第3話

 元締めは、一人の飯盛女を連れて来た。

 年齢は十八歳前後で、やや小柄な体格だ。


「こいつです。ろくに稼がない内に病にやられちまって、まったく大損でしてな」

「お客様、一夜のお情け、有り難うございます」


 飯盛女は三つ指をつき、女に挨拶した。


「あたしは女なんだけどねえ」

「も、申し訳ございません!」

「どれ、顔をよく見せとくれ」


 女は平謝りする飯盛女に構わず、その顔を覗き込んだ。

 頬や頭に、赤黒く大きな腫れ物が出来ていて、恐ろしげな醜女面だ。


「おやおや、顔も出来物が一杯じゃないか。これじゃあ、男が退いちまうのも無理ないねえ」

「全くですな。身体ならともかく、面がこれだけ化け物みたいになっちまったら、客なんて取れませんでな」


 元締めが”化け物”と言った途端に、女は険しい顔になった。


「化け物ってのが羅刹や夜叉といった妖の事を言ってんなら、伊勢に喧嘩を売ったのと同じだよ? 病気持ちなんかと一緒にしないでおくれ!」

「い、いえ、そんなつもりはありません… 伊勢の一揆衆に妖の方々が加勢したのは承知しておりますが、つい…」

「龍神様の眷族なんだから、これからは言葉に気をつけるんだね。とりあえず、その娘の服を脱がせて、布団の上に寝かせとくれ」

「おい、言われた通りにしろ!」


 八つ当たり気味に怒鳴った元締めに従い、飯盛り女は押し入れから敷き布団を出して床に敷き、服の帯を解き始めた


「元締めさん。悪いけど、席を外しとくれよ」

「いやしかし、どうやるのか立ち会わないと」


 元締めの頭には、立ち会わなければ何かのいかさまをされるかも知れないという懸念があった。

 一揆勢に支配されて以後の伊勢の新薬の評判が高い事はよく知っているし、その為にわざわざ自分の宿に招いたのではあるが、いざとなれば不安も出る。


「やる事は簡単。あれを中に入れるだけさ。いくら病気持ちの飯盛女っても、気を遣っておやりよ」

「…わかりました」


 女の有無を言わさないきつい口調に、元締めは渋りつつ部屋を出て行った。


「さて、邪魔な男は去ったから。あたしは伊勢の薬売りでね。病を診てやるから、早速裸になって、布団に仰向けになっとくれよ」

「はい…」


 飯盛り女は服を脱ぎ、腰巻を解くと、言われた通りに布団の上に横たわった。

 頭部や顔面と同じく、体中の至る処に、腫れ物が浮き出ている。

 丁度、梅干しをあちこちに張り付けたかの様だ。


「じゃあ、次だ、そのまま股ぐらを開いて、女陰を診せとくれ」

「え?」

「まぐわいでうつる病なんだから、一番肝心な場所を診なきゃねえ」


 飯盛女が両足を大きく開くと、女は股間に顔を近づけて覗き込んだ。

 陰毛は常に剃っている様で、生えていない。

 ばっくりと空いた亀裂からのぞく花弁には幾つものいぼが出来、変形してしまっている。

 子種を受け入れ、命を産み出す為の穴からは黄色い膿が鼻汁の様に垂れ、腐臭を漂わせていた。


「おやおや、随分と臭いじゃないか。女陰が腐りかけているねえ。こんなんじゃ魔羅も萎えるってもんだ」


 嘲る様な女の言葉に、飯盛女の目からは涙がこぼれ落ちた。

 歯を食いしばり、嗚咽を堪えている。


「さて。あたしの見立てじゃお前様、一年保つかどうかだねえ。それも、きちんと飯を食えての話さ。どうせ、行く当てもなく放り出される間際だったんだろう?」

「はい…」

「乞食に墜ちて、いずれ野晒しになって鴉についばまれる。そいつがお前様の最期さ。運が良きゃ、投げ込み寺で無縁仏として供養してもらえるかもしれないけどさ」

「い、嫌…」


 間近に迫った運命を聞かされ、飯盛女の顔には恐怖が浮かんだ。


「丁度、武家の女が自害に使う、楽に死ねる毒ってのを持っててね。元締めも、お前様を放り出して餓えに任せる位なら、いっそその方がいいだろうって言うんだけどさ」

「嫌、嫌ぁ! 死にたくないぃ!」


 この伊勢の薬売りは、役立たずになった自分を始末する為に呼ばれたのだ。

 そう思った飯盛女はたまらず悲鳴を挙げた。

 思わず立ち上がって逃げ出そうとしたが、腰が抜けて言う事を聞かない。

 脅しが効果を上げ、飯盛女が期待通りの声を挙げたのを聞き、女は口の端を愉しげに歪めた。


「どんなになっても死にたくない。お前様、そう思うんだね?」


 飯盛女はかぶりを何度も激しく縦に振った。

 女は、引き出したい一言を言わせた事で、満足そうに微笑んだ。


「じゃあ相談だ。そいつを治す事が出来る薬があるんだよ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、本当さ。それ、そこにある張方。あれの中には薬が入っていてね。女陰に刺して中身を注げば、明日には綺麗に治るんだよ」


 女は、部屋の隅に置かれている張方を指差した。


「え、え?!」

「で、十月の間は病気持ちとまぐわっても、うつらないで済むんだよ。凄い薬だろう?」

「でも、お薬って高いんじゃ… また、前借りの銭が増えちゃうかも…」

「元締めが勘定をもつ事になってるから、余計な気を廻さなくてもいいんだよ。お前様が花柳病にかからず年季をきっちり勤め上げる事が出来れば、それで充分なんだ。前貸金の元を取れない内に放り出したら大損だからね」

「そういう事なら… だったら何故、毒なんて?」

「お前様の覚悟を試したのさ。年季が開けるにはまだ何年もかかるだろう? 病気がうつらないとはいえ、惚れた訳でもない男共に股ぐらを毎晩開く位なら、死んだ方がましって思うかも知れないからねえ」

「そんなんなら、とっくに首を括ってます… それにここで働いていれば、腹一杯飯が食えますから」


 女には、飯盛女の答えが判っていた。

 春をひさぐ事を拒む程に矜持が高いなら、病に関係なくとっくに自ら命を絶っている。

 貧家の出であれば、衣食住の保証さえあれば、銭で男に身を任せる事を苦痛とはしないだろう。

 判っていた上で、あえて死という選択肢を形の上で与え、飯盛女が自ら運命を選んだ体裁を造ったのである。


「その根性は気に入ったよ。さて、お前様。月の障りは来るかい?」

「はい。それが?」

「月の障りが来ないままの女は、間違い無く孕めない石女なんだけど、この薬は石女には効かなくてね。でも、そういう事なら、お前様は多分大丈夫だろう」


 女は張方の一つを持ち、飯盛女の女陰にあてがった。


「じゃ、早速やっちまおうかね。お前様がきちんと治れば、この街の宿はこぞって、この薬を買ってくれるだろうしねえ」


 飯盛女は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 作り物の張方ではあっても、男を受け入れる時には雌の本能が湧いてくる。

 それは決して、嫌な物ではなかった。


「もう一度だけ聞くよ? どんなになっても、生きていたいという言葉に偽りはないね?」

「はい!」


 飯盛女が力強く返事をすると同時に、女は張型をゆっくりと押し込んだ。


「痛ぅ…!」


 穴から漏れ出ている膿に赤い血が混じり出し、飯盛女は破瓜の生娘の様に顔をしかめた。


「女陰が病で弱ってるからねえ。でもこんな物じゃない。これからが本番だよ!」


 張型が根本まで押し込まれると同時に、先端の穴から液体が勢い良く子宮に向けて噴き出した。


「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 花柳病でただれた粘膜に薬が吹き付けられ、染み込んでいく。

 その激痛に、飯盛女はたまらず悲鳴を挙げた。


「熱い! 熱い! お腹が、焼けちゃうう! 取ってよう!」


 たまらず股間の張方を引き抜こうと手をやったが、膣の奥深く食い込んだ張方はつまみ出せない。

 飯盛女はあまりの苦しさに手足をばたつかせ、身体を歪めて転げ回った。


「ねえ、後生だから取ってったらあ!」


 その見苦しい姿に、女は容赦なく怒鳴りつけた。


「薬が効いてんだ。半刻ほど耐えりゃ収まるから我慢しな!」

「死ぬう! 死んじゃうぅ!」

「やかましいねえ、じゃあ楽にしてやるよ!」


 女は左手で飯盛女の後髪を鷲掴みにして無理矢理立たせると、背後から右腕で首を締め上げた。


「さあ、おねんねしな!」

「モグゥゥウ!」


 女は少しもがいたが、程なく意識を失ってしまった。


 翌朝。

 飯盛女が目を覚ますと、布団の中にいた。

 胎内の痛みはすっかり退いている。股間に手をやると、張型も抜けていた。


「起きたかい?」


 耳元の声に横を向くと、飯盛女の隣には、女が同じ布団で横たわっていた。


「あ、あの、添い寝をしていてくれたのですか?」

「ああ。昨日は済まなかったねえ。取り乱した相手を落ち着かせるには、首を絞めて気を失わせるのがてっとり早いからね。大丈夫かい?」

「ええ。痛みもすっかり取れて」


 二人は床から起き上がった。

 女は寝間着だが、飯盛女の方は全裸のままである。


「さて。手鏡を貸すから、お前様、治ったかどうか見るといいよ」


 飯盛女は女から手鏡を受け取り、自分の顔を見た。

 腫れ物はすっかりなくなっている。


「治ってる…」

「素は別嬪だったんだねえ。女の私でもほれぼれするよ」


 戸が開き、元締めが部屋に入ってきた。


「失礼致します。朝餉の用意が出来ましたのでお持ちしました」


 朝餉の膳から、味噌汁と飯の香りが漂う。

 元締め自ら朝餉を運んで来るとは、余程丁重に扱われているのか、それとも不用意に他の飯盛女に見せたくないのか。

 恐らくは後者だろうと女は思った。


「旦那、私、治ってますよね!」

「ああ。大したもんだよ」


 元締めは、完全に腫れ物が退いた飯盛女の身体を見て、感嘆の声を挙げた。


「それにしてもだね。お前、朝から素裸のままで何だね」

「きゃあ!」


元締めに呆れた声で指摘され、飯盛女は思わず胸と股間を手で隠した。


「元締めさんがいきなり戸を開けるからだよ」

「こ、これは失礼を…」

「あたし達は身支度するから、悪いけど少し向こうで待ってておくれよ」


 女は元締めを部屋から閉め出した。

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