第67話

 港の真向かいにある計都ケートゥの屋敷の前を通る太い道には、殭屍キョンシーの大群が跳躍して行進していた。

 勅令を拒んで集団自害した百姓女のなれの果てで、平家が仮宮へ初参内する際に随伴した物と同じである。

 だがその時と異なり、いずれの殭屍キョンシーも腹が異様に膨らんでいるのが目立つ。

 臨月の妊婦のおよそ倍もある布袋腹だ。かといって躰が肥え太っているのではなく、腹だけがはち切れんばかりの大きさである。

 胎内に納まっているのは、殭屍キョンシー自身の子ではない。贄として召し上げられ、あるいは勅令に反した旨を問われた百姓の童、そして神宮の子弟だ。

 童達は殭屍キョンシーの胎内で、およそ半年をかけて滋養として吸われる事で、肉体が赤児へと戻っていく。脳からも滋養が吸われる為、記憶もすっかり失われてしまう。

 これが、歪んで育った童を、無垢の赤児へと再生する”還元”だ。

 滋養を消費させて”還元”を促進する為に、殭屍キョンシーは活動が可能な夜間を通じて、島を周回させられているのである。

 一門の者達にはすっかり馴染みとなった光景であり、三人はさしたる感慨を持つ事もなく、計都ケートゥの元へと歩みを進めた。

 一方、平家の子弟達は殭屍キョンシーの群れを見て唖然としたが、自分達を虐げていた百姓女達が、帝の怒りに触れて死後も罰を受けているのだと、尸解仙となった父親達に説明されると頷いていた。


みかどの御威光によって皆が豊かになれたというのに、何故あの百姓共は、私達を卑しむ事を止めなかったのでしょう、父上?」


 子弟の内で最年長の男子が、傍らの父へ問う。


「長年に染み渡った因習は、富を分け与え、理を説いただけでは改まらぬ。大抵は、力でねじ伏せねば治まらぬのだ。だがそれは新たな憎悪を生む。故に”従わぬ者は赤子一人とて見逃さず禍根を断て”というのが、みかどが導師から授かった御政道である。みかどの手足としてそれを為す事は、武門たる我等平家の務め」


 哀しげに話す父を、子は不思議そうに眺めた。

 みかどに背く者なら斬られて当然なのに、何故、そんな顔をするのだろう。

 父は子の疑問を察したが、あえて答えなかった。

 口で説いても解るまい。侍なれば、己が身を以て知らねばならぬ事なのだ。



*  *  *



 真夜中ではあるが、計都ケートゥは三人を自ら出迎えて来た。

 報告を受ける為、わざわざ起きていたのではない。元々、夜の方が仕事がはかどる質なのであり、その代わり朝が弱い。

 早朝に訪問される方が、彼女にとっては不快なのである。


「御苦労様でしたわね」


 挨拶もそこそこに、三人は学徒へ講義を行う為の座敷へと通される。

 概要については既に、和修吉ヴァースキが船上から八咫鏡によって報告していた為、改めて詳細を聞く必要はない。

 計都ケートゥはそれよりも、新たに見つかった阿羅漢アルハットの乳児を直に確かめてみたかったのだ。


「それが、例の赤児ですわね」

「早速ですが、こちらを御覧下さい」


 和修吉ヴァースキに促され、奥妲アウダは抱えていた赤児を、不安げな様子で計都ケートゥへと手渡した。


 計都ケートゥの腕の中で目覚めた赤児は泣き出す事もなく、ただ己を抱く六本腕の異形の瞳を凝視する。

 氷の如き冷たい視線で計都ケートゥが見返すと、赤児は微笑みを表した。計都ケートゥもまた、柔和な顔へとなる。


「ふふ、まさしく阿羅漢アルハットですわ。それも、かなり力の強い」

「導師の眼力を受けても、全く恐れを見せぬ。素晴らしいですな」


 赤児は本能的に、計都ケートゥの強さを見極めようとしていた。そこで計都ケートゥは視線で力を示したのである。

 自分の庇護者が極めて強力であると悟った赤児は、安心して微笑んだのだ。

 力を持たない並の赤児なら、視線に込められた恐怖を浴びて、心が壊れてしまっただろう。

 赤児の様子に、二人の学師は共に満足そうである。


「さあ、お飲みなさいな」


 計都ケートゥは胸をはだけると、赤児の顔を乳首へと近づけた。

 赤児はそれを口に含み、力強く吸い始める。

 優しく力強い計都ケートゥに、赤児はすっかり自らを委ねていた。


(相変わらず、心を掴むのが巧みな方だ)

(ひとまず安心かな……)


 赤児を懐かせた計都ケートゥ和修吉ヴァースキは感心し、奥妲アウダは安堵する。

 一方で、陵辱されて産んだ子を拒む母側に心情を寄せていた普蘭プーランは、理で情を抑え込み、何とか平静を装っていた。


(まだ情が理に勝る事が多い様ですわね)


 計都ケートゥは慈母の様に赤児へ乳を与えながら、期待を掛けている普蘭プーランの精神が乱れている事に、内心で嘆息していた。

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