第120話 虹の街《上》
*****前回までのあらすじ*****
旅の途中、浮わついた気持ちから
ヴィルヘルミナは妙な勘違いによって人間関係を引っかき回し、我関せずの態度を取っていたフギンは流石に後悔する。
蜥蜴人たちに囲まれたフギンたちは無事にアーカンシエルへとたどり着けるのか……!?
***************
「
「いやー、すごかったねえ、マリエラさんが新しく習得した闇魔法の威力……」
「うむ。負の感情を魔力に変換するとかいう古代魔術とやらだな。聞いたことのない魔術だが何やらドロドロした女の情念を感じ…………へくちっ」
フギンたちは冒険者ギルドの前で、それぞれに昨晩の大騒ぎを思い返し、遠い目つきをしていた。
諸事情により敵の存在に直前まで気が付かなかった四人はかなりの苦戦を強いられた。奇跡的に全員無事に生還できたものの、とくに被害が多かったのが後衛のフギンだ。囲まれて乱戦になると、マテルは十分にフギンを守れなくなってしまう。
どこから襲われるか全く予測のつかない混沌とした夜を過ごし、全員が血と泥で汚れ、ボロボロな状況で、大きなケガがないのは奇跡だった。
何か言いたげだが言葉にしないフギンと、マリエラが至近距離で魔術を連発したせいで鼻柱を垂らしているヴィルヘルミナにじっと見つめられ、そもそもの元凶であるマテルはしんなりと頭を垂れた。
「…………この度は多方面にご迷惑をおかけしまして、大変、申し訳ありませんでした」
「今後は、旅先で浮かれるあまり我を忘れないでくれよな」
「はい……」
フギンたちはカウゴ商会に荷を届けた後、ギルドで依頼を清算し、無事に報酬を手にした。
その眼前には、本来の予定にはなかった《
アーカンシエルは別名、虹の街とも呼ばれている。
大昔、偉大なる女神ルスタが空に虹をかけ、この場所に人々を導いたという伝説があるからだ。
街は大部分が坑道の内側にある。岩壁に鋭く刻み込まれた巨大な切れ目が街の入り口で、縦穴の岩壁をくり抜いた洞窟に店や家屋が入っている。さらにその隙間を縫って細い通路が地下へとアリの巣状に巡らされているため、街の全体像は誰にもわからない。街そのものが鉱山のように複雑に入り組んでいるのだ。
ここでは外界の光が取り込めるのは入口近くのみで、錬金術や魔術の光、ランタンに灯した炎だけが視界を照らす明かりだった。
そんな埃臭く、狭苦しい街のあちこちを忙しなく、大勢の冒険者や商人が歩きまわっている。
アーカンシエルは街の中に三つの迷宮の入口を持つ。古代ドワーフ人の手による遺跡の入口だ。
さらに周辺にはまだ掘削が続いている新しい坑道があり、錬金術師協会と帝国兵が守備を担当している。
それゆえアーカンシエルは遺跡探索を行う冒険者、鉱夫や鉱山師、錬金術師と帝国兵が常に入り交じる、非常に混沌とした土地柄なのだった。
「不幸中の幸いは、マリエラはこれから商会の連中と食事会でごく自然に別れられたことと、蜥蜴人がギルドの駆除対象に挙がっていて、報酬がずいぶん上乗せされたことだな」
フギンはいつもよりもずしりと重い革袋をみせた。普通なら、ここから経費を抜いた額を均等に分配することになるだろう。そのことをフギンが言い出す前に、ヴィルヘルミナが真面目な顔で挙手した。
「報酬の使い方について、私から提案がある」
「飲み食いでぱーっと使っちまおう、とかいう話なら却下するぞ」
「いや、そういうつもりはない。多少なりとも余裕のあるうちに装備を整えよう、と言おうと思っていたのだ」
マテルとフギンは顔を見合わせる。ヴィルヘルミナが突然、まともなことを言い出したからだ。この旅に加わってからというもの、気が狂ったような奇異な行動や言動が目に付くことが多かった彼女が、である。
「装備っていうと…………」
戸惑いながらマテルが水を向けると、ヴィルヘルミナはまっすぐ、ある人物を指さして言う。
「もちろん。フギン、お前のだ」
「俺の?」
「そうだ。ほかにだれがいるんだ?」
確かに、ヴィルヘルミナは高位の冒険者だけあって防具も武具も特別製だ。今更改める必要はない。
何より、先の戦闘で一番被害をこうむったのはフギンである。
「だが、精霊術師の装備は高いぞ」
「ええい、こういうことは先達に任せておればよいのだ。黙ってついてこい。宿で身なりを整えて、武器屋に集合だ」
ヴィルヘルミナは皆まで言わせず、胸を叩いた。
そういうことになった。
*
アーカンシエルで採取される鉱物の大半は鉄や銅といった金属類だ。賢者の石はあくまでも副産物、そして稀少鉱物である。街には鍛冶を生業とする者が多くいて、冒険者たちの武具や防具を生産している。
武器屋の店先には剣や斧、メイスや魔術師が使う杖、鎧兜などがところ狭しと置かれている。
マテルは店の最奥に、硝子ケースに納められた高価そうな武器を発見した。天鵞絨の上に寝かされたそれは、細かな細工が施された《銃》だ。
ただし火薬を用いるものではない。
「これは錬金術師が使う武器だ。賢者の石をはめ込んで使う」
フギンが説明する。
賢者の石は端的にいうと無限のエネルギー発生機関であり、錬金術は石からエネルギーを取り出すすべての技術を指す。
もちろん、賢者の石の力を武力に転換する試みは無数にある。ただし、取り出されたエネルギーそのものにはあまり殺傷能力がなく、時間の経過や距離の増大とともに減衰してしまう。
「この銃は賢者の石の力を魔力に転換し、魔術として撃ち出すものだ。仕組みじたいは俺が使うカードや魔術師の杖と大して変わりがない」
「引き金を引けば魔術が出てくる、便利な棒っきれってこと?」
「そう。ただ、術式さえ整えば高位魔術師でなくとも高位魔術が使えるし、術師の特性に関係なく、様々な魔術が使える」
精霊術師や真魔術師は、一応、学びさえすれば様々な魔術を行使できるということになっている。だが実際には、術師の性格によって得意な分野が分かれていく。精霊術でいうと、攻撃的な性格の者は火の精霊に好かれ、冷静な者は風の精霊に好かれやすい。これは天性のもの、あるいは、精霊分けをした師が持つ特性にも左右されるとも言われている。
「ひとつだけ確かなのは、魔術にまつわる品は例外なく高価だ、ということだな」
店の主は硝子ケースの前で話し込む分不相応な冒険者たちを、警戒心に満ちた眼差しで睨みつけていた。
「で、どんな装備を揃えるつもりなんだ、ヴィルヘルミナ?」
「フフフ……もちろん、これだ!」
ヴィルヘルミナは謎めいた含み笑いとともに、壁にかけられた武器を示した。それは店内に並べられた武器の中で一番種類が多く、冒険者たちが所持している武器種の中でもっとも人気と言われているもの、つまり。
「…………剣? 誰が持つんだ?」
「もちろん、フギン、お前に決まってるだろう」
ふたりのやり取りを見守っていたマテルは、その展開に青ざめた。でももう、ヴィルヘルミナは止まらない。なぜなら、こんなときに限って彼女は正論を述べているのである。
「いや何、先の戦いを見ていて思ったのだが、防具はいくら厚くしても革やら布では大差ない。これから先も冒険者を続けるなら、万が一ということはいくらでもある。きちんとしたものを持っておいたほうがいいと思ってな」
「ちょっと待て、俺は剣なんて使えないぞ」
ヴィルヘルミナはきょとんとした表情を浮かべる。
「そんなはずがないではないか。フギンはナイフ一本でマリエラの剣を捌いていたし、蜥蜴人の襲撃もしのいでいた。ちゃんとした剣さえ持てば、少なくとも中級冒険者くらいの実力はあるはずだ」
ヴィルヘルミナと同じくらい、フギンも戸惑っていた。
フギンは、自分のことを運動音痴だと思っている。少なくともある一面は、その通りだ。でも違う、別の一面もある。そのことに気が付いているのは、これまでマテルだけだった。流れ者で、誰ともかかわろうとして来なかったからだ。
でももう、ごまかせない。これから先、オリヴィニスへと向かうあいだ、フギンがマテル以外の人間と関わっていくのならば、なおさらだ。
マテルは咳払いをすると、ふたりの間に割って入る。
「すまない、ヴィルヘルミナ……。今日はこれくらいにして、少しフギンと話をさせてくれないかな」
「なんだなんだ、また内緒話か。私だけのけ者にして!」
フギンはマテルのことを、不安の塊を見上げるような瞳で見つめていた。
「本当に悪いんだけど、これはフギンにとって、とても大事な話なんだ…………」
フギンはこれまで自分が助けた人々のことを記憶していない。
アルドルのことも、おそらくミシエのことも、もう忘れているだろう。
そのかわり、手に入れたものがふたつある。
それは剣の技と、楽器の演奏方法だ。
どういうからくりかはわからない。
でも、フギンには、《死者の力を模倣する能力》がある。
それも、その亡骸に触れたであろう死者の力だ。
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