第4話

 阿瑪拉アマラは若き狼の姿と化しているきこりの童を連れ、薄暗い山林の中を歩んで行く。

 若き狼は不安げにしつつも、ただ阿瑪拉アマラの先導に従っていた。

 若き狼の躰は並の同族よりも小振りで、やや大きめの犬に等しい。対して阿瑪拉アマラは白虎に等しい程の、野生の狼にはあり得ない大きさだ。

 その為、端から見れば二頭は番ではなく親子に見えるだろう。実際、年齢は親子どころか、曾祖母と玄孫やしゃご程に離れているのだが。


「疲れたかも知れんけど、あと少しで休める処に着きますわ」


 声を掛けられ、本性の喉に慣れていない為に口がきけない若き狼は小さく頷くと共に、未だ疲れを感じていない事に気付いた。村を出てから三刻 ※六時間 程は歩き通しの筈である。

 きこりの子として育ち、山歩きには慣れている。とはいえ、狼の姿で動き廻ったのは今日が初めてだ。また、今進んでいるのはまた踏み入った事のない山の深淵である。


(俺は人間じゃなくて化けもんになっちまったんだなあ……)


 疲れを感じない躰に、若き狼の心中は不安が生じつつあった。



*  *  *



 さらに四半刻程進み、木漏れ日が陰り始めた頃。木々の中に伐採された切株が見られる様になり、そして山道が現れる。


「ここからは、道に添って行けばええですわ」


 半刻程、山道に沿って進み、辺りがすっかり暗くなった頃、二頭は開けた場所に出た。

 満月の光に照らされ、十数件の民家らしき建物が見える。若き狼は、自分が育った村落を思い出した。

 だが、暗くなったというのに家々には全く灯りが無い。それどころか、人の気配が全くなく、辺りは静まり返っている。


(ここが狼の隠れ里? それにしちゃあ、随分と寂しいもんだ)


「儂等はここに住んどるんじゃないですわ。ここは以前、お主の村と同様のきこりの村だったんだけれども。ここ暫くは誰も住んでおりませんで、まあ廃村っちゅう訳ですわ」


 若き狼の不審そうな眼に気付いた阿瑪拉アマラは、ここがどの様な場所かを語る。


「そんな訳で、気兼ねのう休めますわ。あばら屋ばかりだけど、今日の寝床には使えますわ」


 阿瑪拉アマラは、廃村の中でもやや大きめな家の前に立つ。空き家ではあったが、戸は固く閉められていた。


「開け」


 阿瑪拉アマラが一言唱えると、戸は勝手に開く。


「照らせ」


 さらに続く一言で、家の中は昼の様に明るくなった。面妖な光景に、若き狼は口を開けて呆然とする。


「これが”法術”っちゅう技ですわ。和国だと”神通力”と言った方が通りがええかな。人間は限られたもんにしか素養がないけど、儂等なら誰でも使えますわ。勿論、修練すればお主にも使えますで」


 神として祀られていただけあり、狼にとって、この程度の事は普通に出来る様だ。

 自分にも同じ力があると言われた物の、若き狼には今一つ実感がない。既に人ならざる者へと姿が変わり、疲れを知らぬ躰となっている事は解るのだが、頭がついてこないのだ。


「とりあえず、今晩はこの中で休んで、出立は明日ですわ」


 阿瑪拉アマラは若き狼を促し、空き屋へと上がりこんだ。



*  *  *



 空き屋の中は質素ながらも整然としており、埃も積もっていない。今でも誰かが暮らしているかの様である。

 玄関先にはたらいがあり、水が張られている。


「空き屋っちゅうても、土足のままは気分が悪いですわな。きちんと洗って上がらんと」


 阿瑪拉アマラたらいに四肢を入れて濯ぎ、部屋へとあがる。拭いてもいないのに、脚は全く濡れていない。

 若き狼も倣って盥に脚を入れると、中は水ではなく、濃い油の様に粘りがある液だ。


「それは、明国では太歳たいさい羅馬ローマという遠方の大国では史萊姆スライムという物で、水に似とるけど生きとるんですわ。垢やら汚れを餌にするもんで、洗濯物とか、飯を食うた後の器なんかも漬けておけば綺麗になるっちゅう、優れもんなんですわ。洗い終わった後に水を切ったり乾かしたりせんでもええっちゅうのも、これのええとこですわな」


 阿瑪拉アマラの説明に、若き狼はそういう物かと受け止める。

 不可思議な物を幾つも見せられたので、もはや感覚が麻痺し、何があってもおかしくない、と思えて来たのである。


(便利というか何というか。狼の世では当たり前の物なんだろうな……)


 二頭が上がり込んだ家は間仕切りがなく、部屋は大きめの一間のみ。中央には囲炉裏がしつらえてある。

 什器の類は殆どなく、部屋の隅に竹で編まれた大きめの行李が於かれている位だ。


「ふう。何とか落ち着きましたわな。とりあえず、今日は御苦労さんですわ。お主も立っておらんと、こっちに来て座るとええですわ」


 阿瑪拉アマラ囲炉裏いろりの前で犬の様に鎮座し、若き狼にも傍らに座を勧める。

 若き狼は言われるままに座った物の、獣の姿での慣れぬ姿勢に、どうにも落ち着かないでいた。


「さて。今夜はここで明かしますけどな。この廃村から目指す場所へは道が通じておるから、明日は人間の姿で歩けますわ。お主も、その方が具合がええですわな?」


 人間の姿に戻りたいかと言われ、若き狼は一も二もなく頷く。

 修練がいると言われていたので、当分はこの姿のままかと観念していたのだ。すぐに戻れるなら、こんな嬉しい事は無い。


「で、お主はまだ自分で化身するのは無理だもんで、人型になるには儂が繋がって法力を貸さなあかんのですわ」


 どう言う意味かと首を傾げる若き狼に、阿瑪拉アマラは牙を剥き出して微笑み、尻を向けて腰を突き出す。


「牡として儂とまぐわうんですわ。それで、化身の法術をかけやすくなりますわ」


 若き狼は、牡を受け容れる姿勢を取る阿瑪拉アマラを前に、何も出来ないでいる。


「ささ、早う逸物を勃たせて、儂の女陰を貫きなされ。若い牡なら、まぐわいたい盛りですわな。何も怖い事はありませんわ」


 阿瑪拉アマラは優しい口調で誘ったが、若き狼は尻込みしたままだ。


(始めてならともかく、女の躰は知っとるっちゅうとったのになあ。何でかいな?)


 阿瑪拉アマラは少し考え、自分の姿の事に思い至った。


「儂が獣の姿で、女として見られんのですわな」


 若き狼は首を横に振って否定するが、その瞳は指摘が真実である事を示していた。


「ほんじゃ、儂が化身しますわ」


 阿瑪拉アマラが眼を閉じて念じると、大柄な白狼の姿はまばゆい光に包まれる。

 閃光に眼が眩んだ若き狼が視界を取り戻すと、そこには裸体の女が立っていた。

 歳は三十程に見える。身の丈は五尺八寸 ※約176cm 位で、当時の和国では男であってもかなり長身の部類となる。

 肩幅は広く、腕や脚は筋がついて、きこりの男の様に逞しく太い。また腹も筋によって割れ、引き締まっている。

 対して肌は雪の様に白く、胸は無尽の乳が湧き出て来そうな程に豊満で、女としての特徴も現れている。

 これだけならば只の逞しい大女だが、さらなる特徴が人ならざる者である事を示していた。

 長く伸びた髪や、股間の茂みは、燃える様な紅毛。瞳は金。顔つきは高く尖った鼻に、やはり尖った顎の細面で、若き狼がこれまで見た人間とは随分と人相が違う。

 そして唇からは鋭い牙が覗き、何より、獣の耳が頭から生えていた。


「これが、儂の人型ですわ。顔つきは、和国の民とは少々違いますけどな。儂等の先祖が住んでおった羅馬ローマという遠い異国では、人間は大概こんな人相っちゅう事ですわ。耳も人間の様に出来ますけど、人狼…… 智恵ある狼だっちゅう事を廻りに解り易い様に、儂が人型を取る時はわざとこの様にしとるんですわ」


 若き狼は阿瑪拉アマラの説明に、心ここにあらずという様子で、只こくこくと頷くのみだった。


「さ、これでやる気になりましたわな? って、ありゃあ……」


 阿瑪拉アマラが若き狼の股間に眼をやると、未だに盛りが全くついていない為、思わず溜息を漏らしてしまった。


「ま、人間の姿っちゅうても、羅馬ローマ人の人相ですからな。得体の知れんもんを相手に、牡の勤めを果たせっちゅうても無理っちゅうもんですわな」


 裸体の女が如何にも気落ちした風なので、若き狼もまた、思わずしょげかえってしまう。


「けど、まぐわってもらわんと始まりませんで。済みませんな」


 阿瑪拉アマラはしゃがみ込んで若き狼の瞳を覗き込み、自らの眼を一瞬光らせる。相手の発情を催す”魅眼”である。

 すると程なく、若き狼は陽根をいきり立たせ、涎を垂らして阿瑪拉アマラにすり寄って来た。

 その眼からは知性の欠片も伺われず、ただ色欲に支配された牡の欲望に染まっていた。


「ほれほれ。若人らしく、元気よう胤をぶち込みなされ」


 阿瑪拉アマラは四つん這いになって尻を振り、若き狼を挑発する。

 若き狼はむしゃぶりつく様に阿瑪拉アマラへ覆い被さり、牡の印を突き入れて腰を振り続けた。

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