第51話
若返りという”飴”を用意した事もあり反抗する者は出ていない物の、対象全ての施術を終えるのはおよそ二十日を下らないとの見込みである。
逃散や元賤民への襲撃を試みた村については、先の例に倣って直轄の荘園とされた。その住民は精神を拘束する新式の法術の被験体を兼ね、元は自分達の物であった田畑を懲役として耕すのだ。ただ命じられるままに粉骨砕身して働いた末に、およそ二十年の後は法術の反動で廃人と化すのが彼等に待ち受ける末路である。
だが心を縛られる故に、当人は不平や苦痛を感じる事はない。
懲役の内容も元々従事していた農作業であり、重罪犯に与える罰としてはやや寛大と周囲には受け取られた。他州では、鉱山での採掘や大型船の漕ぎ手といった苦役を課すのが通常で、大半は五年と持たずに力尽きて息絶える。
その裁定を聞いた学徒の一部には、逆らった者への罰が生ぬるいと不満を漏らす者もいた。学徒達の中でも
同年代では突出して技量が高い
術者としては半人前にも満たない幼少の学徒についても補助として使わざるを得ないのが、伊勢統治の現状である。
答志島の軍港で、本土へと向かう水軍の
「
「いや、責め苦と癒しを繰り返し、寿命が尽きるまで生かさず殺さず弄ぶべき!」
賢しき童女達は、幼い容姿に全くそぐわない口調で、憎悪を吐き出しあっていた。
彼女達の脳裏に浮かぶのは、本国の貧民窟で幼い自分達の肉体を欲望のままに犯した、吠舍 ※平民 のおぞましい形相である。和国の百姓もその同類と彼女達は受け止めていた。
”何度も慈悲を踏みにじった極めつけの愚者を何故屠ってしまわぬのだろうか”との思いが、学徒達の心に禍々しく渦巻いている。
「皆様、ご苦労様ですわね」
夢中になって悪態をまき散らしていた学徒達が振り向くと、そこには
全員、慌てて姿勢を正して合掌する。
「お話は聞かせて頂きましたわ。皆様、とても優しいのですわね」
漏らした不満を叱咤されるかとばかり思った学徒達は、いつもの穏やかな調子で
「導師、私達はあ奴等に厳しい罰を望んでいるのですが……」
「だからこそですわ」
「え?」
「皆様はあれ等を、まだ”人”として扱っていますもの。怒りも哀しみも、相手が”人”であると思えばこそ生じる情ですわよ」
童女達は、事も無げに非情な言葉を語る
伊勢の統治に際しては、重罪犯は民として扱わずに獣とみなす旨が定められている。牛馬同様に”家畜”として使役され、あるいは贄として食される為にのみ存在を許されるのだ。
家畜は生きた道具だ。それに憤りを感じ、報復を与えても詮無き事である。
屠畜して贄とするも良いが、農耕の為に使役するのもまた、家畜の使い途としては通常の事だ。自害した者が続出した事で贄は有り余っているのだから、急いで潰す必要はない。
「牛馬に鞭をふるうのは苦しませる為でなく、よく働かせる為ですわ。出来ればそれをせずに済ませば、傷を付けずにより長く使えるでしょう?」
冷徹な心得を微笑んで説く
* * *
自害によって果てた百姓達の骸の現状だが、伊勢各地に設けられた砦の如き村々、通称”平郷”の敷地に、巨大な天幕を張って仮置きされている。
平郷はその護りの堅さから、急遽、集団自害によって発生した大量の屍を臨時に保管する場所に充てられたのだ。
特に先日、長老格の網元が赴いた処は伊勢に十数ヶ所ある平郷の内でも別格で、平家の末裔達の内、ある目的に任じられた寡婦が主に住んでおり、伊勢の平家全体を束ねる主家の別邸も置かれている。
当代の当主は、先代の後家である”お方様”こと、平時子。賤民としての名は”とき”と称していた。
亡き先代は郎党筋からの婿の為、平家の血統は妻である時子の方が濃く、かつての平一党の首魁・清盛公の妻の名を受け継いでいる程の立場である。
賤民の境遇にあっても雅を嗜む事を忘れなかった淑女だが、先日には手ずから網元を宮刑に処した様に、武家を束ねる烈女の一面も見せる。
伊勢中が宮刑の執行で慌ただしい中、時子の別邸を、頭目の勅使として
「
「はい。平家に連なる皆様方の帰参に際し、三百五十余年もの長きに渡る御労苦を是非とも直にねぎらいたいとの仰せにございます。主立った方々と御参内頂きます様、御願い申し上げます」
勅使の
時子の側も、勅使の言葉を噛みしめ、重く受け止める。
主君から召されての参内が叶うというのは、賤民の身に甘んじていた彼等にとって特別の意味を持つ。
穢らわしいとされていた自分達が宮中へと上がる事で、名実共に士分へと戻った事が示されるのだ。
「全く有難き幸せ。どんなに待ち望んだ事でしょう……」
「ただ、それに際し…… 今一つ御願いしたき事がございます」
勅使は言いにくそうに続く用件を切り出し、それを聞いた時子も怪訝な顔をした。
「
「いえ、導師
勅使の口調からは、彼女が皇道楽土の思想には共鳴しつつも、
また時子も、
だが、そもそも
「導師が
「よ、宜しいのでしょうか?」
難色を示されるとばかり思っていた勅使は、時子の快諾に驚く。
「平家は元来、武士なのです。その程度の事で怯みましょうか? いえ、これこそが一興という物でありましょう」
時子は勅使に、武家の当主に相応しい不敵な笑みを見せた。
* * *
時子の承諾により参内の支度は進められ、勅使の訪問から三日後の夜に桑名へと向かう事と決まった。
出立の日の夕刻頃。迎えの車が列をなし、時子達の住まう平郷へと訪れた。
神宮より接収した貴人の為の牛車なのだが、牽いていたのは牛馬ではなく、大柄な骸骨…… 龍牙兵だったのである。
「お、お方様! これは一体!」
牛ではなく骸骨が牽いている事に、武家の女の矜持として悲鳴こそ挙げない物の、一門の女達は震え上がる。
顔をこわばらせた女達に、骸骨がどの様な物か勅使から事前に聞かされていた時子は、笑いながら落ち着く様に促した。
「これは人の骸ではありません。抜け落ちた龍の牙に術を掛けると、この様な姿となるという事です。龍牙兵と称し、足軽や従僕の代わりに使役するのだとか」
「そ、そうなのですか?」
「これの使役が許されるのは、天竺の
”自分達の目には怪奇に映ろうとも、帝の育った天竺では当然の事なのだ”と、女達は時子の説明に納得する他なかった。
女達が落ち着きを取り戻した頃、先頭の車から
この平郷の女達に不老長寿の術を施したのは彼女であり、皆とは既に顔なじみである。
迎えの車列は彼女一人で操っていた。今回の始末の為の動員によって、伊勢中で神属の手が足りないのだ。通常なら近衛の白虎が車を牽くべき処だが、龍牙兵を使役しているのもその為である。
「これは
「しばらくぶりです。早速ですが、あれに術を施したいのですよ」
時子達は一斉に礼をして出迎える。だが
中に入ると、簀巻を解かれた屍が白い死装束を着、包まれていた
瞼が開き、虚ろな瞳を天井に向けて並ぶ屍の顔に、
全ての屍に呪符を貼り終えた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます