第10話
出発してから休みもせずに駆け続けているが、学者と言えども戦闘種族たる人狼の彼女は、疲れを全く見せない。
廃村に到着した時には、手配していた人狼兵達は既に集結しており、獣形で整列して
男女はほぼ半数づつで、全員、齢五十より下の者達だ。旧弊に凝り固まった本国の年寄りを見限って和国遠征に参じた、皇国の衰亡を憂う若き世代である。
彼等は本国に残る老いた族長ではなく、一族で最も智恵者である
「族長代殿。州境巡回の人狼兵、総勢百名。欠員無く集結しております」
「御苦労さん」
人狼兵を統括する上級の女武官の報告に、
「美州へ越境しての山中の探索は、本当は明日からっちゅう事だったけれども。悠長な事を言っておれんくなりましてな」
「族長代殿。大方の状況は、伝令から聞いております」
「ならば話が早いですわな。儂等の
「族長代! 伊勢の良民ならともかく、他州の人間なんて放っておいてもいいんじゃないですかい?」
あからさまな不平に、周囲は一斉にその兵をにらみ付けた。
「お、おい。俺、何か変な事言ったか?」
厳しい視線を浴びせられて戸惑う兵に、女武官は憤怒の表情を浮かべて無言で歩み寄り、右前足で頬を張り飛ばした。
「愚か者めが!」
「痛ぅ……」
顔をしかめる兵に、女武官は容赦なく罵声を浴びせる。
「貴様にとっては只の人間でも、庇護した童にとっては養われた恩者。なれば皇国の人狼全てにとっての恩者ではないか! それを見限れとは貴様、恥を知れ!」
「その位にしておきなされ」
「族長代殿。配下の妄言を御容赦下さい」
叱責された兵も、所在無げながらも姿勢を正した。
「村民の失踪は”逃散”というのが美州領家の見立てという事ですが、本当でしょうか?」
女武官は
圧政にあえいでいた神宮統治下の伊勢と違い、美州の治世はおおむね良好だ。一介の油売りから身を興したという、美州領主の評判も悪くない。
材木の需要が高まり、寒村とは言えども徐々に暮らし向きは良くなっていた筈だし、童と引き替えに渡した支度銭は、当面遊んで暮らせる程の額だ。
村人達は本当に村を捨てて逃亡したのか?
「お主はそう考えておらんのですわな?」
「儂も同感ですわ。一人二人が行方知れずになったというならまだしも、集落が丸ごとですからな。庇護したあれも心当たりはない様だったし、十中八九は違いますわな」
「拐かされたか…… あるいは……」
「始末されたかですわな」
女武官は口を濁すが、
奴婢として売却する等の為に拉致するにも、山奥から大人数を連行するのは無理がある。もし連れ去られたのだとしても、商品価値の高い若者の他は殺されているだろう。
童や学徒に話さなかっただけで、
彼女の眼は村人の安否よりも真相の解明、そして彼等に手を下したであろう者へと向いていた。
「族長代殿。下手人は山賊、野盗、野武士の類でしょうか?」
先程とは別の兵の一人が問うと、
「違うのでしょうか?」
「いや、その線もあり得ますけど、それならまだええですわ。そも儂等は、明日から何を探すつもりだったのか解っておりますわな?」
「……まさか…… 美州に潜んでいるかも知れぬという、和国在来の
兵の推測に、周囲は顔を見合わせる。
「そういう事ですわ。おるかおらんかは、はっきりせんけれども。
「訳なら色々と考えられますけどな。童の母親が件の村で息絶えておったんは、和国の同胞(はらから)から放逐されたのではないかっちゅうのが、
「それでは……」
「もし和国の
「人狼が滅びに瀕しているのに、
「勿論、
「し、しかし! 人狼の濁った血を薄めるのは一族の悲願!」
「だから、もし争う事になっても、なるべく殺さんで法術で拘束する様に心がけなされ。儂等と子作りして血を混ぜる為、傀儡とせにゃなりませんからな」
女武官や配下の兵達は冷徹非情な答えを聞き、気さくさで慕われる
「同じ人狼なら皆が仲間って訳じゃねえのに、みんなおめでてえんだよ。皇国で迎えた坊主の養い親の仇ってんなら、気兼ねなく傀儡にして、逸物をぶち込んで何度でも孕ませてやれるってもんだ」
最初に不平を漏らした兵が威勢良く暴言を吐き、嫌らしく嗤う。
智恵の値が並の底辺である九に留まり、また皇国で忌まれる嗜虐の気性も見られる彼は、末端の兵として終生を過ごすであろうと軽んじられていた。
だが今回は、その言葉に皆が頷かざるを得ない。
「そ、そうだな」
「ああ、無辜の民に手を下したというなら許せんな。人狼の恥だ」
「お前の癖に、たまにはいい事を言うじゃないか」
周囲の戸惑いつつの同調に、発言の主は得意げな顔で胸を張る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます