第14話
山道とは言っても、馬匹によって切り出した樹木を運び出す為、道幅はそれなりに広く歩き易い物になっている。
半刻程歩くと、道沿いの片側が岸壁となっている見晴らしの良い場所に出た。
そこでは四名の僧が揃って岸壁の下を向き、合掌して経を唱えていた。
いずれも年頃は丁度、
小僧達は
読経を終えた四名は、同輩と狼の方へと向き直ると合掌する。
「上人様。その狼の群れは、件の仔を連れ去ったという?」
四名の筆頭格らしき小僧が、人狼達を指差して尋ねた。四名とも人狼の姿に怯える様子は全く無く、平然と受け止めている。
彼が”上人”と呼んだ事で、
(高野山が、人狼の童一人をそれだけ欲しがっておったという現れですわな)
「うむ。人ならずとも智恵ある者である事は変わらぬ。善男善女は襲わぬとの戒めも守っておる。故に非礼はまかりならぬぞ」
「ああ、これは御無礼を」
上人に叱責され、指さした小僧は慌てて詫びて来た。
「こちらはこちらで、行方知れずの
「
上人の説明に
人狼共が村人を襲ったのではないかと疑っていたが、むしろ心配して探しに来たという。その様な善性を持つのであれば、確かに人間と同様に接するべきだろう。
「仔の事は如何なさいますか、上人様?」
「この者等とは話がついておる。童の件について、此度は退こう。無辜の民を襲わぬのであれば、仲間の元で暮らした方が良い」
「……やむを得ません」
小僧の筆頭格は、若干ながら気落ちした風に上人へ同意した。
「亡うなった村の衆を見つけてくれた事と、経をあげてくれた事は有難いですわ」
「え、ええ。これも僧の勤め」
「村の衆は、この下という訳ですな」
「うむ。高さが十丈 ※約三十m 程の岸壁で、下は岩場となっておる。落ちればまず命がないので気を付けられよ」
上人の言う通りに真下にあった岩場には、老若男女を問わない多くの人間が転がり、周囲は茶色に乾いた血に染まっていた。その数は、ざっと数えても百体を超える。
人狼の視力であればこの高さからでも顔の見分けは容易だが、先日に
自らの眼で最悪の結末を確認した
「確かに、これでは生きてはおりませんわな」
「うむ。埋葬するのが本来なれど、この様な断崖の下では難しいのでな。野ざらしは惨いが、どうか御容赦願いたい」
「鳥獣が糧としてついばむなら、かえって功徳かも知れませんわ」
「かたじけない」
屍を葬れなかった事を詫びる上人への
(屍を獣に与えるは釈尊の”捨身養虎”に値する追善供養となろう。凡百の人間より、余程この狼の方が仏道に添うておる)
(全く、畜生にしておくのが惜しい傑物よ)
「死した者は還らぬ以上、それがせめてもの事でしょう。しかし、我等が幼き
女武官が思わず漏らした一言に、人狼兵達の気は重くなった。義理があるとは言え、眼下に散らばる屍の山は所詮、人狼にとっては他人である。だが、
「……偽る訳には行きませんでな。族長代として儂が話しますわ」
重い役目を自ら引き受けるという
「腑抜けてねえで、仇を討ってやりゃあいいんだよ! 族長代、楽に殺さなねえでせいぜい弄んでやりましょうや!」
威勢のいい古参兵に、他の人狼兵は彼を一斉に無言でにらみ付けた。
「お、俺、何か変な事言ったか?」
「下手人に報いを与えるのは当然ですわ。ですけどな、”誰が””何の為に”この様な事をしたのか突き止めんと、仇討ちもままならんっちゅう事は解りますわな?」
「へ、へい……」
(血に飢えた愚か者めが)
(その程度も解らんとは、全く無駄に歳を食っておるな)
他の兵は意気消沈した古参兵を、あからさまな態度には出さない物の内心で侮蔑した。闇雲に蛮勇を叫ぶばかりの無思慮な者は、皇国では軽んじられるのである。
「それにしても、何とも面妖ですわな。殺された後で棄てるには、運び込むのも難儀ですしな」
「自ら身を投げたと解するのが自然であろうな。この辺りには、姥捨ての慣わしがあるそうでな。老いて捨てられた者は、ここから身を投じていたのであろうよ。それ、真新しい屍ばかりでなく、朽ちて久しい骨もいくらか転がっておる」
上人の指摘通り、岩場には屍に混ざり、白骨も点々と散らばっていた。ここは、樹木を切り細々と暮らす
「年寄りはともかく、何で若いもんまで皆で心中せにゃならんのやら。食うに困っていた訳でもないっちゅうに」
投身する理由がないのに、何故彼等は死したのか。不可解な状況に、
「何者かに強いられたか、あるいは唆されたか……」
「儂等は違いますで。法術で惑わせば、村の衆を揃って身投げさせる事位は出来ますけどな。儂等なら貴重な贄を、手をつけずに放っておく事はありませんわ。大体、いちいちこんな事をせんでも直に襲えば、この程度の数なら鏖殺に四半刻もいりませんでな」
「然り。拙僧等もこの有様を見て、
神属にとって人間は貴重な糧食だ。殺しておいて屍を放置するとは考えにくい。
「ともあれ、
上人は事態への不干渉を告げ、小僧達と共に
彼等の姿が見えなくなったのを見計らい、
そして自らは人狼兵達を率い、検分の為に断崖の下へと飛び降りて行った。
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