第66話

 平家の子弟達を乗せ、二人の学徒が率いる車列が桑名港へ着いたのは夕刻だった。

 和修吉ヴァースキと一門の童女達は、共に答志島の船に乗るべく、既に着いて待っていた。


「無事に一門の子等を送り届けた様で、二人とも御苦労だった」

普蘭プーラン姉、奥妲アウダ、御疲れ様です!」


 童女達と共に、車から降りた二人にねぎらいの言葉を掛けた和修吉ヴァースキは、続いて降りてきた平家の子弟達に向き直った。


「お前等が平家の童共か。我が名は和修吉ヴァースキ補陀洛ポータラカ皇家の一員たる那伽ナーガ、即ち和語で言う龍にして、皇国の学問を司る”一門”の学師である」

「よ、よ、宜しく御願い、します……」

「お、おねがい、します」


 平家の子弟達は挨拶するも、その声は震えていた。

 流石に武家の矜持を叩き込まれているだけあって泣き出したりはしない物の、半人半蛇の那伽ナーガ、しかも三つ眼である和修吉ヴァースキの姿に怯えてしまっている。


「我の異形が恐ろしいか。島には六本腕の阿修羅アスラ、鳥の翼を持つ乾闥婆ガンダルヴァ、透き通る不定形の阿普薩拉斯アプサラスといった、様々な種族がおる。何、すぐに慣れるであろうよ」


 和修吉ヴァースキから、自分達が向かう島には、人間ならざる異形が多くいると聞き、平家の子弟達はすっかり引きつってしまった。

 これが平民の童であれば、一門の童女達があからさまな侮蔑を見せる処だが、同胞と看做している平家であったので、逆に安心させるべく微笑みを見せている。

 彼女達とて、貧民窟で這い回る賤民だったのを、一門の神属に見いだされて宮殿へ連れて来られた際には、恐怖に震えていたのだ。

 何より、一門の年少組であり末席だった自分達に、正式の学徒ではない物のようやく出来た門弟・門妹である。嬉しくない筈がなかった。


「島ではお父君が待っていますよ。恥ずかしくない様にしなさい」

「は、はいっ!」


 平家の成年男子は、尸解仙の身体に慣れ、新たに与えられる職に向けて鍛錬する為に答志島に滞在している。その内には、この子弟達の父も含まれていた。

 普蘭プーランの言葉に、子弟達はそれを思い起こして自らを叱咤し、やや無理気味に顔を引き締める。


「では、参ろうか」


 和修吉ヴァースキに促され、一行は戎克ジャンクへと乗り込むべく桟橋を渡って行く。

 平家の子弟達にとっては、異形の神属に加え、初めての海に、初めての船である。

 不安は大きかったが、父に恥ずかしくないようにと、幼い侍の卵達は必死に堪えて後へと続く。

 最後に乗り込んだ奥妲アウダの腕には、自らが庇護した赤児が抱かれていた。



*  *  *



 出航後、平家の子弟を童女達に任せると、普蘭プーラン奥妲アウダ和修吉ヴァースキに貴賓室で事態を報告した。

 問題の赤児は、奥妲アウダが我が子の様に抱きかかえたままだ。


「畏れ多くも、御夫君様の御名を私してしまいました。申し訳ございません……」

「否、問題ない」


 赤児を庇う為、言仁の名を持ち出し、書状による絶縁の安堵をも約してしまった事を詫びる奥妲アウダだが、和修吉ヴァースキはそれに及ばぬと言う。


「結論から言えば、奥妲アウダの処置が正しい。阿羅漢アルハットの確保は、何にも勝る事項である。御夫君様へは我から話を通しておく故、心配せずとも良い」

「良かった……」


 奥妲アウダが胸を撫で下ろす一方で、”返す”事に同意した普蘭プーランが謝罪を口にした。


「師よ、貴重な人材を損ねようとした軽挙を御詫び申し上げます」

「いや、良い。一門の多くは、普蘭プーランの意を是とするであろうしな。並の赤児であれば、産みの母を説き伏せる事もあるまい。あくまで、阿羅漢なればこそだ」


 和修吉ヴァースキは、母の意向による子返しを覆した今回の件は、あくまで特例であり、普蘭プーランの判断の方が原則に従っている事を付け加えた。

 同様の場面に再び遭遇しても、むやみに子を庇わず、生母による生殺与奪権を尊重する様、奥妲アウダに対して釘を刺したのである。


「し、しかし、公の子になってしまえば、親子は関係ないのでは?」

「否。地位を継ぐ事は出来ずとも、実親が誰かを手繰る事は出来る。血統の管理は劣悪な子孫を防ぐ為に必定だからな」


 神属に白痴が多く生まれるのは、個体数の少なさから近親による交配が進みすぎたのが一因である。

 その為、皇国に於いては臣民全ての系図の管理を徹底し、当人にもそれは開示する事となっている。血の近過ぎる者との間に、子を為さない様にする為だ。

 法術によって、父が誰であるかの鑑定も容易である。


「陵辱によって産んだ疎ましき子が成年後、自らの所在を知って尋ねてくるのではないか。その恐怖に終生怯えよと言うのも酷であろう?」

「それはそうですが……」

「勘定方が苦力クーリーとして用意した千人。あれは全て、一門の学徒と血縁がない事を確かめてある。学徒の内には、産んだ子を棄てた者も多くいる故にな。産みの母を恨み、所在を突き止めて報復しようとする者がいないとも限らぬ」


 産みの親と望まれぬ子の確執による紛議の恐れは摘んでおくべきである。

 自分を棄てた母親に複雑な思いがある奥妲アウダは、和修吉ヴァースキの言葉に沈黙せざるを得なかった。



*  *  *



 一行を乗せた戎克ジャンクが答志島に着いたのは真夜中だった。

 篝火が炊かれた埠頭には、水軍の羅刹兵の他、直垂姿の人間の男が二十名程待っていた。

 我が子を出迎えに来た、尸解仙と化した平家の男達である。

 平家の子弟達は父親を見つけ、桟橋を降りるなり駆け寄って行く。

 青白い肌に白髪、牙を生やした異形の姿に変わった父の姿を見ても、子弟達は動じなかった。

 予め聞かされていた事もあるが、しばらくぶりに会えた嬉しさが大きかったのである。

 父親の側も我が子の無事な姿を見て、歓喜の声をあげていた。


「父上!」

「ちちうえー!」

「良い子にしておったか?」

「母上は息災か?」


 賑やかにはしゃぐ父子の再会を、一門の童女達は複雑な思いで眺めるが、和修吉ヴァースキから宿舎へと戻って休む様に促されると、やや沈んだ面持ちでその場を後にした。

 それを見送った和修吉ヴァースキは、普蘭プーラン、そして母に拒まれた赤児を抱える奥妲アウダと共に、阿羅漢アルハットという思わぬ収穫を報告し、今後の処遇を協議すべく計都の屋敷へと向かった。

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