第54話
「”男子に”と申したな」
「左様でございます。父祖の罪は我等男子に、功は女子に報いて下さいます様」
言仁の確認に老侍は是と答え、罪は男のみが背負いたいと望んだ。
「僭越ではありませぬか。平家の今代当主は私。父祖の罪に対する咎は、まず私が負うべき物」
「平家が天下を預かっていた際に国の導きを誤ったのは、専ら男子の所行。故に、女子がその責めを受けるのは道理が通らぬかと」
時子は老侍を諫めるが、彼は退かなかった。
社会の運営に於いて男子が導き女子が従うのは、和国に限らず、この時代では洋の東西や構成民族・種族を問わずに一般的であった。
故に、一族全体の罪はまず男子が被るべきという主張には、当時の常識に照らして一つの理があった。
「百姓共から婦女子を護れなんだ我等の如き弱兵は、
「それは!」
苦しそうに言葉を続ける老侍に、時子は思わず叫ぶ。
賤民として雌伏の時を送っていた平家は素性を伏せる為、官憲は元より民草にも一切逆らってはならぬという戒めを定めていた。その為、女達が辱めを受けても男達はそれを護る事が出来なかった。
賤民解放の勅令が出た後も正体を隠し続ける為として、彼等は暴虐への無抵抗の方針を貫いた。平家にとって龍神は、身分解放の恩を受けたとはいえ、決して仕えるべき主ではなかったのである。
彼等が正体を明かしたのは、主君が帰国した際に備えて隠していた武具を
頭目の正体が待望の主君その人であったと知らされ、平家はようやく自分達の本来の姿に戻れたのである。
よって、女達が犯されるのを守れなかったのは、男達の惰弱や臆病の故ではない。生き延びて主君を迎える為、汚辱にまみれてでも事を構えてはならなかったのだ。
だが、密かにではあるが侍としての武芸と矜持を仕込まれていた彼等にとって、それは耐え難い屈辱の日々であった。
賤民として獣の皮を剥ぎ、死人を葬る事を恥とは思わぬが、婦女子を護れない事は武士として、男子として全く許されぬ事だ。
民草に手込めにされて孕まされた女が産んだ子の首を絞めて返す日常は、直接の陵辱を受けた女よりも、手出しを禁じられ何も出来ぬ男達の方に、より暗い情念を育てていった。
そして、言仁に従う
屈強な神属の兵がいるならば、自分達が御仕えせずとも安心だ。
「
嗚咽を漏らしながら訴える老侍、そして揃って同様に悲痛な面持ちの男子一同に、時子を始めとした平家の女衆は何も言えないでいた。
重苦しい沈黙を破ったのは、言仁の決断である。
「良かろう。それを望むならば、汝等平家一党の男子には死を賜る。但し、この場におらぬ元服前の者については、それに及ばぬ事を承知せよ。成年男子の自裁を以て平家の罪は一切が償われた物とし、以後、それを責め立てる事は叛意とみなす」
「有難き、幸せに存じます!」
主君自らによる死罰の宣告は、貴人に対する栄誉刑と解される。
それを聞いた老侍以下の平家男子達は、法悦とした顔でそれを承った。至上の誉れをもって、欲してやまなかった死の安らぎを迎えられるのだ。
「なれば、男女を問わず、平家一党全ての成年に罰をお与え下さいませ!」
”止める事が叶わぬならばせめて共に死を”と時子は主張するが、
「婦女子の皆様には、既に御役目がありますわよ? 果たして頂かねば、和国の完全な掌握が二、三十年は延びてしまいますの」
「時子とやら。命長らえさせるばかりが情ではない。ここは平家の長として、男子の面目を立ててやれぬか」
「……承知、仕りました」
神属達は成り行きを平静に見守っていたが、
(何故? どうして? 兄様は赦すと言ったのに、何で自分から死罪を望むの? 何の為に苦労して生き延びて来たの?)
彼女は言仁に再考を促すべく声をあげようとしたが、
”動くな”という導師の意思を感じた
「和国の武家に於ける自裁の作法は割腹であるが、朕はそれを好まぬ。毒杯を用意させる故、それを用いよ」
言仁が手元の鈴を鳴らすと、程なく二十名程の侍女が襖を開けて入って来た。
侍女達は平家の男子達に、金杯を渡し酒を注いで廻る。和国皇家を示す菊の紋が掘られた純金の杯に、男子達は感激して打ち震えた。
杯が行き渡ったところで、言仁は死にゆく忠臣に語りかける。
「思い残す事はないか」
「時子殿、そして一族の婦女子の皆様方よ。平家の再興の事、くれぐれも御頼み申す」
「わかり申しました」
老侍の最期の言葉に、時子は重く頷いた。
「それでは
「乾杯!」
老侍の号令を唱和し、男達は一斉に杯を飲み干す。
そして十も数えぬ内に、眠る様に次々と崩れ落ち、物言わぬ骸と化して逝く。その顔はいずれも歓喜に満ちた物であった。
静寂が場を占める中、
自分が父祖の罪を責め立てた余りに、彼等はその責を取るとして死を望んだというのだろうか。もしそうならば、自分は何という事をしてしまったのだろうか。
彼等こそが、共に皇道楽土を築くに相応しい和国の民だったというのに……
歯を食いしばって耐えてはいるが、その頬を涙がつたった。
自責にかられる
「心配いりませんわよ。活仏の忠臣を無為に死なせたりはしませんわ。新しき世の建立に参画するに相応しく仕立てるには、こうする必要がありましたの」
(まさか、この人達を
およそ五百名もの忠実な臣の死を前に微笑を崩さず、死んだ方が使い易いと言い放つ
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