った。


「ここは自然な岩場にしては、妙に平坦と思わぬか? しかも、この周辺が一つの巨岩の様だ」


 和修吉ヴァースキの指摘を受け、阿瑪拉アマラ達は周囲を改めて見渡す。


 言われてみれば、この様な場所は自然にはまず考えられない。昨日は大量の遺体が転がっている有様に気を取られ、周辺の観察を怠ってしまっていた様だ。


「”造られた”っちゅう事ですかな? しかし、石畳という風でもなし」

「うむ。巨大な岩石を削ったか、法術で継ぎ合わせたかであろうな」


 この岩場が加工されて出来たというのであれば、法術を使ったと考えるのが妥当だろう。


「神属の墳墓の類でしょうかな」

「そうかも知れぬが、それの生母に関わっているのではないかと思えてな」

「お、俺の?」


 和修吉ヴァースキに指さされ、童は戸惑った。一体、何が関わっているというのか。


「いずれにせよ、調べる価値はあろう」


 童の生母がどこから来たのか。手がかりが乏しい以上、神属が手を加えたらしいこの岩場に何か関連するのではないかと期待がかかるのは当然の流れだった。


「差し当たり、只の広場でなければ、どこからか岩の中への入り口がありそうな物ですけどな。まずはそこから探さんと」

「その必要はない。崖の下部を見よ」


 阿瑪拉アマラ達が崖に目をやると、その付け根にはぽっかりと穴が開いていた。

 高さ・幅共に、人狼が二人程度なら充分に入れそうである。


「き、昨日はあんなもんありませんでしたで!? なあ、お主ら?」


 村人の屍の山の検分に気を取られていたとは言え、幾ら何でもあの様な大穴を見逃すはずはない。阿瑪拉アマラは仰天して釈明し、人狼兵達もそろって相槌を打つ。


「うむ。実に巧妙な偽装が施されていたと見えるが、先の雷撃で解けたのだな。まともに調べたところで丹念に探さねば見つからなかったであろうが、怪我の功名という物だ」

「偽装が解けたのは結構ですけどな。さっきのあれは、わざとではありませんわな?」

「狙ったなら、わざわざ天幕には落とさぬよ。さて早速、中を検分しようではないか」


 疑わし気に見る阿瑪拉アマラに、和修吉ヴァースキは涼しい顔で答えると、洞穴の内部へと蛇体をうねらせる。


「ほいたら、お主とお主、来なされ。残りはこの辺を見張っていなされよ」


 阿瑪拉アマラは童の他に人狼兵を一人警護に指名し、和修吉ヴァースキへ続く。

 童は、何か不吉な予感がしながらも、自らの出自を探る為と心に言い聞かせていた。



*  *  *



 法術で明かりを灯すと、暗闇も昼の様に明るい。

 照らし出された洞穴の壁面はやはり石で出来ている。奥は階段となっていて、地下へと続いていた。


「墳墓にしては、飾り気もなく地味ですなあ」


 有力者の墳墓であれば相応の装飾が施されている物なのだが、ここは全くの殺風景だ。阿瑪拉アマラは、実用一本やりで急造した、菅島の乳児舎を思い出した。


(あそこもその内、壁に絵を描くとか、花を植えるとかした方がええなあ)


 階段を下りた先は広間となっていた。やはり石肌がむき出しの石室である。

 入り口には大きな石の破片が転がっている。ここを塞いでいた岩を法術か何かで無理やり吹き飛ばしたのであろう事が、童を除く三人にはすぐに分かった。


「内側からの様ですわな」

「その様だな」


 岩に、僅かな獣毛がついていたのに阿瑪拉アマラが気付く。彼女達と同じく、白い狼の物の様である。


(当たりの様ですわな)


 阿瑪拉アマラはそれを、そっとつまんで興味深げに見始めた。


「どうしたかね?」

「ちと気になった物を見つけましてな。先に入っていて下され」


「ふむ。では残りの者よ。中に入ろうではないか」


 和修吉ヴァースキ阿瑪拉アマラをそのままにして、童や警護の人狼兵と共に石室へと足を踏み入れた。

 室内は広間といって良い程の広さで天井も高く、家一軒程は楽に入りそうだ。そして壁や天井、そして床にもくまなく、梵字が浮き彫りになっているのが異様だった。


「な、何でしょうね、ここ?」

「壁面を見たまえ」

「いえ、あの、何やら字みたいなもんが掘ってあるのは解るんですけど……」


 不気味さを感じた童の問いに、和修吉ヴァースキは壁を示すが、彼はそもそも梵字を学んでいない。意味が解らないからこそ、気味悪く感じるのである。


「そうか。あれは梵字といってな。我々、補陀落ポータラカの者が本来使う文字だ。あれを和国で使えるのは、一部の仏法僧のみだろう」

「何が書いてあるんです?」

「この場に囚われた者を逃がさぬ様、石と化して封じ続ける呪文だな。先程、我が人狼兵に行ったのと同じ事を法力の乏しい人間が行おうとすると、この様に大掛かりな物を作ることになる。ここは恐らく牢獄の類なのだろう」

「のんびりしている様ですけど、今は大丈夫なんですね?」


 この広間に封印が施されていると知っても慌てず、落ち着いて効力を確認してくる童の態度に、和修吉ヴァースキは感心した。


(やはりこれは、那伽摩訶羅闍ナーガマハラジャの従者に相応しき者だ)


「うむ。既に壊れておる様だし、仮に動いていても、我であればこの程度の物、力づくで破る事は容易である。まあ、これが和国の人間が作ったというならば、中々によく出来ているとは思うがね」


 和修吉ヴァースキの様な那伽ナーガを封じるのは容易な事ではない。彼女にとって、この仕掛けは力不足の様だ。

「そうでしたか……」

「ほんでですな」


 童が安心した処で、背後から阿瑪拉アマラが声をかけてきた。検分が終わった様だ。


「何か解ったんですか?」

「人狼の毛が、入り口に少し落ちておったんですわ。儂等のもんじゃないけど、法術でざっと見ると、女で、お主の血縁のもんらしいというところまでは解りましたで」

「じゃ、じゃ、ここに捕まっておったのは……」


 童の声に、和修吉ヴァースキが頷いて答える。


「うむ。お前の生母はここに囚われていて、何とか抜け出したのであろう。既にお前を身籠っていたのか、獄を逃れた後にお前の父たる者と出会ったのかは解らぬが」

「俺の、俺の本当のおっ母さんは、こんなとこで……」


 童は、自分の実の母が囚われていた事に少なからぬ衝撃を受けたが、和修吉ヴァースキの言葉はここで終わりではなかった。


「もう一つ、興味深い事がある」

「な、何でしょう?」

「この広間に掘られた呪文は、霊力を適度に足してやらねば力を失う。つまりここに囚われた者を封じ続けるには生贄、即ち人身御供が要るのだ。そして、お前の村で老いて捨てられた者は、ここで身を投げて命を絶つというではないか。これは偶然だろうかね?」


 あまりの指摘に、童の頭は真っ白になってしまい、しばらく口を開く事が出来なかった。


「じゃ、村の衆は、俺の本当のおっ母さんを閉じ込める為に、姥捨てをしとったんですか!」


 童がようやく絞り出した言葉は、叫びに近い物となってしまう。


「村の者が、どこまで真実を知っていたかは解らぬ。現に、組頭の子であるお前も知らなかったのだろう? 真の意味を忘れられたしきたりが、口減らしの為としてずっと続いていたのかも知れぬ」

「そうですか……」

「まあ、全ては推し量った事に過ぎませんでな。某かの証拠が出てこんか、お主の村を再度検分してみたいけれども、ええですわな?」

「え、ええ!」


 童は、村を再び調べたいという阿瑪拉アマラの申し入れを二つ返事で承諾する。彼は自分にまつわる諸々の因縁を、確かめずにはいられなかった。

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