第14話

 阿瑪拉アマラと人狼兵達は、僧の案内で村外れから続く山道を歩む。

 山道とは言っても、馬匹によって切り出した樹木を運び出す為、道幅はそれなりに広く歩き易い物になっている。

 半刻程歩くと、道沿いの片側が岸壁となっている見晴らしの良い場所に出た。

 そこでは四名の僧が揃って岸壁の下を向き、合掌して経を唱えていた。

 いずれも年頃は丁度、奥妲アウダと同じ位の若年と見受けられる。背丈も年相応に低く、まだ声変わりもしていない。

 小僧達は阿瑪拉アマラ達の方には目もくれず、ただ一心に読経している。経文は終盤に差し掛かっていた様なので、阿瑪拉アマラ達はその様子を黙って見守った。

 読経を終えた四名は、同輩と狼の方へと向き直ると合掌する。阿瑪拉アマラ達を引率した僧も、やはり合掌で応えた。


「上人様。その狼の群れは、件の仔を連れ去ったという?」


 四名の筆頭格らしき小僧が、人狼達を指差して尋ねた。四名とも人狼の姿に怯える様子は全く無く、平然と受け止めている。

 彼が”上人”と呼んだ事で、阿瑪拉アマラ達も、自分達が相対していた相手が下級の修行僧等ではなく、高位の人物であると気付いた。


(高野山が、人狼の童一人をそれだけ欲しがっておったという現れですわな)


「うむ。人ならずとも智恵ある者である事は変わらぬ。善男善女は襲わぬとの戒めも守っておる。故に非礼はまかりならぬぞ」

「ああ、これは御無礼を」


 上人に叱責され、指さした小僧は慌てて詫びて来た。


「こちらはこちらで、行方知れずのきこり共を捜しておったそうでな」

同胞はらからの仔を育ててもろうた恩義がありますでな。災難におうたなら救わねばと参じた物の…… 残念な事になってしもうた様ですな」


 上人の説明に阿瑪拉アマラが補足し、四名の小僧達も納得した様に頷いていた。

 人狼共が村人を襲ったのではないかと疑っていたが、むしろ心配して探しに来たという。その様な善性を持つのであれば、確かに人間と同様に接するべきだろう。


「仔の事は如何なさいますか、上人様?」

「この者等とは話がついておる。童の件について、此度は退こう。無辜の民を襲わぬのであれば、仲間の元で暮らした方が良い」

「……やむを得ません」


 小僧の筆頭格は、若干ながら気落ちした風に上人へ同意した。


「亡うなった村の衆を見つけてくれた事と、経をあげてくれた事は有難いですわ」

「え、ええ。これも僧の勤め」


 阿瑪拉アマラからの謝意に、小僧達は戸惑いつつも応じた。彼等にとってあやかしは討ち懲らす相手であり、穏当に話し合った経験等なかったのだ。


「村の衆は、この下という訳ですな」

「うむ。高さが十丈 ※約三十m 程の岸壁で、下は岩場となっておる。落ちればまず命がないので気を付けられよ」


 阿瑪拉アマラは、道の縁から下を覗き込んだ。数名の人狼兵もそれに倣う。

 上人の言う通りに真下にあった岩場には、老若男女を問わない多くの人間が転がり、周囲は茶色に乾いた血に染まっていた。その数は、ざっと数えても百体を超える。

 人狼の視力であればこの高さからでも顔の見分けは容易だが、先日に阿瑪拉アマラが初めて村を尋ねた際に見た顔は殆どある。屍の中には、童の養父母、そしてまだ乳児である義弟も含まれていた。

 自らの眼で最悪の結末を確認した阿瑪拉アマラ達は、一様に険しい顔つきで上人へと向き直る。


「確かに、これでは生きてはおりませんわな」

「うむ。埋葬するのが本来なれど、この様な断崖の下では難しいのでな。野ざらしは惨いが、どうか御容赦願いたい」

「鳥獣が糧としてついばむなら、かえって功徳かも知れませんわ」

「かたじけない」


 屍を葬れなかった事を詫びる上人への阿瑪拉アマラの対応に、小僧達は感心した。


(屍を獣に与えるは釈尊の”捨身養虎”に値する追善供養となろう。凡百の人間より、余程この狼の方が仏道に添うておる)

(全く、畜生にしておくのが惜しい傑物よ)


「死した者は還らぬ以上、それがせめてもの事でしょう。しかし、我等が幼き同胞はらからに、この結末を何と話した物か……」


 女武官が思わず漏らした一言に、人狼兵達の気は重くなった。義理があるとは言え、眼下に散らばる屍の山は所詮、人狼にとっては他人である。だが、同胞はらからの童が嘆き悲しむ姿を見たい者は誰もいなかった。


「……偽る訳には行きませんでな。族長代として儂が話しますわ」


 重い役目を自ら引き受けるという阿瑪拉アマラの言葉に、人狼兵達は安堵の溜息を漏らした。そんな中、軽輩の古参兵が、仲間の態度が情けないとばかりに気勢を挙げる。


「腑抜けてねえで、仇を討ってやりゃあいいんだよ! 族長代、楽に殺さなねえでせいぜい弄んでやりましょうや!」


 威勢のいい古参兵に、他の人狼兵は彼を一斉に無言でにらみ付けた。


「お、俺、何か変な事言ったか?」

「下手人に報いを与えるのは当然ですわ。ですけどな、”誰が””何の為に”この様な事をしたのか突き止めんと、仇討ちもままならんっちゅう事は解りますわな?」

「へ、へい……」


 阿瑪拉アマラの指摘に、古参兵は身を小さくする。


(血に飢えた愚か者めが)

(その程度も解らんとは、全く無駄に歳を食っておるな)


 他の兵は意気消沈した古参兵を、あからさまな態度には出さない物の内心で侮蔑した。闇雲に蛮勇を叫ぶばかりの無思慮な者は、皇国では軽んじられるのである。


「それにしても、何とも面妖ですわな。殺された後で棄てるには、運び込むのも難儀ですしな」

「自ら身を投げたと解するのが自然であろうな。この辺りには、姥捨ての慣わしがあるそうでな。老いて捨てられた者は、ここから身を投じていたのであろうよ。それ、真新しい屍ばかりでなく、朽ちて久しい骨もいくらか転がっておる」


 上人の指摘通り、岩場には屍に混ざり、白骨も点々と散らばっていた。ここは、樹木を切り細々と暮らすきこりが最期を迎える、まさに冥府への入り口だったのである。


「年寄りはともかく、何で若いもんまで皆で心中せにゃならんのやら。食うに困っていた訳でもないっちゅうに」


 投身する理由がないのに、何故彼等は死したのか。不可解な状況に、阿瑪拉アマラと上人は共に首をひねった。


「何者かに強いられたか、あるいは唆されたか……」

「儂等は違いますで。法術で惑わせば、村の衆を揃って身投げさせる事位は出来ますけどな。儂等なら貴重な贄を、手をつけずに放っておく事はありませんわ。大体、いちいちこんな事をせんでも直に襲えば、この程度の数なら鏖殺に四半刻もいりませんでな」

「然り。拙僧等もこの有様を見て、あやかしの仕業ではないと確信した訳だ」


 神属にとって人間は貴重な糧食だ。殺しておいて屍を放置するとは考えにくい。


「ともあれ、あやかしの仕業でなくば、拙僧等の出る幕ではなかろうな。あだを捜して討つも道、代官所に報せて任せるも道。あえて赦すもまた道の内。無辜の民を傷つけぬ限りに於いて、拙僧等は関わらぬ。そちらの気が済む様に始末をつければ良かろう」


 上人は事態への不干渉を告げ、小僧達と共にふもとへと引き上げていった。

 彼等の姿が見えなくなったのを見計らい、阿瑪拉アマラは八咫鏡で他の隊や仮宮へと状況を報告する。

 そして自らは人狼兵達を率い、検分の為に断崖の下へと飛び降りて行った。

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