第12話

 間諜が徴発した荷馬車は、伊勢との州境にある関所に到着した。

 この関所は元々、出入りの通行税徴収や領民の逃亡を防ぐ為に神宮統治下の伊勢が設けた物で、美州側は一切関わっていない。

 一揆衆が接収した後は他州からの入境を一切拒む様になった為、警護はより厳重になっており、美州の民は羅刹兵を恐れて全く近寄ろうとしない。交易が行われている石津から州境の関所に至る街道を往来するのは、通行手形を交付された伊勢側の者ばかりだ。


「あ、姐さん。着きましたが……」

「御苦労」


 間諜は馬車から降り、積み込んだ屋台を軽々と荷台から降ろすと、銅銭が入った巾着袋を御者に手渡した。ここ三日程の濁醪どぶろくの売り上げである。

 あくまで屋台は偽装として行っている商売で、元手は全て皇国持ちだ。さらに本来の俸禄は別途受けているので全く惜しくはない。


「心付けだ。くれぐれも今日の事は他言無用」

「へ、へい」


 御者は巾着袋をそそくさと懐にしまうと、軽くなった荷馬車で逃げる様に桑名へと向かって行った。

 間諜はそれを見送る事無く、関所を指揮する武官に声を掛け、八咫鏡が置かれている部屋へと急いだ。



*  *  *



 百名の人狼兵を十人づつの隊に編成した阿瑪拉アマラは、個々に捜索する領域を割り当て、自らは直轄する一隊と共に童の住んでいた村へと向かっていた。

 仮宮に詰めている間諜の上司を通じ、八咫鏡によって高野聖の動向が知らされたのは、阿瑪拉アマラの隊が美州へと越境して、村までの行程を半ば過ぎた頃である。


「面倒な事になりましたね……」


 報を聞き、阿瑪拉アマラを補佐するべく同行している最先任の女武官が懸念を漏らす。彼女は百名の人狼兵の内、最上級にあたる立場である。

 人間に仇為すあやかしであるとして、神属を狩る仏法僧や神職、あるいは在野の祈祷師の類が和国に存在する事は把握している。

 皇国兵はそういった相手との交戦も充分に想定しており、戦闘になった処で後れを取る事は考えにくい。そも、神属同士の衝突の方が遙かに危険なのだ。

 問題は今回の件が、真言宗という”組織”と伊勢との抗争に発展しかねない事である。


「ま、穏便に片をつけたい処だけれども。その高野聖共が村人を殺めておったなら、落とし前はきっちり付けにゃなりませんわな」

「それですが、仮にも仏法僧が民草を殺める物でしょうか? 我等神属を”仏敵”として討つ事はありましょうが……」

「言われてみればそうですわな。けれども現に、村はまるごと行方知れずですからな。ともあれ確かめるのが先決ですわ」


 女武官はさらなる疑問を口にし、人狼兵達の中にはかすかに動揺を見せる者もいた。阿瑪拉アマラは疑問の内容を心に留めながらも、まずは村に向けて歩を進める様に促した。



*  *  *



 きこりの村を伺える場所まで近付いた阿瑪拉アマラ達がまず行ったのは、待ち伏せや罠の確認である。

 村人を拉致もしくは殺傷した何者かが、逃散の話を聞きつけて様子を見に村へ戻って来た童を捕らえようと狙っているのではないかと考えたのだ。

 人狼兵達は手慣れた様子で村の周囲を探って行ったが、半刻程の捜索の結果、特に怪しいところは見つからなかった。


「村の外周に伏兵・斥候の類は存在しません。また、結界、罠、あるいは遠見の法術の類を仕掛けられている様子もありません」

「ほなら二名を一組にして、まずは個々の家を家捜しですな。くれぐれも気をつけなされよ」


 女武官の報告を聞いた阿瑪拉アマラの指示により、村内に人狼兵達が入って行く。

 無人の村内は静まりかえり、物音一つしない。

 点在する家々を手分けして捜索した物の、やはり村人は見つからない。

 衣類や什器といった物はそのまま残され、整然と片付いているのがかえって不自然ではあった。 また、何かをしている最中、例えば食事や就寝中に突然襲われたという様な痕跡も全く見られない。

 屋内の捜索を終えた人狼兵達はは、村の中央に集まって女武官に報告する。


「族長代殿。荒らされた様子はない様です」

「ふむ…… 財物、銭はどうですかな。村には仰山の豆銀を渡したのですがな」

「そんなもん、なかったです」「同じく」「ありません」「ねえっす」

「今一度探せ!」


 女武官は結果を阿瑪拉アマラに告げるが、受けた指摘に対する人狼兵達の答を聞くと、再び屋内の捜索を命じた。

 だが家々からは渡したはずの豆銀どころか、ビタ一文すら出て来なかった。

 金銭が残っておらず、家が片付いているとなると、やはり村人自身の意思による逃散という事なのだろうか。

 再度の捜索の結果を受け、阿瑪拉アマラは首をひねる。


「銭だけを携えて逃散、という事ですかな…… けれども童に聞く限り、この村は治世に不満があった風でもなし。そもそも行く当てがあったのやら」

「仕掛けた者が、村の者をたぶらかしたやも知れません」


 逃散であったとしても真に村人の意思による物ではなく、詐術にのせられた、あるいは法術で意思を操られたという事もある。

 童をおびき出す為に逃散を装うなら、その様な手段もありえない話ではない。

 

「っていうか、そこまで面倒な話じゃねえでしょ。族長代が大枚積んで童を引き取ったってえのが、外に伝わってんなら。それを聞きつけた山賊とかが村のもんをぶっ殺して、銭を奪ったんじゃねえですか? 寝込みを襲えば訳はないですぜ」

「山賊なら銭はともかく、いちいち襲った家を片付けませんわな」


 口を開いたのは、出発前に女武官から殴られた古参兵である。阿瑪拉アマラはその意見を軽く流したが、彼は言葉を続けた。


「だからですぜ。きっちり片付けとけば、役人が調べても、村が襲われたんじゃなくて逃散と思うでしょ。屍はまあ、山の奥にでも埋めときゃいいんですぜ」

「高野聖はどう見ますかな?」

「そんなもん、偶然の別口ですぜ。人狼の童がいなくなったのを聞いて、坊主共はとっとと引き揚げたんじゃないですかい?」

「まあ、別口だとしても油断は禁物ですけど、確かに一理ありますわな。今日はお主、冴えておりますなあ」

「うへへ、”俺ならこうする”ってのを考えてみたんでさあ」


 阿瑪拉アマラに褒められ、古参兵は得意げに胸を張る。

 普段は軽く見られているだけに、評価されたのがよほど嬉しいのだ。


「御見事、御見事」

「!?」


 突然、この場の者ではない称賛の声が拍手と共に響いた。人狼兵達は一斉に聞こえた方向に首を向ける。

 そこには、編笠を被り墨染の衣を纏った僧形の男が立っていた。

 歳は三十半ば程であろうか。日に焼けて逞しい顔つきで、やや短身だが肩幅が広く腕や脚の筋は太い。白い歯がまばゆい光を放っているのが目立つ。

 女武官の目配せで、人狼兵達は即座に僧を取り囲んだ。だが、僧の側は全く動じる様子がない。


「お主、高野山の者ですな?」

「如何にも」


 阿瑪拉アマラの問いに、僧は自分の素性を認める。


(認識を誤魔化す結界を張っていましたな。儂等が見破れなんだとは、こ奴、相当の手練ですな……)


 自分達に接近を気付かせず、さらには十一名もの人狼を前に恐れることなく姿を現した剛胆な相手に、阿瑪拉アマラは和国に来て以来、初めての焦りを感じた。

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