第48話
「確かにそうじゃのう…… 侍もかわたも、漁師も同じ人じゃ。卑しむ方がどうかしておるんじゃ」
「言葉では何とでも言えます故、御身にて示して頂きたく存じます」
女は立ち上がり、帯を解きはじめた。
突然の事に唖然とする網元に構う事なく、一糸まとわぬ裸体となる。
「な、何じゃ?!」
「私達を穢れておらぬとおっしゃるならば、肉の交わりをもって示して下さいませ。私は後家。操を立てる夫は既に亡く、何の気兼ねも要りません」
女は微笑んで誘うが、うすら寒い気配を感じた網元は、その場にへたり込んでしまう。
「かわた女は不浄と仰られるのですか?」
「わ、儂は逸物なんぞ勃たなくなって久しい爺じゃぞ?」
「そうでしたか。あの時は、私の体を貪り尽くしたというのに、随分と衰えたのですね」
怯える網元に構わず、女は網元へと歩み寄る。
その眼差しは冷たい光を放ち、口調は丁寧ながらも声の音は侮蔑の響きが含まれている。
「し、知らん…… 儂はお前様を抱いた事なんぞ……」
女はへたり込んだままの網元の頭上をまたぎ、仁王立ちとなる。
黒く茂った女陰が、網元の眼にくっきりと映った。
「まだ五十年程前の事ですのに、身に覚えがないと仰るのですか?」
「ご、五十年前……」
女の詰問に、網元は言葉を詰まらせながら、若かりし頃の行いを思い出していた。
採れた魚を村で干物や塩漬けにして、商人に売り渡す為、桑名の港へ出向いた際。
色欲を満たす為、通りすがりの若いかわたの女を、仲間数人で取り囲み、船へと連れ込んで洋上で手込めにする事がしばしばあった。
かわたであれば、周囲は見て見ぬ振りをし、衛士に訴えられても門前払いが関の山の為に狙い目だったのである。
自分だけでなく、気が荒く血気盛んな漁師であれば大概の者が行っていた事だ。
穢らわしいと蔑視する一方で肉欲の対象とする事からも、穢れなる概念のいい加減さが現れている。
網元は、かつて犯した中で、特に印象に残っていた女を思い出した。
歳が三十程、やや薹が立っていた人妻らしき女だ。
鞣した革を荷車で運んでいたので、かわたである事は一目瞭然だったが、それにしては上等な身なりだったのが印象に残っている。
後で聞いた話では、どうやら桑名近郊のかわた頭の女房という事で、身なりが良かった事にも納得したのだが……
網元は、自分の顔をまたいで迫る女の顔が、それと瓜二つである事を思い出した。
どこかで見た顔だと思ったのは、気のせいではなかったのである。
「お、お前様、あの時の……」
「ようやく思い出しましたか?」
「い、いや、確かに若い頃は散々悪さを働いたが、しかし、それは…… 五十年も前じゃ。お前様、何であの時のままなんじゃ?」
年月を経たにも関わらず、女の容姿が全く変わっていないのは何故なのか。
「つい先日までは仰る通り、老醜を晒す身でした。ですが、私達は帝に不老長寿を賜り、この様に若返ったのです」
「あ…… あ……」
疑問に対する答えは明快だった。龍神の力であれば、老女を若返らせる事も出来るであろう。
確かにこの女は、若き日に手込めにした相手であると網元は確信した。
「儂は…… 儂は……」
「私は一日たりとて忘れた事はありませんでした。ようやく、相対する事が出来たのです」
女は腰を下ろし、凍り付いたままの網元から袴を脱がし、褌を解く。
皺だらけの股の付け根に生えた逸物は、男子としては大きめである物の、力なくしなびたままだ。
「私の胎を容赦なく貫いた強蔵が、何とみずぼらしくなったのでしょう」
女は、かつて自分を害した物が用を為さなくなった有様を冷ややかに嘲る。
それは、どの様な罵倒よりも網元の胸を抉った。
欲望に任せて暴れた肉棒も、いまや役に立たぬ代物だ。一方、女が見せつけている女陰は、牡を迎え命を育む力をすっかり取り戻している。
「儂を…… どうしたいんじゃ……」
「先程も申しました通り、ここで男子として私とまぐわって頂ければ、それを和解の証と致しましょう。一方が他方を貪るのではなく、互いに快楽を与え分かち合う事こそが、
網元は下腹に力を込め様としたが、十年以上も交合に及んでいない男根は、眼前の女陰を求めようとせず縮んだままだった。
「だ、駄目じゃ…… 勃たん……」
「なれば、帝のお裁き通り、軽いとはいえど罰を受けて頂かねばなりません。それを以て、辱めに対する溜飲を下げる事と致しましょう」
女が網元の不能を承知で和解の交合を持ちかけたのは、赦しの機会を形式的に与える事によって、網元に躊躇なく制裁を加える為の前置きである。
争いを収める為の交合に応じられないのは、
「い、一体、どうやって償うのかの?」
賤民に対する暴虐の罪は、名乗り出る事によって全く赦された訳では無い。軽い罰で済ますと言われている以上、けじめとして罰を課される事については網元も覚悟していた。加えて、網元には統率者としての責もある。
鞭打ちか、重くとも懲役か財の没収であろうと思っていたのだが、女の口から出たのは聞いた事のない罰の名であった。
「宮刑です」
「き、宮刑とは何じゃ?」
「睾丸を潰し、或いは切り落として胤を断つ事です。死罪に次ぐ罰として、明国では盛んに行われております。網元殿に対しては私が執り行う様、帝より勅使を通じて承りました」
「儂の金玉を、つ、潰すちゅうて、そげな恐ろしい事を!」
男子の証を奪うという、とても軽いとは言えぬ罰に、網元は仰天した。
確かに命には関わらないが、まぐわいも子を為す事も出来なくなってしまう。
「本来であれば、帝の詔に背けば死罪。それを、睾丸を潰すのみで償ったとして解き放つのですから、格別のお計らいでありましょう?」
「い、嫌じゃ、嫌じゃあ!」
「どうせ腎虚 ※不能 なのですから、睾丸があろうとなかろうと変わりません。さあ、潔くなさいませ!」
腰が立たぬまま喚き散らす網元に構わず、女は再び立ち上がるが早いか、右足を振り上げ、踵で網元の陰嚢を勢いよく踏みつけた。
胤を造る為の牡の器官が破壊される感触が、心地良く女に伝わる。
股間に走る耐え難い激痛に、網元は声もなく口から泡を吹いて失神した。
そのみじめな有様を見た女は、高らかに嗤って成し遂げた報復に満足するのだった。
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