第56話

 平家の男達の骸に不老長寿化の最終的な処置を施すには、およそ一月程安置しておく必要がある。その頃には伊勢の民に対する宮刑と若返りの処置も終わり、一門の主要な学師がそちらへ手を回せる様になる為、丁度良いと言えた。

 彼等は殭屍キョンシーにされた百姓女達と共に、答志島へと運ばれた。

 勿論、両者の扱いは全く異なり、前者は言仁の臣として蘇るべく丁重に扱われる。後者は咎人の童を”還元”する為の母胎、即ち”道具”として朽ち果てるまで繰り返し使役されるのだ。



*  *  *



 一門に所属する学師・学徒の多くが、伊勢の民への宮刑執行と若返りの施術に従事する中で、奥妲アウダ和修吉ヴァースキの指導の下で別の業務を担っていた。

 伊勢の民の全てが宮刑に処された訳では無く、勅令を守り賤民へ一切手を出さなかった為に免れた者も存在する。選良と位置づけられた彼等の多くは、自害によって滅んだ為に荘園として接収された廃村へと、元の村を去って慌ただしく移り住んでいった。

 統治上、無人の村を荒れるままに放置したくなかったのと、処罰を受けなかった事で、宮刑を受けた民との軋轢が生じるのを防ぐ為だ。

 二人が行うのは、彼等に必要な医術を施す為の回診を兼ねた巡察である。

 龍牙兵の牽く車に載り、師弟は目的地となる新荘園の一つへ向かっていた。


「良民たる彼等をいかに処置すべきか。考えたかね?」

「はい、和修吉ヴァースキ師。この様に行いたいのですが」


 奥妲アウダは自らの案をしたためた文書を、和修吉ヴァースキに手渡す。

 目を通した和修吉ヴァースキは、それを及第、かつ許容範囲であると判断した。


「成る程、では思った通りにやってみたまえ」

「ありがとうございます、和修吉ヴァースキ師!」


 奥妲は、自らの思い描く図が認められて上機嫌となった。



*  *  *



「お待ちしていましただ」


 荘園に着いた二人は、元は庄屋の屋敷だった村役場で、元服して程ない年頃に見える、紅顔の代官に出迎えられた。

 見かけ通りの歳ではなく、実年齢は既に四十過ぎである。仕官により不老長寿を得て、この姿となっていた。

 その素性は、宮司の嫡男を助命する為に仕置場に駆け込んだ、実の叔父だ。その行為を弗栗多ヴリトラが誠実であるとして称賛したのと、表沙汰に出来ない事の真相に対する箝口を兼ねて家臣の列に加わる事となり、ここに赴任して来た。


「民が死に絶えた村を急遽引き継げと、上意とは言えども無体を申す事になって済まぬな」

「仕官した最初は開墾を仕切れっちゅう話だったし、それに比べりゃ、出来合いの田畑ですから随分楽ですだよ。それに、田畑を耕すもんが皆くたばって、放ったらかしで荒れてくっちゅうのは何とも辛いですだ」


 代官の顔立ちは女と見まがうばかりに美しいのだが、口から放たれる言葉は百姓訛りで、士分格としての直垂姿も全く似合っていない。

 だが言葉には柔らかみ、そして荘園の運営に対する意欲が感じられ、二人は好感を持った。現場で采配を振るうには、むしろこの方が民から親しみを持たれるだろう。


「本来であれば、荘園の代官には夜叉ヤクシャを充てるのだが…… 何分にも数が足りなくてな」


 皇族の私有財産である荘園では、豊穣の力を備えている夜叉ヤクシャを常駐させるのが原則である。特にここは、皇配たる言仁の物だ。

 だが、勅令に背いて反抗したり逃散を試みた村の自治を召し上げ荘園とし、さらに懲罰として住民の意思を法術で操り使役する事となった。

 その為、伊勢親征に随伴した夜叉ヤクシャの内、農政に明るい者はそちらの代官として優先的に任じられる事になってしまったのである。同じ荘園という括りではあるが、そちらは懲役の為の獄としての性格が強く、住民は家畜同様の生産力でしかない。

 獄としての荘園を管理する為に、優良な住民を住まわせる、本来の意味での荘園にしわ寄せが生じたのは皮肉としか言い様がない。


「伊勢には龍神様がおわすんですから、風や水、日照りなんかは気にしなくてええですし。大丈夫ですだよ」


 申し訳なさそうな和修吉ヴァースキの言葉にも、代官は楽観的に応じた。

 牛馬を使役出来る事と、那伽ナーガによる天候の調整があるだけで、夜叉ヤクシャの力がなくとも従来より遥かに耕作の条件は向上しているのだ。


「此度の始末では、多くの者が罰を受けた。お前の義兄は斬首に処された。村人は悉く心を縛られ、咎人として終生使役される。恨んではおらぬか?」

「……惨い事をして来たっちゅうに、お赦しを頂けても懲りなかったのはあいつ等ですだ」


 代官自身を除き、彼が住んでいた村の住民は、その全てが厳罰に処されている。

 神宮統治下での賤民への虐待は当初、弗栗多ヴリトラによってその一切が免責されていた。それにも関わらず、解放の勅令を軽んじて同じ事を続けたあげくに罰を受けたのだから、それは自業自得と言う物である。

 情を交わした賤民の女を、家の恥として家族に殺された過去があり、身分の貴賤を不当な物と考えていた代官にとって、同郷の者の末路は全く同情に値しなかった。

 吐き捨てる様に突き放した言葉を吐いた代官を、奥妲アウダも同感だと頷く。


「甥っ子は大丈夫ですだか? 神宮の跡取りだったっちゅう事で、虐められておらんかと心配しとるんですが」

「問題ない。あれは赦免され、有用な者として一門に加えた上、近衛の後見をつけて庇護しておる」

「そうですだか」


 和修吉ヴァースキは安心する様に言うと、甥を案じる代官も胸をなで下ろした様子だった。


「学徒様も、宜しくお願いしますだよ」

「え、ええ……」


 代官の言葉に、奥妲アウダは当惑しつつも応えた。

 当初は神職であった若衆を嫌っていた奥妲アウダだが、ここ数日で随分とその感情は薄れている。

 兄として慕い敬愛する言仁から、受け入れよと直に申し渡された事もあるが、賤民解放に不服を申し立て己の行為を顧みなかった民草達の態度を目の当たりにしたのが、奥妲アウダの心境の変化をもたらしていた。

 自分達の行いを悪であったといつまでも認識出来ない下卑な愚民に比べれば、無知を反省し恭順の意思を示している若衆の方が、人として遥かに真っ当ではないかと思えていたのである。

 とは言え、彼女自身が認識を改めるだけでは済まない。歳の近い学徒達を煽って同調させてしまった始末を付けねばならないのだ。


(自分の蒔いた種だけどさあ、困ったなあ……)


 後見役の近衛がいるので滅多な事はあるまいが、焚き付けた同門達をどう説き伏せた物かと、奥妲アウダの胃は痛んだ。

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