第42話 宝箱

 

 廃城の奥に、魔術で守られた宝箱がある――ただし、そこに行きつくためには数多の罠をくぐり抜け、鍵を見つけ出さなければならない。宝箱は誰も開けることのできない頑丈な鍵と、魔法や盗人の手をはねのける呪いによって守られているのだから……。


 そんな噂を聞きつけて、冒険者たちがやってきた。

 城にまつわる正確な歴史はおろか、レヴェヨン城という名前さえ忘れられた古城であった。この地に冒険者たちが集まるのはまだまだ先のこと、未だ手つかずの城に何が隠されているのか、誰も知らない時代だった。


「《炎よ》!」


 魔術によって練り上げられた火炎が、部屋に置かれた長持チェストに向かう。高貴な女性の衣装入れに見える蒼い箱には、銀の象嵌ぞうがんが施され、夜空の星々が燦然さんぜんと輝いている。金で装飾された鍵穴の奥はどれだけ探ってもぴくりともあかない。

 炎の玉は箱の表面で弾けて四つに割れ、三つが霧散むさんし、残り一つが壁面を直撃した。

 その瞬間、どこかで《カチリ》と仕掛けが動く音がして、天井に真っすぐ横切った切れ目から銀色の刃が落ちてきて、部屋を縦断した。


「うおあっ!」


 マジョアは叫び声を上げながら刃を回避する。

 刃が白銀の見事な鎧をかすめ、深い傷を作って、またカラカラと仕掛けが動く音をさせてもとに戻っていった。


「なんなんだ、この城は。罠が多すぎてとても城内とは思えんぞ! いったい持ち主はどうやって生活していたんだ!?」


 部屋は高貴な女性の寝室だったとみえ、隅のほうに腐ってくずれ落ちた寝台が転がっている。

 何もかもボロボロな室内で、罠と宝箱だけが新品のように輝いていた。


「これだけの攻撃でも開かないどころか、焦げ目ひとつつかないとはな。やはり噂通り、本物のようだ」


 少しだけ自信を傷つけられたらしく、トゥジャンはふう、とため息を吐いた。

 もうひとりの仲間に目をやる。

 黒髪黒瞳の少年が寝台をさぐり、白い小さな骨のかけらと薄紫のレースの切れ端を引っ張りだしていた。かけらは小指の爪ほどもない。

 罠のない地面に魔法陣を書き、カケラとレースを添え、その上に黒い砂のようなものを振りかける。


「《精霊よ、地の国に住み死者の国にもっとも近き者たちよ……えーっと、この服の持ち主を起こして連れてきてくださいな~》」

「あいかわらずだな。その力の入らない適当な呪文はなんとかならないのか……

「夜魔術の正式な呪文なんて唱えたら、ぼく、つかまってしまうよ」


 杖の先で地面に散らばっていた砂がうずを巻き、黒い人影をつくりだす。

 人影はたおやかな女の声でしゃべりだし、自分はここの城主の奥方だと語りだした。


「鍵は大広間の、城主の椅子に隠してあるんだってさ」

「大広間か……」


 マジョアはがっくりと肩を落とした。

 そこはとっくの昔に通り過ぎた場所で、かつ、そこに繋がる通路も罠でいっぱいだった。

 メルは箱のかたわらにかがんだまま、しょんぼりとした表情を浮かべている。


「あきらめるの?」と、アラリドも悲しそうに言う。


「……いいや、ほかの宝はあきらめられても、これだけはあきらめきれない! 気合いを入れてかかるぞ、みんな」


 マジョアは決断した。

「やったあ」と、アラリドが楽しそうに拳を振り上げた。

 その瞬間、何かのバランスが崩れ、壁にかけられた鹿の標本から槍が飛び出て、アラリドのグローブを引き裂いていった。

 不吉な予兆の通り、鍵を手に入れる作業は困難を極めた。



 *



 数時間後、仲間たちは文字通り満身創痍まんしんそういだった。

 ローブは破れ、鎧や盾は傷だらけ。

 あちこち切り裂かれては解毒薬を水のように飲みくだし、やっと鍵を手に入れて引き返してきたかいあって、宝箱はすんなりと太陽の飾りがついた鍵を受け入れた。

 蓋を開けると、金色の地に草花や鳥の刺繍が施された内布が張られた箱の底いっぱいに、金銀財宝が眩く輝いていた。

 様々な苦労を乗り越えた全員の表情もまた、明るく輝いた。

 急いで宝石や金銀細工……を適当に放り出し、うっとりした表情で宝箱を見つめる四人。


「手に入ってよかったですね」

「ああ。他の冒険者に横取りされたら敵わんからな」

「はやく持って帰ろう」

「中身はどうする?」

「そんなの適当でいい!」


 箱に比べれば、黄金などごみのようなもの、とでも言いたげな様子であった。

 四人はほくほくした顔で、メルが代表して宝箱を背負い、帰途についた。


 オリヴィニスにて、冒険者たちが宿を開けている最中に荷物を盗む空き巣が大流行した年のことであった。


 現在でも、夜空を模したあの箱は、かもめ亭の一室に置かれて荷物を守り続けている。

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