第61話
施術が終わり、女は
後処置が終わると、
「寝台に寝ているこれを、養生棟に連れてお行きなさいな」
龍牙兵は合掌して主命を受け、壁際に立てかけてあった一畳程の大きさの板に女を載せると二体でそれを持ち上げ、
「この者はどうなりますかな?」
後処置が行われている間に何とか嫌悪感を理性でねじ伏せた老侍は、女の行く末を案じた。これからまた、面妖な処置を受けるのだろうか。
「およそ五日程は眠り続けますわね。目覚めた時には精神が融合し、一人の人格となっていますわ。その後は、適切に学を修めさせれば常人よりも賢しくなって行きますわよ」
「ほう? ただ常人に智恵が追いつくだけではないのですかな?」
「常人の脳が持つ智恵の力を十とすると、女側の智恵はおおよそ七、童の方は六ですわね。足せば十三になりますの」
「一人足りませぬが”三人寄れば文殊の智恵”という訳ですな」
「飲み込みが早いですわね。どうせ智恵を延ばすなら、より賢しく使える様にすべきですもの」
禁忌とされた施術を許された上は、単に並の臣民として世に戻すのでは勿体ない。より秀でた人材に仕立て上げるべきというのが
「ならば、並の智恵を持つ者同士をつなぎ合わせれば、より賢しくなりませんかな?」
「良い質問ですわね」
この狂信の学師なら、さらなる知性を求めてこの施術をより広く行うのではないかと、老侍は懸念した。
「試みはありましたけれども、被験者は狂い死にしましたわね」
「く、狂い死に……」
懸念は払拭した物の、笑顔で凄惨な答えを返された老侍は息を呑んだ。
「智恵が高い脳同士をつなぎ合わると、人格の融合がうまく行きませんの。およそ、足して十六が限界ですわね。余裕を見て、十二から十四に留める様にしていますの。勿論、限度の試しに際しては咎人を用いましたわよ」
「限度を見極めたという事は、しくじった者ばかりではなく、成った者もおりましょう。その者は?」
「御心配なさらずとも大丈夫ですわ。別の術の試しに、絶命するまで使い廻しましたわよ。新しき世に相応しからざる者を解き放つ等、あり得ない事ですもの」
「左様か……」
咎人の仕置をし損じた場合、天恵として咎人を解き放つ例は古今東西よく見られる。
だが、
「先の問いに戻りますわね。この施術は、軽愚に生まれついて世に役立てぬ者をつなぎ合わせ、皇国の民に相応しく仕立てる事にこそ意義があると小生は考えていますの。言葉を解する故に獣ではなく民として遇さねばならず、さりとて並の働きも出来ない。ならば治して役立てる方が理にかなっていますわよ」
軽愚の処遇について、
今後に生まれ来る赤児については、脳を診察すればすぐに解る。一応は”民”の範疇に入る為、贄として飼育する事は許されないが、苦しまぬ様に”返せば”事足りる。
問題は、既に生まれ育っている軽愚の処遇をどうするかだ。
劣った血統が残るとの懸念もあるが、一方の胎内に他方の頭部を格納・融合するという手法を取るので、被術者は受胎出来なくなる。
さらに元々、人間の不老長寿化は生殖機能の喪失を伴う為、実質的には二重に断種する事になり、軽愚の子孫は生じない。
合理的には反対する理由がない筈だが”生来の軽愚に知性を補う施術は、霊長と鳥獣の境界を脅かす”との懸念が根強い。
言仁も知性の補完には消極的で、軽愚が周囲に”役立たず”として疎まれる事が無い様、悲田院を設立して養う旨を定めたのは彼である。それを税と労力、土地家屋諸々の無駄として、軽愚は成年も童とみなし”返す”べきと諫言する家臣もいたが、言仁に哀しげな瞳を向けられると強くは言えなかった。
今回は”賤民の虐待に加わらなかった軽愚に恩義を返したい”という
さらには学師へ昇格すべく功績を欲する
言仁はやはり躊躇っていたが、軽愚自らが選んだ事であると
「貴方はどう思われます? 思う処を御聞かせ下さいな」
経緯を聞かされた老侍は、考えた末に口を開く。
「愚かに生まれついた者は、周囲の慈悲なくば生きられませぬからな。独り立ち出来る智恵を与える事自体については意を違える事はありませぬ。二人をつなぎ合わせるという手法については如何かと思いますが、他に無ければやむなきかと存じますな」
熟慮された答えは
「活仏は甘いと思います?」
主君たる言仁の意向を批判する問いに、老侍は思わずうなった。
「……民に余計な税を掛けずに軽愚共を養えるのであれば、慈悲の内ではありましょうが……」
「ええ。公で面倒を見るとはいう物の、結局の処は税を費やしますものね」
「然り……」
主君の方針を否とする言葉を発し切れず、老侍は口を濁した。しかし、続く
天災等による一時の救済ならともかく、自力で生きられないからと言って税で生涯を通じ養うのは、民に不満が生じるだろう。
まして治す手法があるのに、それをせずにただ養うというなら、偽善のそしりは免れまい。
「貴方、よく解っていらっしゃいますわね」
老侍は、冷徹な理を微笑んで説くこの畏怖すべき
* * *
尸解仙と化した平家の男子達は、学徒達との交合で霊力を注ぎ込まれてから二日程過ぎた夜半に、寝かされていた講堂で次々と目覚めた。
死ねなかった事や身体の変化に戸惑う者も多かったが、皇国に人材が不足している事、そして”一度死して償ったのであるから、蘇った後は生きて仕えよ”との言仁の勅意を伝えられると、それ以上異を唱える者はいなかった。
彼等は少人数に分けられ、さらには一人づつ呼び出されて行く。
何があるのかと訝りながら、案内役の学師、あるいは武官に連れて来られた先に待ち受けているのは、眠らされた哀れな童。
童の首を命じられるままに刎ねられるか否かが、先の老侍同様、彼等に課される試問である。
平然と童の首を刎ねる者。
躊躇しながらも命に従う者。
まずは童の素性を尋ねる者。
中には、童の首は刎ねられぬと頑として拒む者や、死を以て主君の暴挙を諫めんと自害を試みる者もいた。
案内役は逆らった者にも決して無理強いする事は無かった。ただ、自害を試みた者についてのみは金縛りの法術で拘束して止めている。
個々の対応を見定めた上で与えるべき職分を判じているのだ。
案内役は、試問を終えた者に童が軽愚であり、首を刎ねるのは智恵を与える施術の前処置である事を説明した上で、与えられる役目に対応した宿舎にいざなっていった。
尸解仙の身体に馴染む事を兼ね、平家の男子達は半年の間、ここで修練を積む事になる。
* * *
「如何でしたか?」
試問を終えた報を八咫鏡で受けた時子は、その結果を鏡面に映る計都に尋ねる。
彼女は予め、軽愚の童を斬首させるという試問の案を知らされ、承諾を出していた。
「童の首は刎ねられぬとする者が、存外と多かったですわね。およそ三割程ですわ」
「人としては正しくとも、武士にあるまじき覚悟のなさ。侍は主命のままに仏に逢うては仏を斬り、親に逢うては親を斬らねばなりませぬ。童であろうと然りというのに、何とも情けなや……」
童を前にして非情に徹しきれなかった者の多さに、時子は平家の長として悔しさを露わにする。時子であれば、躊躇無く童の首を刎ね、例え赤児であっても平然とくびり殺しただろう。
「心根の優しき者は、それはそれで長所ですもの。文官の職もありますから、士分の男子といえども、剣を取らねばならぬ訳ではありませんわ」
武人には向かなくても、性格にあった官職は用意されているという
「なれば、どうにも使えぬ者はおりませなんだか」
「ええ。皇国、ひいては活仏が忌むのは、殺戮を好む嗜虐の性根。斬首を愉しむ兆候が見えた者がいれば、困った事になりましたけれども、そういう者はいませんでしたわね」
試問の重点は、嗜虐性を持つ者を見つけ隔離する事にあった。
戦は
「その様な狂気を潜めた者は、幸いにも一族にはおりませなんだか。もしいれば、どの様に始末をつけるおつもりでしたか? 咎を犯さぬ限り、処断する事はかないますまい」
いかに困った者でも、罪人でなければ排斥は難しい。
時子の疑問に、
「一応、使い途はありますわよ。討ち死にを見込み、戦の度に先頭で斬り込ませる事になりましょう。当人はそれで幸せでしょうしね。使い捨てる矢と同じですわよ」
「それは、それは。流石は
二人は互いに通じ合う物を感じ、鏡を通して笑い合った。
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