第109話 ぽんこつ剣士とのたたかい《中》



 翌日。


 冒険者ギルドの前には、前日と全く体勢のままのヴィルヘルミナ・ブラマンジェがいた。

 剣の柄にそっと手を添えたまま俯く少女は、ほんものの彫像のようだ。

 うかつに近づいたら切りつけられるところも、昨日とおなじだ。


「まるでガーゴイルだな」とフギン。

「なんでギルド職員は彼女をあそこからどかさないんだろう……?」


 もしかしたら、誰もヴィルヘルミナには敵わなかったのかもしれない、という自分の想像にフギンはぶるりと体を震わせる。

 冒険者たちの中には乱暴者も多数いるため、ギルド職員は実はいずれも手練れ揃いだ。その日暮らしの中途半端な冒険者たちなど、はなから相手にもならない。職能ギルドには武器の取り扱いに精通した《教官マスター》もいる。

 地方の弱小ギルドならともかく、帝都のこの規模のギルドで誰も敵わないとなるとヴィルヘルミナの実力は想像以上だ。


「諦めて、今日もまたガロの親方のところに厄介になろう……」


 ふたりは念のため宿を引き払い、案内人の少年少女たちと寝床を共にしていた。街の中の行き来も彼らがいれば安全だが、好意も無料ではない。

 フギンは懐中時計を取り出した。

 

「ガロの親方に、代書屋の口を利いてもらうよ」


 マテルはその手をそっと押し戻した。



*



 さらに三日が経った。

 ヴィルヘルミナ・ブラマンジェは、冒険者ギルドの入口に仁王立ちしていた。


「さすがに嘘だろ……!?」


 路地の影から様子をうかがい、二人は一様に驚愕の表情を浮かべる。


「たしかに腕利き冒険者は高位の魔物相手に七日七晩戦い続けるとかいう話もあるが、それでも飲み食いくらいはするんだぞ」


 小遣いをわたして様子見に行かせたミュウたちの報告によると、ヴィルヘルミナは夜間もギルドの入口に立ち尽くしたままだったそうだ。


「それとも、それくらい呪いの力が強いのか……?」

「でも、何か変だよ……」


 朝日に照らしだされながら立ち尽くすヴィルヘルミナの顔は青ざめ、すっかり力を失っている。ふくよかだった頬は痩せこけ、全身が脱力し、小鳥が足下を餌を探し跳ねても柄に手を置くことはなかった。


「立ったまま、気絶してる…………」


 大昔の武人にまつわる伝説に、そのような話があった気がしなくもない。


「助けに行ったほうがいいんじゃないかな。女性が気絶したまま往来にいるなんて危ないし、もしかしたら命に関わるかもしれない」


 マテルが気持ち悪そうに言う。フギンは少しだけ距離を詰めて、落ちていた小枝を拾い、ヴィルヘルミナのそばに投げる。

 その瞬間、枝は真っ二つに切られ、剣を納める音だけが通りに響いた。


「気絶したまま、戦ってるぞ………」

「しかも、意識がないせいか剣筋が昨日よりもさらに鋭くなっているね。どうする? 死ぬまで待つ?」


 紳士さと礼儀正しさをすっかりかなぐり捨て、マテルは眉を顰めて気味が悪そうにしている。他人に対してそういう失礼で率直で投げやりな態度を取るところを、少なくともフギンは初めてみた。


「もしも彼女を介して誰かが俺を狙っているのなら、それが誰で、何のためなのかを知る必要がある。この際だから意識が戻らないうちに彼女の呪いを無効化してしまおう」

「呪いを解くってことかい」

「それは俺にはできない。少なくとも、どんな呪法かがわからない限りはな」


 しかしヴィルヘルミナは意識を失っており会話はできず、その上、呪いの影響で近づくもの皆、《寄らば斬る》、といった状態だ。


「ひとつ考えがある」


 フギンは自信ありげに頷く。

 そしてその場を離れ、三十分ほどして戻って来た。

 彼が両手に携えてきたものを目にして、マテルは真顔になった。

 フギンもまた同じ無表情である。

 彼の両手には、屋台で売られている、竹串に刺された焼きたての肉がある。

 二人は何も言わずに見つめ合う。言葉も、身振りも何もない沈黙の間に、複雑な思惑が行き来する。


「…………ごめん、フギンの考えがよくわからない」


 無理もない。


「肉が焼けるにおいで奴を誘き出す。そうだな……修道院にでも連れていこう。解呪できるかもしれない」

「流石に無理じゃないかと思うよ、僕は」


 物は試し、と、フギンは肉の串を風下にいるヴィルヘルミナに向ける。

 少女の口元がモゴモゴと蠢き、唇の端からたらりと何かが流れ落ちた。

 よだれだ。


「う…………あ……………に、にく…………おにく、たべた…………い…………!」



 食物を探し、両手がだらりと前に突き出される。極めて鈍い歩みではあるが、ゆっくりとフギンのほうへと近づいて来た。


「いい調子だ」

「う~ん……」


 その光景を前に、マテルは意識を失っているのに凄い、と言うべきか、意識を失っているのに気味が悪いというべきか、相反する感情に挟まれて、答えが出せないまま黙りこむ。

 その間にもフギンは少しずつ後退し、女神の加護を受けた場所へと、彼女を誘導していくのだった。


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