第229話 対話 ☆


 ゲアリンデは男爵家に生まれ、十六になるまで帝国の片田舎で育った。

 父親は領地経営や出世争いよりも学者肌で、錬金術や算学を好み、できるかぎり宮廷の雑事を遠ざけて穏やかに暮らすことを望んだ。

 それが一変した日のことを彼女は昨日のことのように覚えている。


「ゲアリンデ、お前の結婚相手が決まりましたよ!」


 教会の礼拝から帰宅すると、母親が飛び出すように迎えに出てきた。

 貴族の娘として生まれたからには、いつまでも両親のもとで、というわけにはいくまいとは思っていたが……。

 そのとき、屋敷の庭には大小さまざまな薔薇が満開に咲き誇っていた。

 庭先には客人と父親の姿があり、父親はどこか呆けたような、それでいて事態を重く受け止めているような、どこかあいまいな表情で立っていた。

 客人は見知らぬ少年であった。

 まだ十五か十六か、しかしその美貌はかたわらに立つ父親の申し訳なさそうな顔つきがかき消えてしまうほどに輝いていた。

 白い肌は陽光を反射させみずから輝きを放つようだったし、ありとあらゆる体の部位が、この庭のどの薔薇よりもはっきりとした美を兼ね備えていた。

 金色の髪は春の陽射しのよう、頬は薔薇の桃色。瞳は緑玉である。

 長耳であることは、なんら気にもならない。紺色のローブに金の飾りの房を垂らし……だが、ローブの内に隠した短剣が、異様に重たい気を放っている。

 少年は微笑み、ゲアリンデに向かって祝福を述べた。


「おめでとうございます……ご令嬢。私はアマレナ。オリキュレル離宮よりの使者としてあなたを迎えに参りました」

「オリキュレル離宮……?」

「ええ。あなたには皇帝アケルナルの子を産んでいただく」


 それから、ゲアリンデはアマレナによって宮廷に送りこまれ、皇帝の第三妃、皇妃ゲアリンデとなった。

 それは確かに祝福ではあったものの……それはゲアリンデの望みではなかった。

 アマレナは花咲く庭で微笑みながら、小さなガラスの容器に入れた針を二つみせた。それには彼女の両親の血がついていた。


「ゲアリンデ、あなたは何を失うのが一番恐ろしい?」


 まるでつぼみから今しがた開いたばかりの花のような微笑みで、甘やかに問いかける少年のことが、ゲアリンデは恐ろしくてたまらなかった。

 アマレナがエルフの少年の姿で離宮に居座り、そして紅のマントをひるがえした呪術師の姿に変化し、鴉の血と呼ばれる呪術師集団を率いていることを知る頃には、ゲアリンデは恐怖によって縛りつけられ、逆らうことなどできなくなっていたのだ。

 それはゲアリンデにかぎってのことではなかった。

 ハイエルフの遺産や蒐集した多くの魔法の道具、そして神話の遺物を離宮深くに隠し、わがものとするアマレナを誰もが恐れていた。

 それは皇帝であっても同じことだった。





 現在、ヴェルミリオンを治めるのは皇帝アケルナルである。

 ベテル帝は子孫を残さず、近縁の者も処刑してしまったので、血筋に全く繋がりはない。アケルナルには三人の妻がいるが、皇后は身ごもらず、子をもうけたのは第二皇妃ゲアリンデのみ。六十四という年齢を考えると、次の子はそうそう望めないだろう。

 そして皇帝の第一子を、それも男児を連れてヴィールテス写本工房を訪ねてきたのが、本人の申告によるとゲアリンデその人だった。


 そうとわかった瞬間の混乱はすさまじかった。


 まずは職人たちを人払いし、エリンは赤ん坊のためにマテルが昔使っていた揺り椅子を運んでくると、その場で気を失った。いまは夫に連れられて退室している。

 客間にはフギンとマテルとヴィルヘルミナと緊張のみが残された。

 フギンも平静とは言い難い。

 なぜ、皇妃が単身、ザフィリの写本工房にやって来たのか——しかも子連れで——皆目見当がつかないのである。


「なぜ……あなたがここに……?」

「聞きたいことがあったからです」とゲアリンデは言った。「あなた方は、アマレナのことをご存知かしら」


 答える前に、フギンは仲間たちに視線を向ける。

 マテルは困惑しきりといった顔つきだ。


「フギン、これはもう一介の写本師には手に負えないよ。君にまかせる」

「一介の冒険者の手にも余ってるが……そうだな……俺がはじめたことだ」


 今起きていることは、とても身の丈にはあわない混乱でしかないが、それは確かにフギンの旅のつづきではあった。


「もちろんアマレナのことならよく知っている。あいつが何もので、どんなことをしてきたかも。ベテル帝のために、たくさんの罪なき人々を死に追いやったことも。俺たちも、何度も命を狙われた」


 フギンがそう話すと、ゲアリンデはただでさえ鋭く見える目つきを、さらに細めた。年齢は三十歳にさしかかった頃だろうか。ほっそりとした顔立ちで、まなざしの強さが服装の質素さとあいまって、どこか女教師のような厳格さがあった。


「……それを知っていても、なお、あなた方はあの論文を発表したのですか。なんのために?」

「仲間のためだ。賢者の石の秘密を知り、アマレナに追われている女性がいる。名誉や金のためではなく彼女を自由にしたい、ただそれだけのためだ」

「あまりにも危険です」

「危険は承知のうえだ。それに、アマレナは恐ろしい存在だが、もういない」

「いない……とは……?」


 ゲアリンデは驚いていた。それは嘘いつわりのない表情に見えた。


「知らないのか? 確認したいんだが、お前はアマレナの仲間なのか。鴉の血とかいうやつらの」

「とんでもない! わたくしがあの恥知らずどもの仲間だなんて!」


 ゲアリンデは大きな声を出す。

 その拍子に赤ん坊がぐずりはじめた。

 ゲアリンデははっとして、揺り椅子に手をかけた。

 小さな揺れが赤ん坊をなだめてくれるまで、しばしの沈黙があった。


「あなた方がどこまで知っているかはわかりませんが、わたくしは……アマレナの手引きで宮廷に入り、皇妃となりました。ですが実際は脅されていたから従ったまでのこと。それからというものの月日、アマレナがどれほど恐ろしい存在だったか……運よく子どもを授かったからこそいいものの、そうでなければ殺されていたでしょう」


 フギンはどこまでその言葉を信じていいものか考えた。

 ゲアリンデは嘘を言っているようには思えないが、宮廷のことだ。真実を確かめる術はない。


「オリヴィニスで変事があったことは、私も知っています。手の者を使いに行かせて状況を探らせ、アマレナが関わっていることを知りました。そうなのですね」

「ああ、そうだ。話すと長いが……」


 フギンはかいつまんで、事の経緯を説明する。

 ザフィリの地下水道でエミリアと会ったこと、異常な進化を遂げた魔物と戦い、その後デゼルトに戻ったエミリアが消息を絶ったこと。

 アマレナが彼女の身をおびやかし、追跡していたこと。

 けれど、邪悪な呪術師はオリヴィニスで捕らえられた。


「奴はハイエルフたちに身柄を拘束されている。二度と人間の世界に戻ることはないという取り決めだ」


 そう言うと、ゲアリンデの表情は何とも言えない困惑に包まれた。

 それから、少し遅れて服の袖でその顔を覆った。

 フギンは少し動揺する。彼女の指のすきまから、大粒の涙がこぼれ落ちたからだ。


「そうですか……アマレナはもう帝国には戻ってこない……これでもう自由になれたということなのね……」


 唇の端を強く噛みしめて、声音は震えていた。


「あんたたちにとって、奴はそんなに恐ろしい相手だったのか?」

「ええ。わたくしだけではありません。いまの皇室に、アマレナに本当の意味で逆らえる方はひとりとしていません」

「それはまさか、皇帝でもということか」

「その通りです」


 彼女の言葉に、フギンだけでなくマテルも戸惑う。


「みんながアマレナを恐れていました。その呪いの力をです。幸いだったのは、アマレナはまつりごとそのものにはさほど興味を示さなかったことくらいでしょうか」


 おそらくは、宮廷にあってもアマレナはつねにベテル帝の亡霊に取りつかれていたのだろう。彼の望みはベテル帝の願いを叶えることだけだ。それゆえに、現在の皇帝が誰であるかについては、さほど興味を持たなかった……。

 もしそうなら、それはフギンが見た彼の姿のままであった。


「彼がいなくなったと聞けば、みな喜びます。ですが、その最後を見届けたあなたは……?」

「俺は」


 フギンはあらためて、何と名乗ればいいのか迷った。

 不思議な時間だった。

 自分がこの国の皇妃と、それも、皇帝になるかもしれない子の母と話している。


「俺は……フギン。冒険者であり、ヴィールテス工房の居候であり、そして……人間ではない。グリシナ王国に授けられた女神ルスタの天秤だ。フギンという名は、グリシナ王家の最後の血筋である姫君、フェイリュアからもらったもの。今、彼女の魂は、その伴侶であるシャグランと共に俺の中にある」


 その名乗りを、ゲアリンデは静かに見つめていた。


「信じられないと思うが……」

「信じます。そうではないかと思っていたのです。ずっと……アマレナはオリキュレル離宮に、ほかの王家から奪い取った秘宝を隠していました。私は皇妃として宮廷に入り、皇帝の寵愛を受け、そしてアマレナからの信用を勝ち取りました。彼が何を隠し持っているか知るためです」


 ゲアリンデが合図を送る。

 背後に控えていた護衛が荷物を下ろし、中身をみせた。

 それは本であった。ただの本ではない。

 同じものを、フギンたちは見たことがある。

 ニスミスで。それはハイエルフの回収人ミシスが持っていたものと同じ、遺物を封印するための《本》だった。


「そのなかに、グリシナの品もありました。そこで私は、この国がどれだけの人々の命と生活を奪い、犠牲のもとに成り立ってきたのかも学んだのです。あなたには心から謝罪をしたい。もちろん私の小さな謝罪では、歴史の何が変わるでもないでしょうけれど……」

「なぜ?」


 フギンは呆然として問いかけた。

 ゲアリンデはあくまでも帝国側の人間だ。それなのに過ちを認め、しかもそれを謝罪することがあるとは夢にも思わなかったからだ。


「それこそがここに来た理由のもっとも大きなものだからです。本当にごめんなさい、フギン。帝国のしたことは決して許されることではないわ」

「現在の皇室は、ベテルのときから考えを改めたのか?」

「いいえ。こんなふうに考えているのは私ひとりのはずです。皇帝には皇帝のお考えがありますわ」

「ますます訳がわからないな」

「そうでしょう。でも、私は女だから……母親ですから」


 彼女は優しげな瞳で、揺り椅子を見つめている。


「この子には、かつて帝国がおかした罪を背負わせたくない。アマレナが離宮の奥に積み上げてきた重たい罪を、少しでも精算しておきたいのです」

「俺が、お前たちを許すと思うのか」


 フギンの厳しい声音に、隣で聞いていたマテルは緊張する。

 フギンはアマレナを許すと言った。だが、彼の中にはまだ憎しみがある——女神がどう沙汰を下したにしろ、そこにわだかまったすべての感情が精算されたわけではない、そう思うからだ。

 それに相対するゲアリンデはあくまでも毅然としている。

 涙はすでに引っこんで、はしばみ色の瞳には力強さがもどり、頬にあとが残るだけだ。


「許されなくても構いません。これは私がはじめた私の戦いです。あなた方の発表した論文も本来ならばとても危ういもの。宮廷には、力づくでもあなた方を排除すべきという論者もいます。だけど、私はそれをさせたくないのです。これからの帝国に、他人様には話せぬような、後ろ暗い歴史はもう必要ありません」


 ですから、とゲアリンデは続ける。


「仕方がなかったこととはいえ、今回の発表のタイミングはあまりいいとは言えません。宮廷の各派閥をまとめるのに時間がかかっているの。次に行動を起こすときは、必ず私を通してからにしてくださいますこと?」


 謝ると言っておきながら、ゲアリンデは明らかに怒っていた。

 フギンたちの行動が軽率であると叱りつけているのだ。

 その態度のちぐはぐさに、フギンは面食らうしかない。


「……とはいえ、俺たちはあんたの存在を知らなかったからな」

「問題はこれからです! 他にも計画があるなら、すべてわたくしに教えてください。今すぐに」


 マテルは心配そうに声をひそめて、フギンに訊ねる。


「フギン……どうする?」 


 言葉尻だけをとらえるなら、どうやら、ゲアリンデはフギンたちの味方になる心積もりであるらしい。

 もちろん嘘という可能性もあるが、宮廷に強い味方ができるというのは悪い話ではない。


「真実はいずれわかることだ。俺は、話してもいいと思ってる」

「本当に大丈夫なのか? 油断させて後ろからブスーッとか、ならないか?」


 ヴィルヘルミナまでもが小声で聞いてくるのに、フギンは笑ってしまう。


「油断させなくても、相手がその気なら、この工房ごとぺしゃんこに潰せるだろう」

「うわっ、怖いこと言うね!」


 マテルは眉間にシワを寄せた。タダ働きのうえに、家ごと潰されたのでは、ふんだりけったりもいいところである。

 それでもフギンはゲアリンデに今の段階で話せることは全て話した。

 オリヴィニスの英雄青薔薇がハイエルフに頼み、仲裁を申し出ていること。そしてその場所がレヴェヨン城であること。

 さらに、ヴィアベルが運んできたマレヨナ丘陵からの便りには、実験の新しい成果が記されていた。

 これまでヨカテルの論文に記された実験を再現しようとした試みは、実はうまくいっていなかった。

 同じ状況を揃えても、魔物が確実に進化するとは言えなかったのだ。

 魔物の種類や実験器具を改良しても同様だ。

 そこで、エミリアたちは賢者の石のほうを変えてみることにした。

 魔物が異常進化を遂げたザフィリの地下水道にある浄水施設、そこにある賢者の石を実験に使ったのだ。実験はみごと成功し、ギルドを介して連絡がきた。


「賢者の石は永遠ではない……。それは確かだが、全ての石が魔物の進化をうながすわけではない。特定の鉱脈、かなり古い年代の地層から発見された賢者の石だけが、進化をうながす力をもつのだと思う」

「確かですか」

「ああ。俺たちはこの事実を広く知らせたい。地面に埋まったままの石はともかく、細かく砕かれてばらまかれた石がどこに行ったかまではさすがに追えない。錬金術師が帝国領内に留まっているうちはまだましだが、どこか外に出て野垂れ死んだりしたら……」


 フギンの頭にあるのは、もちろんイストワルの神殿で出会った旅人のことだ。

 帝国で研究資金をもらえず、仕事にあぶれた錬金術師が冒険者になるという例は、何もヨカテルが最後ではないだろう。情勢しだいではそうしたことが今後、頻繁に起きるかもしれない。

 そうなったら、大陸に新たな危機が生まれてしまう。


「大陸中の魔物が進化することになりかねない。単に堅く頑丈になるだけならまだましだが、俺やアマレナみたいなのが生まれると厄介すぎる」

「あなたも?」

「俺が人型を保っているのは、賢者の石のおかげなんだ」


 彼女は驚くというよりも、眉をひそめている。


「では……鉱脈を特定し、坑道を封鎖する必要もあるでしょう。事前に知れてよかったわ」

「それから、鉱害が広がっている状況もあまりいいとは言えない。どんな影響があるか、まだわからないからな」

「それについても検討します。年々耕作地が減少して、水を浄化しなければ利用できない状況が異常だったのよ。あらためさせます」

「お手並み拝見」

「ええ。あなたはわたくしのことをお前と呼んだり無礼ですけれど……でも、戦いに負けて、エミリアさんを失い、あなたたちにこれ以上の被害が及ぶようなことになったとしたら、せいぜい罵ってちょうだい。そんなことはさせませんけれど」

「勝ち目はあるのか?」

「もちろんです」

「手助けは必要か?」

「いいえ。……この世には、ひとりで行かねばならない戦いもあるのです。いえ、ひとりではないわね」


 ゲアリンデは揺り椅子から赤ん坊を取り上げる。


「フギン、何も声はかけなくていい。私の子を見てください。私のかわいい子、私が死ねば、この子の命もない。私の、そして帝国の未来そのものです」


 フギンは彼女の望み通りにした。

 未来の皇帝は、母の腕に抱かれて眠っている。

 グリシナとの過去のことなど何も知らない無垢な子どもだ。

 無事に育ったなら、いずれ国を背負うことになるだろう。


「火と……雷の祝福を……」


 フギンが口にすると、ゲアリンデはそれ以上は何も言わず、ハイエルフたちからの正式な使者を迎えるために工房を後にした。





 ゲアリンデ一行が行ってしまうと、工房にはいつもの日常が戻ってきた。

 みんな自分の目でみたものが信じられず、きつねに摘ままれたような顔をしている。

 フギンだけは、一行の姿が見えなくなっても、ぼんやりと戸口に立っている。

 マテルが行くと、フギンはオリヴィニスから届けられた書簡を手にしてうつむいていた。

 英雄青薔薇によって記された会談への正式な招待のほかに、暁の星団のアトゥからの手紙も添えられている。『いきなり訳のわからないことを言われて積もる話もあるだろうから、一度オリヴィニスに来い』という誘い文句には、気さくさの裏にある彼らしい気遣いが見え隠れしていた。


「あれでよかったの? フギン……」


 フギンは眠たそうな目を瞬かせた。


「怒り狂って赤ん坊を殺せばよかったのか?」

「そういうわけじゃないけどね。僕としては、君にそうしてほしくはないし」

「俺はシャグランとはちがう。だけど、フェイリュアを助けたかったのは同じだ。そうできないことが悲しくて仕方がなくて、だから人間になったんだと思う」

「復讐したくなる? もちろん、僕がきいているのはシャグランでもなく、フェイリュアでもなく、グリシナの人たちのことでもないよ。純粋な、君の気持ちだ。君も、悲しい歴史を生きたひとりの人なんだから……」


 フギンはしばらく答えを探していた。考えてみると、マテルはいつもフギンのことを心配していた。おそらく、フギンがアマレナや、グリシナの人々を殺してなお繁栄を遂げる帝国への復讐、ゲアリンデやその子への報復を望んだとしたら、マテルはもっと心配し、不安になり、悲しむだろう。ヴィルヘルミナも同じだ。

 怒りに支配されているあいだは、復讐が正しいことのように感じられたが、フギンは自分が悲しみを生むだけの存在になってしまうことが怖かった。

 一時はそうなりかけていただけに、なおさらだ。

 だからアマレナを許したのだろうと冷静になってみると思う。

 

「マテル、俺は過去の悲しい出来事が、たくさんの途中で絶えてしまった旅路が、ただただ悲しいだけの未来に繋がっていくのは嫌なんだ。あの人たちの死が、破滅だけに続いていくなんて、そんなことには何の意味もないと思う。もっとべつの……何かべつのものが見たい。この先には希望があると思いたい。だから、俺はあの人ともっと話がしてみたい」


 マテルはそれをきいて、少し楽天的ではあるかもしれないが、このまま何もかもがいい方向にむかうのではないかと感じていた。

 フギンと旅に出たときと同じだ。迷いもある。未来は見通せない。でもフギンはきっと、二つの道が目の前に現れたら、苦しみにあらがいながらも希望のあるほうを選んでくれると思ったとおりだった。


「できるといいね、レヴェヨン城で」


 マテルが言うと、フギンはとたんに苦虫をかみつぶしたような表情になった。


「……できるかな、あの城で」


 その言葉通り、会談が成功するもしないも、オリヴィニスの頑張りしだいである。

 レヴェヨン城という、有史以来もっとも話しあいに向かない地をなんとかすべく、オリヴィニスでは特別対策パーティが組まれようとしていた。

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