第13話

「そう身構えずとも良かろうて」


 僧は警戒を解く様に促してきたが、余裕に溢れる態度に、阿瑪拉アマラ達はかえって疑心を強めた。


(高野聖は五人いる筈。ならばこれは囮で、他の四人が潜んでいて襲って来る、という事もあり得ますな)


 阿瑪拉アマラだけでなく、その場の誰もが伏兵を疑い、眼前の僧だけでなく周囲へも注意を払っている。

 今回の探索に加わった人狼は皆、個々に簡易な防御結界を張っており、法術による攻撃を受けても数撃は絶えられる筈だ。通常の飛び道具であれば問題にもならない。

 だが、自分達に接近を気付かせなかった相手の力量を考えれば、決して油断は出来なかった。

 女武官の首には巾着袋に入れた八咫鏡が下げられているが、取り出して僧の目に晒す事は憚られる。伊勢神宮が秘蔵していた和国皇家の神器にして、今や補陀洛ポータラカの手中にある八咫鏡。その複製を見られれば、自分達の素性が露呈しかねない。

 これを使って状況を他の隊や桑名へ伝える事が出来ないのが、阿瑪拉アマラにはもどかしかった。


(写しを造る時にはせめて、形を元の鏡と変えておくべきでしたな……)


「人に仇為す化生けしょうとして、儂等の様なもんを討たんとする仏法僧は多いですからな。不利を承知で、何故に姿を現しましたかな?」

「そちらが村を検分する様子を、先程からうかがわせてもらった。会話の内容から、人間への害意がないとみなした故。拙僧は争う気は毛頭無い。ただ、幾つか尋ねたい事があるのでな」

「訊きたい事があるんは儂等も同様ですわ。智恵ある者同士、穏やかに行きたいですわな」


 阿瑪拉アマラの申し入れに、僧も頷いて承諾した。


「良かろう。では、まずこちらから一つ。先日、拙僧等はこの村より寺へ出される筈だった狼の仔を引き取りに、石津まで出向いたのだが。そちらが養親に金子を積んで破談を促し、引き取ったのだな」


 僧がまず尋ねたのは、自分達が手に入れ損ねた、いい替えれば阿瑪拉アマラに横取りされた形となった童の扱いについてである。


「左様ですわ。貴重な同胞はらからの仔ですからな」

「連れてはおらぬ様だが、童はどうしたか? 」

「既に、儂等の里に送り届けましたわ。人狼の本性に目覚めれば、人の世で暮らし続ける事は出来ませんでな。育て親を襲ってしまう前に、儂等が所在を知ったのは幸いでしたわ」

「里とやらは何処に?」

「それは言えませんわ」

「まあ、そうであろうな」


 遭遇した相手に身元を問われた場合。自分達が伊勢の者である事は伏せ、隠れ里に住まう和国在来の人狼と偽る旨は、今回の探索にあたって事前に決められていた事である。

 住処の場所を答えなかった阿瑪拉アマラに、僧は深く追求しなかった。討伐を恐れるあやかしが所在を素直に教える等とは思っていなかったのだろう。


「次は、儂からですわ。童を高野山はどうするつもりでしたかな? よもや、禍の芽として始末するつもりだったのではありませんわな?」


 阿瑪拉アマラの問いに、僧は首を横に振った。


「始末とは心外な。仏道に帰依させた上で、護法の担い手として育て上げるつもりであった。人間に害為すあやかしを討つには、同じあやかしを充てるのが良いからな」


 高野山は人狼の童を始末するつもりではなく手駒として欲していたというのは、阿瑪拉アマラの予測通りである。

 人間が神属と共に暮らすには厄介な問題があるのだが、それをどうするつもりだったのか。


「儂等は人間を贄として喰らわねば生きられん身ですわ。それを如何に養うつもりだったのですかな?」

「寺は死者を弔う事も勤めだからな。引導を渡した後の屍は食しても差し障りなかろうて。荼毘に付すのも、喰ろうて血肉にするのも供養の内という物であろう」


 伊勢の住民ならともかく、通常の人間が聞けば驚く様な僧の答えだ。

 勿論、人狼達は全く動じていない。むしろ、生者を贄とするよりも遙かに良識的であると彼等は考えた。だが、神属の贄は、人間であれば何でも良い訳では無い。


「弔った後の屍と言っても、寿命を全うした年寄りや、大病を患って死んだもんの屍では、霊力が殆ど残っておりませんでな。活きのいい屍でないとならんのですわ」

「問題ない。檀家からは、その様な死者も少なからず出る」


 阿瑪拉アマラの問いに、僧はよどみなく淡々と返した。

 無辜・善良な信者を贄として命を奪うのではなく、助けられなかった者をせめて有意義に扱う。冷徹で理にかなった高野山の目論見に、阿瑪拉アマラは一門を率いる計都ケートゥの説く思想に通じる物を感じて頷いた。

 

「結構ですわな。寺院なればこそ、弔う屍を贄とする事が出来る。故にあやかしを僧兵として囲えるという訳ですな」

「左様。そちら方が総勢でどれだけおるかは解らぬが、数百程であれば飢えぬ様に贄を供する事も出来よう。どうだ、そちらの里に住まう狼、全てを丸ごとに高野山が召し抱えても良いぞ?」

「折角の申し入れですがな。今は乱世ですからな、善男善女を襲わずとも贄には窮しませんで、遠慮させて頂きますわ」

「ほう、食らう者は選んでおると?」

「それが儂等の矜持ですわ。害獣として狩られてはたまりませんでな」

「ならばどの様な者を贄とする?」


 誘いを謝絶した阿瑪拉アマラに、僧は念を押す。敵意は無いと言えども、人間を襲う妖を見過ごす訳には行かない。善人は襲わないというならば、一体どの様な者を食うというのか。


「世が乱れている今の時分は、野盗・山賊といった、始末しても民草から文句の出ない無頼の輩が幾らでもおりますでな」


 阿瑪拉アマラは、悪人退治で贄を得ていると称した。伊勢では罪人が神属の食卓に供されるので、全くの出任せという訳でも無い。但し、悪事の内容は野盗・山賊ではなく、悪政を敷き民を搾取した咎ではあるが。


「ふむ、善人を襲わずに悪人のみを食うとは殊勝な心がけ。なれば、いざ食えぬ様になった時には高野山を頼ると良い。決して悪い様にはせぬ」

「まあ、天下太平となって無頼に墜ちるもんが乏しくなれば、寺の世話になる事も考えますわ」

「良かろう」


 阿瑪拉アマラの答えに、僧は満足そうな笑みを見せた。戦国の乱世は何時までも続く物ではない。情勢が落ち着いた時分に、旨くすればこの人狼の群れを丸ごと、高野山の力とする事が出来るかも知れないのだ。

 そうなれば目先の仔狼を一頭手に入れ損ねた事より、はるかに利が大きいという物である。

 互いに敵対の意思がない旨を認めた後、話は消えた村人の件へと移った。


「ところで儂等は、同胞はらからの童を育て上げたこの村の者が行方をくらませたと聞き、その身を案じて来た訳ですわ」

「拙僧も同じく。一旦は高野山へと帰山の途に就いたが、狼の仔が住んでいた村が逃散したとの話を聞きつけ、もしや童を連れて行った狼の仕業ではないかと思って様子を見に来たのだ」


 自分達が疑われていたであろう事も予測の内だったが、阿瑪拉アマラは如何にも不満そうに語気を強めて反論する。


「そのつもりなら、支度銭を渡して童を引き取る様な面倒をせんと、最初から力づくで襲いますわ。同族の童を養ってくれた恩義がある相手だからこそ、心配して探しに来たんですわ」

「そうであろうな。屍を見て、狼の仕業でない事は確信している。疑った事は申し訳ない」


 憮然とした顔で嫌疑を否定した阿瑪拉アマラに、僧は深々と頭を下げて詫びる。だが人狼兵達は、”屍”の一言を聞き咎めてざわつき始めた。


「お主等、静まりなされ」


 阿瑪拉アマラの一喝で、人狼兵達は一斉に沈黙する。沈黙の中、僧は再び口を開いた。


「屍を見た、という事は、村人は既に?」

「うむ。先刻、連れの僧が山中で打ち棄てられていた多くの屍を見つけてな。この村の民と見て間違いあるまい」


 村人の安否を元より絶望視していた阿瑪拉アマラは、予測の的中を静かに受け止めた。以後の展開は下手人の特定・報復という動きになるだろうが、その為にもまずは状況を確認する必要がある。


「御同輩はどちらにおられますかな?」

「現場にて弔いの経をあげておる」

「御案内を願えませんかな」

「良かろう」


 案内の求めに応じ、僧は阿瑪拉アマラ達を山中へといざなった。

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