第190話 夜よ、もう一度だけ ‐7



 女神教会に奉仕する修道女や司祭たちはひとり残らず、今夜は眠れないに違いない。



 怪光線によって熱傷を負った患者や、突如出現したハイエルフによる謎拳法で打撲や骨折などの傷を負った重症患者たちが次々に運びこまれているのだ。しかも治療が行われればすぐに戦いの場に戻ると言ってきかない、全くもって大人しくない患者たちである。

 そんな修羅場の屋根に腰掛け、男は悠然として望遠鏡のレンズ越しにギルド街の混乱を見下ろしていた。裾がゆったりと膨らんだ白いズボンに黄色い縞の、前開きの服を着ている。背負っているのはやたら細長く、ゆるく湾曲した剣だ。

 衣服や武器、そして野性的な顔つきは、王国ふうでも帝国ふうでもない。どこかしら異国の香りがする佇まいである。

 彼は師匠連に属する冒険者、《カモシカ》のジデルである。

 ジデルは先ほどから、観察の合間に燻製肉を挟んだパンをむしゃむしゃ齧っていた。女神教会からはかすかに血のにおいが漂ってくるが、全く意に介する様子はない。

 

「あの格好は噂にきくハイエルフどもの《回収人》だな。なあんでこんなところにいるのかは知ったこっちゃないが……。いくらマジョアの命令とはいえ相手をするのはごめんだね。そもそもあんなつまらない命令に従うなんて義理は持ち合わせがないねえ。なあ、そうだろう、レヴィーナちゃんよ」


 面倒くさそうに言うジデルの隣には先ほどからずっと、黒髪の修道女が腰かけていた。

 同じく師匠連の《血まみれ》レヴィーナだ。

 全身を露出の少ない修道服に包んでいるが、めりはりのきいた体つきはまだ若々しく、眼差しには知性の輝きがある。二つ名の通り彼女の白い前掛けは血に汚れていた。治療に携わった直後なのだろう。


「さあ。気安く話しかけないでくれませんか。あとそのちゃん付けもやめてください。二十八歳には過ぎたる勲章です」

「連れないねぇ。オジサンはとっても傷つきやすいんだよ? みんな、もうちょっと優しくしてほしいナ、なんちゃって」


 レヴィーナは温かい茶を水筒から汲んで啜りながら、凍えた瞳をジデルに向けた。おたがい知らない間柄ではないのだが、このジデルという人物は、特定の年代の女性の感性を妙に逆撫でするようなところがあるのだった。

 そのことを除いたとしても、二人とも、とても楽しいピクニックという雰囲気ではない。彼らの飲食はあくまでも食べられるときに食べ、休めるときに休む、という冒険者の鉄則に従うだけの行動であった。


「だれがなんと言おうと、今宵の女神教会は次々に運びこまれてくる負傷者を治療するので手一杯です。ちなみにアナタがサボるなら、治療実験の実験体に使ってもいいという許可が降りてるんですよ」

「治療実験? 人体実験と何がちがうんだ?」


 ジデルが問うと、レヴィーナは先ほど抱いた生理的な苛立ちをすっかり忘れ、その瞳を少女のように輝かせる。


「よくぞ聞いてくれました。治療実験とは、あくまでも怪我や病を癒すためのもの。光女神の寛容さと慈悲の心の深さを地上へと表し、人々を信仰がもたらす楽土へ誘うための実験なのです。結果的に死んだり幻覚に悩まされたり手足が八本になったりするかもしれませんが、光女神の意志に添うものです。あぁ、あなたの偉大さに感謝します、女神ルスタよ」


 レヴィーナは感極まった様子で目元に滲む信仰の涙を拭い、胸元で揺れる女神の聖印に触れた。

 これがレヴィーナが《血まみれ》と呼ばれる由縁であった。彼女は女神教会に仕える修道女であり、かつては聖女候補として選ばれ、今は冒険者たちを支える治療師である。しかし、人々の傷や病を癒す女神の奇跡のその深奥を探ることに余念がないという、異端の側面を抱えているのだ。


「光女神の意志を拡大解釈しすぎてるんじゃないかナ、それは……」

「まあ、ジデルさん。女神の奇跡はヒトの怠惰と無知をおぎなうものではありませんよ。いかに女神ルスタが寛大とはいえ粉々に折れた骨の正しい位置までは忖度してくれないのです。幾度もの旅を終えて、それでもあなたの骨の、可愛らしい指の小骨までもがもとの位置に納まっているのはひとえに治療者の善意によるものです」

「一応言っとくけど、オジサンはひとっ走り働いてきた後なんだよ? もうちょっとくらい優しく労ってくれてもいいと思うな~」


 ジデルは懐から小ぶりな白磁の壺を取り出した。

 少しすぼまった首まわりに、満ちては欠ける月の意匠が施されたものである。


「それはなんです?」

「古代遺跡を走り回り見つけてきた魔法のお宝だよ。俺はね、もう、部外者にこの街の暮らしってやつを引っかき回されるのはゴメンなんだよね。要するに、この事態が解決すればイイんだろ」

「サボろうとしてるどころかもうサボった後だったとは見上げた根性です。そういえば生きた人間を苗床にすると噂の菌類を入手したことをたった今思い出したのですが、あなたに植えつけてみても構いませんよね」

「落ち着け、レヴィーナちゃん。ソレは最早ただの人体実験で、セルタスのバカと大してかわらないゾっ」

「だから了承を取っているじゃないですか、あらかじめ」

「いいよって言うヤツがいると思う!?」


 レヴィーナはどこからともなく硝子瓶を取り出し、にじり寄ってくる。瓶の中にはいかにも怪しげな黄色い粉のようなものが入っている。

 ジデルの瞳が夜空のむこうに向けて鋭くすぼまり、いつの間にか二人は揃って首を巡らして闇の向こうを見つめていた。


「レヴィーナさん、ジデルさーん!」


 二人の視線が交わる先に、二人の名前を呼びながら、ギルド街の屋根伝いに近づいてくる人影があった。

 華奢な体格は青年というより少年のそれだ。

 亜麻色の髪に灰色がかったコバルトブルーの瞳をしている。幼さの残る顔の輪郭や控えめな鼻の何が悪いという訳でもないのだが、どこか存在感が希薄で印象の薄い見た目だ。強いて言えば、どこの農村でも、街中でも、ひとりはこのような容姿の者がいそうな気がする少年だった。


「あぁ、よかった。こちらにいらっしゃったんですね!」


 少年はほっとした様子で、粗末なマントの前を留めた紐を外した。

 それは見た目を隠すための魔道具だったらしく、素朴な革のマントの下から、柔らかく鮮やかな青いマントが翻って現れる。

 その身なりの華麗さは、この少年が何者なのかを語っている。

 マントの表には銀の茨、内側には咲き誇る薔薇の刺繍、腰には茨の彫刻が施された銀の鞘に納められた見事な剣が一振りある。鍔に青い薔薇の意匠が施された剣だった。左耳にはサファイアを彫りこんだ薔薇と真珠の耳飾りが輝いている。一度歩む度に、魔法のマントから零れた青い薔薇の花びらが地面に落ち、幻になって消えた。そう、つまり、彼こそが《青薔薇》だった。

 冒険の果てに、エルフ王の寵愛を受け、偉大な贈り物を授かった天才剣士。オリヴィニスの歴史に燦然と輝くひとつ星。

 その名は――……。


「よっす、久し振りだな。《英雄くん》」


 ジデルは少年に向けて気さくに右手を上げてみせた。


「英雄くん…………!?」


 英雄くんは驚愕の表情を浮かべている。


「ご無沙汰しておりますわ、英雄くんさん」

「えっ、英雄……ちょっと待ってください。何ですかそれ、もしかして私のことを指して言ってたりするんですかっ!?」

「ああ、メルメル師匠がな。お前さんはあだ名が多すぎてややこしいんで、《英雄くん》で統一しようってこの間の会合で決まったんだ」

「なんて無駄な会合なんでしょう……。本名で呼べば済む話ではないですかね……?」


 自分自身も弟子にうっかり流行らされたあだ名を気に入っていないのに、他人のことは好き勝手に言うメルである。


「ま、まあ、それはいいんです。それよりも、街のようすがおかしいのですが、いったい何があったんでしょう? まさか考えなしのセルタスさんが何か異常な魔術実験をはじめたとか……? それとも王国と帝国がオリヴィニスを挟んで全面戦争をはじめたとか? あるいは私の留守中に行われたレヴィーナさんの冒涜的な行いがとうとう光女神の不興を買ってしまったとか!」


 憶測とも呼べない妄想をつらつらと並べながら、英雄くんは顔面蒼白だ。しかし《青薔薇》の素顔をよく知る者たちにとって、彼がエルフ王から授けられた《不老》と、そして《未来予知》の副作用である深刻過ぎる不安症に悩まされており、常日頃から眉が八の字に固定されているというのは常識であった。

 それに彼の不安症は、全てが妄想におかされているわけでもないところが厄介だった。


「あるいは、、我らが故郷に?」


 街の誰もが物語るように英雄青薔薇はエルフたちから偉大な宝を授かった。その未来予知の能力は彼に数多の不穏な未来を見せるが、真実になるのはその中のただ一つという厄介な代物である。

 不安に慄く英雄くんに、レヴィーナは慈愛に満ちたわざとらしい笑みを浮かべた。

 末期の病気におかされ、死を待つのみの患者に「あなたは死なない」とウソをつくときの顔であった。


「そんなわけないじゃないですか、ねえ、ジデルさん」

「ああ。そんなことはひとつも起きていやしない。だからけっして東の空は見ないでくれ。わけのわからない巨大怪獣みたいなやつが死の呪いを振りまいてなんていないからな」

「ええ。そして事態をいっそうややこしくしているのが、貴方の弟子たちだなんて、そんなことはありませんからね」

「東の空……? 私の弟子たち…………?」


 ジデルとレヴィーナは必死に東の方向を隠そうとする。

 だが、英雄くんはふたりを押しのけ、絶叫する魔鳥の姿と乱闘騒ぎを起こしているギルド街の惨状を目の当たりにしてしまった。

 英雄くんは何も言わなかったが、白目をむきそうなほど驚いているのは明らかだった。


「お、おい、大丈夫か………?」

「…………………かはっ」


 不安が極限に達したのだろう。唇から鮮血があふれ出る。


「いけない! また胃潰瘍をこじらせたようですね。胃薬、作ってきますね!」


 レヴィーナは慌てて教会へと戻っていく。

 ジデルは崩れ落ちる小さな体を抱きとめ、溜息を吐いた。


「おかえり」


 ジデルはそう言って、少年の薄く頼りない背中を軽く叩いた。

 これが数多の弟子を率い、戦争にまで加わった武勇の人物とはとても思えない。しかし真実はそうなのだ。神話の世界に半分足を踏み入れたような伝説的人物でさえ、人である限りは人の弱さを抱えているものなのである。





 マテルたちは走っていた。

 ただひたすらに走っていた。

 息が上がろうが、疲れようが、止まることは許されない。

 止まったら死ぬからである。

 後ろからは数えきれないほどの冒険者たちが追いかけてきている。集団はひとかたまりになり、足踏みで巻き起こった砂埃が目に見えるほどである。追いかけてきているのは人間だけでなく、後衛と思しき魔術師たちが放つ火炎や爆雷、投げナイフや投石や矢もである。

 今のところメイス以外は比較的軽装なマテルたちと、重武装な彼らとでは差が縮まっていないが、問題がひとつあった。


「マ、マテルっ! 足がめちゃくちゃ痛いんだ。心なしか目がかすんできた気がする!」


 いつもは泣きごとを言わないヴィルヘルミナだが、アトゥに斬られた傷はまだ生々しく鮮血があふれ、止まる気配もない。そんな状態で全速力で走っているのだ。痛いのは当たり前で、血を失いすぎている可能性もある。

 だがマテルにも今すぐに応急処置をしよう、と言う余裕はない。

 こうしている間にも石畳を撃ちぬいた爆炎が肌を焼き、石つぶてが頬で弾けているのだ。


「あっ!」


 群衆の間を抜けて、鳥の形をした鋭い閃光が隣を走るマリエラの背中を打った。魔術師の誰かが放った使い魔だった。


「マリエラさん!!」

「大丈夫よ」


 マリエラはその場でもんどり打つが、すぐに体勢を整えて走り出す。

 そうして三人は高台のに辿り着く。

 その視線の先、まだ遥か遠くではあるが、槍を背負った若者たちの一団が見えた。


「見えた! バーナネンたちだ!!」


 それは確かに希望ではあったが、絶望の兆しでもあった。

 高台に通じる道はかなり勾配のきつい登り道だ。今のヴィルヘルミナの足では追いつけるかどうか。後ろを追いかけてくる一団も距離を詰めてきている。


「どうする、マテル!?」


 ヴィルヘルミナの問いは単純なものではない。仮に全力を出してバーナネンに追いついたとしても、後方集団もマテルたちに追いついてしまうだろう。混戦になったらマテルたちにはなす術がない。

 仮に後ろの脅威がなくてもバーナネンたちと刃を交えて勝てるか、どうか。

 たとえ金板だとしても、暁の星団のアトゥのように各冒険者が連携した結果生み出される力はヴィルヘルミナという個人の才能を凌駕する。

 易々と通してくれないことは明らかだ。


「提案があるの」とマリエラが言う。「私が後ろの連中を押さえる。あんたたちは先に行きなさい」


「ダメだ、マリエラを置いてなど行けぬ! ここまで共に走ったのだ! そなたはもう我々の味方なのだぞ!」

「うるせえ! どこの世界の仲間が私の秘密を全員にバラして人間としての尊厳を奪うぞって脅すのよ!? それに、いくらなんでも後ろの全員を止めるなんて無理っ! 一瞬足止めするのが精々よ。大事なのは、あんたたちがこのままってこと!」


 マリエラはアトゥとの戦闘で魔術を失っているはずなのに、瞳は真剣そのものだ。


「マリエラさん、何か考えがあると思っていいんですね」

「どうせ冒険者としては終わりなら、あたしがどんだけイイ女だったか見せてやるわよ」


 マテルが問うと、マリエラはニヤリと笑ってみせた。

 それは最後の力を振り絞って喉元に食らいついてやろうとする獣の笑みであった。

 そのとき、後方集団も距離を詰めていた。登りに入る前にという焦りからだろう。

 彼らはマテルたちから離れ、立ち止まったマリエラの姿を目にし、少しペースを落とした。

 一人残った女が無策とは考えられなかった。こちらの足を止める秘策を残しているに違いない。

 追いかけている集団も、先頭を走っているのは軽装の者たちだ。金属鎧や盾で防御を固めている連中は足が遅く、まだここまではついて来れていない。強力な魔術などを撃ち込まれると総崩れになる可能性もなくはなかった。

 とくに高度な真魔術師は詠唱を省略し、魔術を発動するまでのタイミングが短い。警戒するに越したことはないのだ。


「おい暁の、あの女の魔術書を奪ったってのは本当なんだろうな!」

「ああ……たぶんな」


 アトゥは曖昧に答える。

 青薔薇の弟子たちは本当にマテルたちを捕まえるつもりでいるようだ。ギルド長の命令の手前、仕方なく集団に加わっているが、どうしたものか……アトゥにはまだ心を決めかねているところがあった。

 集団はあっという間に立ち止まったマリエラを取り囲む。


「大人しくするなら危害は加えない」


 誰かが言う。


「大人しく? この街のどこに大人しくするような奴がいるわけ。そんな奴はね、どこかの畑でも耕してるか、森の奥の小屋で木こりでもしてりゃいいの。そうでしょうよ」


 マリエラは不遜な態度を崩さず手のひらに切り取られた魔術書の一頁を閃かせてみせた。


「こいつ、やっぱりだ。隠し持ってやがった!」


 正確には、隠し持っていたわけではない。

 その頁はマリエラが所持していた魔術書よりも一回りは小さい。


「《理外の法にて行使する》!」


 マリエラは魔術を行使する。

 男たちは攻撃に備えて防御姿勢を取る。

 だが、しばらくしても、何も起きなかった。


「なんだ? はったりか……?」


 呟いた者の隣で、アトゥだけがマリエラではなく、その先を見ていた。

 マリエラが手にした魔術書の頁に描かれた魔術記号のその並びが何を示すのか、どんな魔術に使われるものなのか、彼だけには理解できたからだ。


「シビル……」


 アトゥのうしろで、杖を抱えたシビルはお気に入りのベールの下で辛そうに顔を歪めた。


「ごめんなさい。アトゥ……でも、私。人を殺すために冒険者になったわけじゃない……」


 杖を握る両手が微かに震えていることに、アトゥはようやく気がついた。

 いつも仲間の様子に気を配っているアトゥらしからぬミスだった。

 異変はマリエラではなく、その先を走る二人に起きていた。


「待て! バーナネン!!」


 マリエラを置き去りにした二人は、バーナネンとその仲間たちの背中を射程に入れた。バーナネンは後ろを振り返り、少し驚いた様子をみせた後、苦々しい表情を浮かべた。


「仲間を救うため……か。流石、冒険者だと言いたいところだが、これは最早、冒険者の矜持がどうのという問題ではないのだ」


 散々ギルド長に釘を刺され、理屈はわかっているだろうに、ヴィルヘルミナとマテルは長い坂道を必死に駆けてくる。

 バーナネンは微かに微笑んだように見えた。

 背中に背負った槍を下ろし、構える。

 二人はどんどん近づいてくる。


「よかろう。この《槍の》バーナネン、君たちを全身全霊をもって迎え撃つ! 来なさい! …………って、え!?」


 二人はどんどん近づいてくる。早い。誰がみても早い。

 坂道であってもその勢いが止まらない。

 基本的に、武器同士の戦いは射程が長いものが優位だ。

 剣対槍なら圧倒的に槍が有利である。

 しかし二人は減速するどころか肘を直角に曲げ、大地を抉るように蹴りつけながら加速して間合いに飛び込んでくるのだ。

 そしてバーナネンの横をすり抜ける瞬間、急加速した。

 人類にはあり得ない超加速で、まさに目にも止まらぬ速さで、風だけを浴びせかけてバーナネンという存在を置き去りにし、先へ先へと駆け抜けていく。


「え、えぇええええ~~~~~~っ……!?」


 バーナネンの戸惑いも無理はなかった。

 今の二人にはマリエラが放った魔術の力が乗っている。

 シビルが使い魔に乗せてマリエラに渡した魔術書の一頁、そこにはアトゥにかけた身体強化の魔術が認められていたのである。今の二人は誰にも、それこそ金板風情には捕らえられない疾風そのものだった。


「このままっ! 逃げ切って! フギンのところへ!」


 景色が光の速さで後ろへ後ろへと倒れていく。あり得ない速さに軋む体に鞭を打ち、ヴィルヘルミナとマテルは駆ける。

 一瞬、誰かがすれ違った気がして、マテルは後ろを振り返った。

 そこには誰かがいた。

 どこかで見たような背中が……。


「こら、マテル! よそ見したら大事故になるぞっ!」

「あ、うん。そうだね」


 ヴィルヘルミナにたしなめられ、マテルは再び前を向いた。

 まさか、あれは、という予感を見間違いという言葉に押し込めて。

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