第228話 不思議の国の槍のバーナネン


 マリエラは暁の星団の魔術師シビルと昼頃から酒を飲み始め、夕飯時にはぐだぐだになっていた。

 フギン一行のせいで一時は冒険者証を失いかけたが、騒動が終わってみると、マリエラの冒険者証はきちんと彼女の手元にあった。なんでも今回の一連の騒動は女神の沙汰となり、女神がその犯人を許したため、冒険者ギルドもこの件で誰かに責めを負わすことができなくなったとかいう経緯らしかった。まるで神話のような話だ。

 それで、これを幸いとばかりにオリヴィニスにしばらく滞在することとし、そうしているうちにシビルに声をかけられたのだった。

 マジョアからの命令があったとはいえ、シビルとしては、冒険者どうしの対立を望んではいなかった。

 話してみると同年代の女性冒険者ということもあってあっという間に打ち解け、いつの間にかギルドの酒場の二階で飲んだくれていた。

 

「シビル、あんたを女と見こんでお願いする。いい男を紹介してほしいの! こんな仕事はもううんざり。結婚して引退する!」


 シビルは発泡酒を飲みながら真剣な表情で何度かうなずいた。

 お互い酒のせいで赤い顔をしていたが、この手の話が冗談でもなんでもないことはわかっている。


「わかる~。女の夢だよね~。やっぱ二十代の内に結婚式は上げたいもんね」

「今度ばかりは私、真剣なのよ。シビル、もちろんあんたの男には手を出さないと女神ルスタに誓いを立てるわ!」

「わ、私の男って……!? 独身ですけど!?」


 シビルは大げさに慌てふためいてみせるが、マリエラは取り合わなかった。

 新参者として、誰に手を出してはいけないかわからないほど鈍感ではないつもりだ。


「でも、そういうことなら今はタイミングがよかったね、マリエラ。最近のオリヴィニスは、普段はブロメリア港湾都市を拠点にしてる冒険者がいっぱい来ているから、男も選び放題よ!」

「あぁ……英雄青薔薇ってやつね。う~んでも流石にそこまで名が知れ渡ってるのはな……業が深そうっていうか幸せになれなさそうっていうか……」

「あれっ? 一番上からいこうとしてる? でも正直、冒険者証の階位ランクもそこまでいくと変人奇人が多いから、結婚生活という意味では望み薄だと思うわ……」

「わかる~」


 酒が入っているとはいえ、さんざんな言いようである。


「英雄くんの弟子筋なんてどう? あたしのオススメはね~、一番弟子!」

「一番弟子……って誰だ? いっぱいいすぎて誰かわからんわ」

「えっとね、槍の人! けっこう顔もカッコイイし、地味に稼いでるって噂!」


 マリエラは酒を発泡酒から葡萄酒に切り替えながら、脳みそから記憶を引き出そうとする。青薔薇の弟子の槍使い。どこかで会った気がするが、思い出せない。しかもたぶん、思い出せないのは酒の酩酊効果のせいではない。


「ん~~~~……確か、なんかバン……バンバン……バナナ……みたいな名前のやつかな」


 マリエラが言うと、シビルは何がおかしいのか吹き出して、笑い崩れた。


「ば、バーナネンよ……!」

「ああ、そうだそうだ。そんな名前だったわ」


 マリエラは酒杯を手にしたまま、柵の下に声をかける。


「おい、レピ。バーナネンが受けた過去の依頼票持って来な!」


 依頼受付カウンターでヒマそうにしているエルフの受付係は、酔っ払いに軽蔑した目線を向ける。


「え? なんです? マリエラさん、組むんですか? バーナネンさんと……」

「ある意味そう!」


 実際は結婚を狙っているのであるが、レピは面倒事を嫌がって深くは聞かず、バーナネンが過去に受けた依頼票を持って二階に上がった。


「僕が話したの言わないでくださいよ」

「言わない言わない。なになに? 最初の依頼が……ゴブリンに占拠された坑道の奪還依頼? しかも単独討伐か。なかなか難易度の高い仕事を受けてるじゃない」

「ハイ。バーナネンさんは強いですよ。青薔薇の弟子は傭兵稼業に就くヒトと冒険者になる人、半々ですけれど、バーナネンさんは冒険者よりですね」


 フン、とマリエラは無駄に鼻を鳴らした。

 結婚相手を見極めるというより、冒険者としてのライバル心がくすぐられたのだろう。マリエラは一匹オオカミとしてずっとこの業界でやってきたから、バーナネンのことが、師という強力な保護者の元でぬくぬくと暮らしてきた人物のように思えたに違いない。

 最初の依頼をこなしたその後も、バーナネンは次々に仕事をこなしている。

 村の畑を荒らして回る大イノシシの討伐や、大きな卵の収集。——卵は巨大オムレツを作りたいと願う町の子どもに依頼されたもので、バーナネンはこのとき無償でグリフォンの卵を持ち帰っている。(後ほどお礼としてパンケーキが届けられたそうだ。)

 ブロメリア港湾都市に拠点を移してからは、船舶の護衛などを積極的に引き受けていた。クラーケンを単独討伐して階級が金板に上がり、離れ小島の探索隊に加わって海賊船長と戦った。それからギルドに出没した謎の喋るネズミの依頼で猫の首に鈴をつけに行く仕事なども受けている。


「バーナネンさんはなかなか逸話いつわの多い方でして。ギルドからの依頼ではないので記録は残っていませんが、助けた犬に連れられて妖精の王国を旅したことがあるそうです」


 マリエラはどうしても耐えられずに突っこんだ。


「昔話かっ!」


 それを聞いてシビルはただただ爆笑していた。


「いやあ、どれも難しい依頼なんですよ……。字面で見るとヘンですけど……猫は身の丈三メートルあったそうですよ」

「絵本の世界観すぎて夢かと思ったわ!」

「お仕事を選ばない方なんです。ご本人も自分のキャリアを気にされていているのか、あまり依頼内容について話してくださらないんですよね。そういう意味では、寡黙で地味な方というイメージがあります。ほら、噂をすれば影ですよ」


 レピが示した通り、バーナネンが弟子のひとりを連れて酒場に入ってくる。

 濃い茶色の髪に、太い眉。鼻筋はまっすぐで、性格もそのようなのだろうな、と思わせる顔立ちだ。

 連れているのは青薔薇の直弟子ではなく、新入りのようだ。孫弟子くらいだろう。

 バーナネンは二階には上がらずに一階で酒を注文した。

 さすがに、マリエラもシビルも本人の前で噂話をするほど厚い面はしていない。

 大人しく酒を飲んでいると、ちらほらと会話が聞こえてくる。


「……いいか、お前がそんなことじゃ、ほかの弟子たちにも示しがつかないんだ」


 どうやら、今日のバーナネンは後輩を指導する立場のようだ。


「小さな仕事をないがしろにする者に大きな仕事はめぐってこないぞ!」


 シビルは口に含んだ発泡酒を噴いた。

 まるで絵本のような依頼の数々を思い出したからだろう。


 選べ。と、マリエラは強く念じた。


 小さな仕事を大切にして堅実に依頼をこなすことが悪いことだとはマリエラも思っていない。が、まじめに仕事をしていた結果が妖精王国の旅だと思うと、それはそれでどうなのかという気がしないでもない。


「どう? マリエラ。まあ、似たようなことはメルメル師匠もしているけれど……。あっちは楽しくてやってるようにも見えないから、近いうちに引退して商店とか経営しはじめるかもしれないわね」

「ブロメリア港湾都市か……結婚生活に失敗しても、それより西に国はないのよね」


 結婚はできると思っているんだ、という言葉を、シビルは飲みこんだ。


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