第62話
二人の軽愚を一人に合わせる事で、智恵を改善する。
眉を潜める者も少なからずいるが、この施術の有効性は明白であり、
だが実施に先立ち、この施術の難点も幾つか言仁から指摘されている。
まず、一体の身体で脳を二つ持たせる特徴から、この施術を受けた者には、法術を行使する才を持たせる事が困難となる。体内に於ける霊力の循環が複雑化してしまう為だ。
これについては、日常の暮らしで法術が必要な場面では、法術具を使えば足りるという事で決着が付いた。
そも、将兵や医師、あるいは法術具を作成する職工等の特殊な職を除けば、法術を使わねば生きられない訳ではない。例えば部屋に灯りをともすなら、法術を使わずとも油を燃やせば済むのである。
一方、今一つの指摘は重大だった。
施術の手法上、被術者の一方は必ず女、かつ孕める程に身体が成長していなくてはならない。だが、生来の軽愚は女一人に対しておよそ男二人の比率で生まれて来る。全ての軽愚に施術を行うには、これをどうにかしなくてはならない。
渋々ながらも追認を与える際、言仁が最後まで懸念していたのはこの点だった。
智恵が足りぬ軽愚への恩恵として行う以上、受けられない者が出てはならないというのが、言仁の出した条件である。
智恵の合算が十六を超すと狂い死ぬ事が解っているので、不足する女子を補う為、あえて健常の者を加える事は出来ない。
まず、先行して五百名の実施にはこぎつけた物の、本格的に推進するにはこの点を解決しなくてはならなかった。
五百名の経過が良好である事を受け、
「国元からも軽愚を連れてきては?」
「当初は伊勢の民から始めるにしても、いずれは施術の対象として国元の民も含める事になります。なれば、男女の数の差を埋める事にはなりませんぞ」
一人の学徒が意見を述べるが、別の学徒から反論が出る。伊勢だけでなく、
「それ以前の問題として、伊勢の民は和語、
「翻訳の法術があるではないですか」
「あれは”他者が話した異なる言語が、自己の解する言語で聞こえる”物だ。つまり、自我を融合させた状態では効かぬ」
「なれば薬座に、赤児に加えて軽愚の女子も他州から買い付けさせては? 他州であっても和国の民同士であれば良いかと思われます」
「同じだ。当座は凌げようが、いずれ和国全体を併呑するのだから、男女の数の差に対する根本的な解決にはならぬな」
「それを置いても、軽愚の女は淫売としての需要が強く、故に値が高いとも聞きます。勘定方が首を縦には振りますまい」
「勘定方か。御不興を被るのを顧みず、御夫君様に”成年であろうと軽愚は始末してしまう様に”と申し上げた位だからな」
次に出た提案も、やはり
勘定方とは、現代で言う財務部門を意味する。仕事熱心が過ぎて生命を財貨で評価する事を厭わず、一門とは別の角度から非情な一面がある。
ちなみに、水軍が漁民に賤民解放の勅令に従う様に説得に動いたのは、鏖殺による労働力の激減を食い止めるべく、勘定方が根回ししたのも一因である。
水軍を率いる茨木童子は元々、日頃から漁民に接している事もあり穏便な事態収拾を模索していたのだが、介入の決断に至ったのは勘定方の依頼も大きい。
しかし勘定方は、漁民を救った同じ口で”軽愚を始末せよ”と主張した。
彼等とて皇道楽土に賛意を示した為に和国遠征に加わっているのだが、それ故に、新しき世の建立に役立たない軽愚を排除せんと目論んだのだ。
勘定方の価値観では、賤民を虐待した平民は、罰による恐怖で縛ればまだ使役出来る。
一方で軽愚は、当人に責無しとは言えども、無駄に飯を食らう足手まといだ。施術で使える様になるなら、他の臣民と区分せずに遇する事に何の問題もないので、一門による施術の提案には諸手を挙げて賛意を示したのである。
だが、足りぬ軽愚の女子を他州から高価で買い付けて補うとなると、話が変わって来るかも知れない。
「勘定方が施術に同意したのは、軽愚を優良な臣民に仕立て上げる事が出来るという点に尽きます。その為の出資であると言えば、他州からの軽愚の女子の買い付けも通るのでは?」
「悲田院で無為徒食の日々を送らせる事に比べれば、勘定方としても遥かに有益であろうしな。他に良案がなければ、それを当座の策として御夫君様に上奏してみよう。だが、問題を根本から解決する策は他にないか?」
提案した学徒は屈せず、買い付けに費用が掛かろうとも、智恵を与えて働き手とすれば見合う筈と主張する。
さらなる提案を求めるが、医術を学ぶ学徒の中心となっている
良策とは言えないが一応の案が出ているので、思い切った発言をする者が出ないのだ。
(あの跳ね返り娘ならどう言うか……)
(小生意気だが、あれならば定石に囚われずに案を出すだろうに……)
また、
「失礼致します。お茶をお持ちしました」
議論が空転する中、襖をあけ、色白で和国人の顔立ちの学徒が入って来た。二形化の施術を受け、学徒の列に加わった若衆である。
学徒の内、
室内の一同に緑茶を差し出して退出しようとした若衆を、
「
かつては時折誕生したが、この数百年来は見られない物だ。
今は本名を捨てた若衆の呼び名として、いつの間にか一門の間で広まっていた。
「宜しいのでしょうか、新参の私如きが申し上げても」
「構わぬ。学究の徒たる者、序列を意識しての沈黙こそが罪悪と心得たまえ」
「女が足りぬなら、私の様に、性を変える施術を施せば如何でしょうか?」
「お前に埋め込んである男女の器官は、羅馬に生息する夢魔種の標本を流用した貴重な物だ。おいそれと手に入る物ではない。加えて
一門なら造作もない事だろうと
夢魔とは
彼等は自種族のみでは生殖能力がなく、女性に化身した上で人間の男性を魅了して交合し、腎水 ※精液 を受ける。
そして胎内で自らの物に造り変えた胤を、今度は男性に化身して同じく魅了した人間の女性に注いで孕ませるのだ。
生まれた赤児は成人期に己の正体に目覚め、真の同族の元へと去って行く。
その生態から
「私に行われた施術の内容は承知しています。ですが、私の様な特異な使い途の為に造られた
軽愚の施術で一方が女でなければならないというのは、片方の頭部を納める為に、もう片方は子袋を備えている必要があるというだけである。
子を為す事が目的ではなく、まして
「男子からその証を抉り、女子のそれにすげ換える事は出来よう。だが、大量に必要となる子袋をどう調達する?」
「勅令に背いた民の宮刑はもう終わってしまいましたか?」
「九割方は済んでいるが…… 成る程、宮刑で抉った子袋を使えば良いか。ならば問題なかろう」
宮刑で切り取った性器は、珍味として酒の肴に費やされていた。だが、移植に使う方が遥かに有意義である。
宮刑を宣告されながらも、まだ刑を終えていない者は全体の一割。女はさらにその半分で、老齢の者を除くとさらに目減りする。
だが、術を施す軽愚に行き渡らせる数は充分確保出来そうだ。
「旧来の良識に囚われず、理によって物事を判じ、益をもたらさんとするお前の思考。一門の学徒として結構である」
「有り難うございます!」
元は重罪人だった自分の発言が、一門に相応しいとして認められたのだ。
「しかし…… 施術の後、被術者は女として生きて行く事になるのです。子を為さぬとは言っても、陰部を女子に代えたのみで見てくれが男のままでは……」
話がまとまりかけたところで、学徒の一人が懸念を漏らした。
施術を受けた後の元軽愚達もそれを嗜む事になるが、外観が男で股間のみが女というのでは、自分も相手も違和感がぬぐえないだろう。
生活の質を考えると、その辺りも考慮しなくてはならない。
「私の様に、顔を女として造り変えれば良いのではありませんか? 必要ならば胸や腰つきも」
再び、
技術による問題の解決こそが、学府たる一門の考え方だ。
和国で生まれ育った彼女が、短期間の間にその思考に染まった事に、
「その通りだ。我等一門にはそれが為せるのだから。
「是!」「是!」「是!」
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