第45話

「御集まりの皆様で御歓談等なさる様でしたら、そのまま広間を御利用下さい」


 夜叉ヤクシャの侍女の申し入れにより、頭目が退出した後も網元達は大広間に留まって話し合いを続ける事にした。自分達は安泰とはいえ、このまま百姓達が死に絶えるのを見過ごすのは流石に躊躇われたのだ。

 立場上、口を挟む訳にはいかない茨木童子は、所用を口実に退席した。

 無論、彼女も今回の処置を穏便に済ます様に望んでいる事は、網元達も良く解っている。

 しかし、茨木童子が統治者側としての立場に縛られている事も承知している為、ここで頼る訳には行かなかった。


「街の衆は何とかなりそうじゃと言うが…… 百姓と何が違うんじゃ?」


 話し合いでまず問われたのは、自分達だけでなく町人も多くが罪を認め始めたというのに、百姓達には何故それが出来ないのかという疑問だった。


「商売人は、良くも悪くも利に聡いからのう。頭を切り換える事が出来たんじゃろうなあ」

「街には商人の他にも、職人やら人足やらもおるじゃろ」

「海や河に水軍様がおるのとおんなじで、街にも鬼侍様が結構おるからな。俺等と同じ様に、街の衆も取りなして下さったんだろうよ」


 伊勢に住まう補陀洛ポータラカの神属は、その数が限られていることもあり、多くは市街地や港湾、州境といった重要箇所に配備されている。

 対してもっとも手薄なのが、大幅な自治が認められている農村部である。数日に一度、糧食や衣類といった生活必需品を供与する為の馬車が来る他には、神属と接する機会が殆ど無い。

 故に目が行き届かず、賤民蔑視を改めさせる為の啓蒙が疎かになってしまった面は否めなかった。


「百姓共の身近にも鬼の方々がおったら、腹を割って話し合えたのかも知れんなあ」

「そうだな。だが、今それを言うても始まらん」

「心配せんでも、間際になりゃ大概のもんは観念して詫びを入れるだろうよ。命あってなんぼなんだしよう」

「阿呆が! 自害するもんが相次いどるっちゅうから、こうして皆でどうにか出来んもんかと悩んどるんじゃ!」

「死にたいもんは勝手に晒せばええ!」


 楽観する声が挙がるが、長老格の網元はそれを一喝する。

 怒鳴られた者は思わず暴言を返したが、それを聞いた場の雰囲気は凍り付いた。


「あんた、人としてそれを言うてはならんじゃろ」

「やらかしたもんは仕方ないかも知れんが、連座を食らうもんは哀れじゃぞ?」

「……」


 次々と叱責され、暴言の主は俯いて沈黙してしまう。

 議論は続けられたが、良い策も出ないままに四半刻が過ぎた頃。一人が挙げた案に一同は耳を傾けた。


「儂等が直に行って百姓共と談判すれば、聞く耳を持つかも知れんのじゃなかろうか」

「おお!」

「そうじゃな。儂等も百姓共も同じ一揆衆、伊勢の民草じゃからのう。お上が言うより、幾分かは聞きやすいかも知れん」


 既に出頭した者達が”軽い罰で済む”という保証を、迷う百姓達にしてやれば良いという案に皆は思わず手を打った。


「しかし今からじゃと、この近隣がせいぜいじゃぞ?」

「それでも、やらんよりはましじゃろう!」

「そうじゃ、何もせんで連中を見捨てたら、一生の間、俺等は悔やむ事になるぞ!」

「決まったのう。手分けして向かうんじゃ」


 農村に直接赴いて説得するとの案に皆が傾き、長老格の網元による締めの一言で一同の意が固まった。

 皆が立ち上がったその時。襖が開き、一頭の白虎が現れた。


「話はまとまったか」


 和国の民にとって白虎の顔の見分けはつきにくいが、英迪拉インディラでない事は、縞模様が異なる為に解る。

 その背には、誰かを乗せる為であろうか、騎馬の様な鞍が据えられていた。


「へい。儂等、手分けして百姓共を説き伏せる事にしましたのじゃ。今から行って、どんだけの村に間に合うかも解らんけども、同じ一揆衆としては捨て置けんのです」

「そうか。我等近衛は、勅令を最後まで拒み続けた者を捕縛する為、日をまたぐ半刻前までに、各々が所定の場所に赴く様に命を下された。今から向かう処だ」

「左様で……」


 白虎の言葉に、網元達は唾を飲み込む。

 龍神は着々と、背く者を処分するべく支度を調えている。もはや一刻の猶予もない。


「ついては、不案内なのでな。近衛一頭につき一人づつ、この場の者に案内として同道願いたい」

「ちゅうても、儂等も陸の村の事なんぞ、案内出来る程大して知らねえですが……」


 白虎の依頼に、網元達は首をかしげる。

 村や街を結ぶ道は神宮統治下で整っており、大まかな地図もある。余程の事がなければ迷う事は無く、道案内は不要と思われた。

 まして、内陸の農村部に土地勘のない、沿岸部の民に道案内を依頼するのは不適切である。網元達は白虎の意図をはかりかねたが、続く言葉で真意を悟った。


「各々の命じられた配置に着くまでの間、数回は途中の村に立ち寄って小休止を取る。その間に、お主等は村の者共を説き伏せれば良かろう」

「ちゅうと、儂等を乗せて行って下さるっちゅう訳ですかい? ええんですか?」

「近衛が直に動く訳にはいかぬのでな。それに、同じ伊勢の民が話す方が、百姓共も受け容れ易かろう」

「そういう事なら、お言葉に甘えましょうかの」


 白虎は道案内の名目で、網元達を農村まで背に乗せて同行させ、説得の便宜を図ろうというのだ。

 思わぬ申し出に、網元達は”渡りに船”と承知した。


「言っておくが、行く先々で奈落の様な光景を見るやも知れぬ。間に合わなんだ村では屍が累々としておるであろう。また、自暴自棄となって刃を向ける者が現れれば、即座に屠る事となる。覚悟は良いか?」

「応!」「応!」「応!」

「補陀洛の兵に劣らぬ良き覚悟の声、確かに聞いた。では、ついて参れ」


 白虎に先導され、網元達は仮宮の門前へと出る。

 そこには、やはり白虎からなる一群が、横一列に並んで鎮座していた。その背には、揃いの鞍を据えている。


「諸君、そこな一揆衆の者共とは話がついた。各々、彼等を背に乗せて所定の場へ向かえ」

「承知!」「承知!」「承知!」


 案内の白虎の命に一群は勢いよく唱和する。

 網元達も促され、一人、また一人と相方となる白虎を選んでいった。

 馬と違い、騎手が乗り易い様に自ら伏せる白虎には、素人であっても介添えは不要である。

 騎手となる網元が恐る恐る鞍にまたがったところで、白虎達はゆっくりと立ち上がる。


「鞍は法術具で、乗り心地を保つ様になっておる。ころげ落ちる心配もない故、安心して身を任せるが良い」


 案内の白虎が言う通り、鞍はよく尻に馴染んで安定感があり、初めての騎乗にも関わらず、網元達は不思議と不安を感じなかった。

 全員が騎乗し終わったのを見届けると、案内の白虎もまた、長老格の網元を背に乗せる。


「いざ行かん。万難を排して主命を果たせ!」


 網元を背に乗せた白虎達は、号令と共にそれぞれの目的地へと駆けて行った。

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