第2話サーモンは好きですけどサモンは…
俺、鹿追しかおい樫男かしおの生業もとい趣味を紹介しよう。それは非日常を追い求めることだ。おっと、そんな目で見ないで欲しい。チュウニビョウではない。高校二年生にもなってそれはない。至って真面目だ。証拠は俺は自分を特別な存在だと思っておらず没個性の量産型だと自覚している。表舞台には出ることのない影の「その他」だ。エンディングで流れる役名は少年Aとかだ、Tかもしれない。それに人に好かれも嫌われもしない。正しく空気のような、と形容したいが、呼吸に俺は必要とされないので空気より下位に属す。俺を空気以上として扱ってくれるのは無償の愛を捧げてくれる家族だけで、それが余計に虚しさを助長させる。しかし、このような存在は俺だけだ、とは思っていない。このような待遇の者は、吐いて捨てて燃やして埋めて忘れ去られるほどいるのは承知だ。この事実は俺を救うかと思われたが、むしろ、なんだ、俺の他にもいるのかと、落胆した。自分で書いておきながらだが、少し涙が出てきた。
と、話を本筋へ。そんなどこにでもいる俺だが、それなりに思うところもある。だから非日常を求めた。自分にとって面白くない世界だから楽して成り上がりたかった、勝ち組に。ここで自分を変えるために努力していないのを鑑みるに「表」の人間の素質はない。
非日常を求めた例としては異世界に焦がれた。こればっかりは漫画の読みすぎだと揶揄されてもしょうがない。
異世界へ転生でもすれば一番手っ取り早い。自分にとって不都合な世界にサヨナラバイバイ。新しい俺で新しい世界、新しい生活をプレイ。しかも前世の知識&チートでロケットスタート&ロケットエンド。天才、英雄と謳われ、思い通りにいかないことなどない。こんなに楽なことはない。しかし、チートがつくなんて誰が言ったんだろうか?一体、誰が。
最悪、異世界への扉が開かなくても自分だけが知る世界の「裏側」に触れれば良かった。なぜ?と問われれば優越感に浸れるためだ。一部の人間だけが知る世の影の部分を把握したかった。
二重生活にも憧れた。昼は一般人だが夜には隠された本質を開花させ世を騒がせる。又は救う。要するに漫画みたいな展開を期待したのである。
そして、これらのことを叶えんと、とった行動の例を幾つかピックアップする。
ネットで調べた異世界への行き方を試す。心霊スポットでの交霊儀式。怪しい本に書いている悪魔召喚。修行による第六感の開眼。瞑想で脳の使われてない部分を起こす。己に宿る内なる力を外へ放出させるため日々イメージトレーニングを欠かさなかった。
結果は世界の変動はなく、物音一つたたず儀式は終了、仰々しい魔方陣からは何も出現せず、ただ苦しい思いをして、脳の使われてない部分は寝たまま、内なる力はやはり内なる力だった。
これではチュウニビョウと何ら変わりない。
されども探さずにはいられなかった。そこまでして何で?あなたには分かるだろうか?
もうやり残したことも気がかりも特になく生への執念は思考の外にあった。むしろ勉強も人間関係にも疲れてきた頃だったし丁度良かったのでは、とすら思い始めていた。
生への想いが薄れる中、怪物の影は段々色濃くなっていった。とてつもない大きさが見てとれる。いつの間にかぼぅっと現象を静観していた。
姿はまだ見えないが、俺の命を奪う力があるのは明白だ。
好奇心から自分の命を奪う者の顔を見ておきたいと思い顔を上げる。
光が薄れていく。
この惑星を終焉へと導きこれまでの人の歴史を凌駕する魔物が、目の前で形を得ようしている。ひとひらの希望を表す光はどんどん弱りをみせる。それと反比例し怪物の影は色濃く色濃くなる。
ああ、神よ我を、世界を救いたまえ。どこかに信仰しているわけもないのに身勝手に願った。神は「もう…こういう時だけ…」と呆れているに違いない。救済は訪れないまま光は完全に消滅した。
「…。」
何もない。木しか映っていない。目をこすっても余計にかすむだけだし、姿形も眼に映らない。そこに先ほどまであった影の場所に異形も人も動物もなにもいない。なにも、だ。
「フハハハハハ!やっとだ!久し振りだ!実体を持つのは!我は気分が良いぞ!フハハハハハ!」
あれ、いるじゃん、思わず発した。周囲を見渡しても誰も何もいない。首をひねる。
あ、そうか、超魔道的で凄く高尚で高次元的な存在だからヒトの眼で捉えきれる筈がない。考えが甘かった。姿は見れないけど、それなりに強者っぽいし、そんな者に殺されるのなら光栄だ。そう独りでに解釈する。
父さん母さん有り難う。そしてごめん。とんでもない怪物を世に解き放ってしまった。波乱の時代を頑張って生きて頑張って葉月を守って。伊織は適当に生きて。
家族に感謝と謝罪の気持ちを告げ、目を閉じた。安らかな気持ちで死を迎え入れよう。人生の評価点は…53点ぐらいだろうか。
「ん?どうやら、お主が我を喚よんだ人間か?感謝するぞ。実体を持てたのは何百年ぶりだからな。フハハハ、もう笑いが止まらぬ。フハハハ。気分が良いな。礼として我が下僕にしてやっても良いぞ。まずは目を開け、我の美しき姿を、しかと目に焼きつけよ。」
まだ生きるチャンスはあるらしいが下僕として生きるぐらいなら死んだ方がずっといい。それにしても、如何にもな笑い方をする。
「とっても有難い申し出なんですけど僕は充分生きたので大丈夫です。後、姿がお見えにならないのですが。」
目を開けたがやはり影すら見当たらない。
「そうか…ならぬか…まあよい。それにしてもおかしいな。我の姿が見えないとな?実体を伴っているはずなのだが………と、おい。そんな上を仰いでいては見れるものも見れんぞ!下を向けぇい!」
下?そう言えばさっきから下の方からやたら声がきている。地から響く声だと思っていたが違うのか。もしや、とゆっくり視線を下ろしていくとそこには―――――――――
「フハハハハハ!戦おののいたか!我がすが…たに……下…?…我は人間より小さかったか?……………な、なんじゃこりゃあああああ!!!」
太陽にほえろはよく知らないが、松田ばりの叫び声を怪物は上げる。
まずどこから語れば良いものか。
色彩。漆黒。光を飲み込むように黒く、未知の恐怖を表しているかの様だ。
形。曖昧。だが、中心には歴戦の猛者のような覇気を有している。
声。中性的でつかみどころがない。
もう言葉が尽きてしまったのではっきり言ってしまおう。
ケサランパサランを想像して欲しい。毛だけで出来たフワフワとしているアレだ。それを直径10センチメートルぐらいに大きくする。ついでに中心が見えないくらい増毛させる。そして仕上げに黒い塗料をケサランパサランにぶちまける。まんべんなくだ。これで俺が今見ている怪物の出来上がりだ。簡単。
怪物いや毛玉は叫んだっきり声を失ってしまった。この毛玉は化け物の一部というわけでもなく、残念なことに全身のようだ。拍子抜けだ、と口から出そうだったがケサランパサランがかわいそうなので引っ込めた。よくみると愛嬌のある格好と声だ。かわいいなどと滅多に口に出さない俺でもそう思うのだから、思考停止であらゆる有象無象にカワイイと叫ぶ女は狂乱に陥るのではないだろうか。
「そ…そのあまり気にしすぎても…かわ、かっこいいと思いますよ…?」
慰藉といえば慰藉だが、ご機嫌とりの意味合いが強い。カワイイフォルムをしているが、冷や汗は未だひかない。
「そ、そうか…それなら…と我を馬鹿にしているのか!かわいい、と言いかけただろう!弱者の慰めほど不要で惨めなものはない!ああ!どうしてこんなことに…お前のような人間に召喚されたばっかりに…ずぼらな人間め!」
俺は腹を立てた。召喚してやったのに何故難詰なんきつされなければいけないのだ、と。確かに召喚は決して正確では無かったかも知れない。しかし、俺がアクションをとらなければ、顕現すら許されなかったと言うのに。思えば口が滑っていた。
「見た目一つぐらいでグチグチうるせえな。」
不意に口からでた文句を慌てて有耶無耶にせんと二の句を接ごうとするが時すでに遅し、ケサランパサランが眼光を灯し、ぐっと距離をつめてくる。
覇気だけはやはり、圧巻で思わずたじろぎ後退る。
「我を愚弄とは偉くなったものだな、人間!容姿はアレでも力はあるぞ!食らえ、死の手招き!!!」
最期くらい格好良く死にたかったのでむしろウェルカムと仁王立ちになり、我が生涯に一片の悔い無しと放つ――――放ちたかったけど出なかった。怖くて目をギュッと閉じてしまい、更なる上に体育座りの形になり落ち葉の上に転がる。
死んだ…!ああ、痛みを伴うのは嫌だなあ、コロッと逝きたいなあ。これで本当にこの世からサラバかあ…。ジワリジワリと殺されるのかなぁ。今にも来そうだなあ、手招き。怖いなあ怖いなあ。天国へ逝きたいなあ…。ああ、この間が余計にソワソワさせるなあ。おい、何してんだ?蟻ん子より軽い命だ。一思いにやってくれ。さあ、早く、サクッと。グッと。来い手招き、俺を死へと導く魔の手よ。持ってけドロボウ。さあ、来い。来い。来い。来た…!違う。風だった。まさか、もうすでに手招きに連れ去られ、俺の命は…。
しばらくして俺は目を開けた。木々のざわめきが心地よく、暖色の光で場は温かく包容されていた。服についてきた落ち葉を払うと、黒い毛玉を見る。寂寥感をこじらせ徒然なるまま俯いていた。黒々としていて良く分からないが。
見た目だけなら、さっき言いかけた通り、可愛らしく、しょんぼりとする様は小動物のようであり、小さな生き物を傷つけてしまったようで俺は心苦しくなった。偉そうな態度はさておきこうなる原因を作ったのは俺だ。そのときの俺は罪悪感と毛玉の愛くるしさに当てられ正しい判断ができなくなっていた。
「家へ来るか?」
動きがない。もうコイツとの縁もこれまでかと思い、帰路につく。ふと気になり後ろを振りかえってみると、毛玉がフワフワと後を付いてきていた。可愛さだけは満点だった。
もし、タイムリープできるなら、迷いなくこの出会いを死ぬ気で改変すると誓える。それぐらいこの出来事は俺の人生の根幹、存在を揺るがす最大の分岐点なのだから。
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