【7】
十八回目の二月三日。
理由は様々ある。
まず、前年の『黙示録』予言書騒動の影響で、ノベロイド文化自体が潰されてしまったこと。「
また、地下に潜るようにして世間の白眼視から逃れたノベロEや読者たちは、大々的に騒いで再び批難を受けることを恐れた。中には「書詠フミは永遠の十七歳。十八歳になることなんて有り得ない」という主張から、生誕十八周年を認めない者もいた。
また、日本全体で前年の震災や頻発するテロなどの影響から、あらゆる娯楽に対し自粛ムードが高まっていたことも挙げられるだろう。
しかし、最大の理由に比べれば、それらはすべて些末な、塵芥のような理由に過ぎない。
最大の理由は、書詠フミが消えてしまったことにある。
十八年目の二月三日、日本時間午前零時零分。
世界中のノベロイド・ソフトウェア「書詠フミ」は同時多発的にエラーを起こした。
この時以降、書き出されるntsqファイルは、すべて無意味な単語の羅列と化した。ネット上に残されていた過去のntsqファイルは文字化けを起こし、修復することは不可能だった。バックアップや、他形式のファイルにて保存されていたもの、電子書籍として商品化されていたもの、さらには他言語に翻訳されたものも、すべてがエラーを起こし、読むことが出来なくなった。唯一、紙書籍化されていたものだけがその難を逃れた。
このエラーの原因はいまだに解明されていない。
一般的には、前年に高まったノベロイド小説文化排斥の急進派が、ソフトウェア会社や掲載サイト、出版社、通販サイトなど、ノベロイドに関わるあらゆる情報端末に高度のハッキングを仕掛けたという説が有力とされている。
だが、これには無理があるだろう。物理的に、個人が保管していたデータベースまで含めて、世界中全てのノベロイド小説に同時干渉することなど可能だろうか?
仮に、全てのntsqファイルを破壊するバグをネット上にばら撒くことが出来たとしても、他形式のファイルまで、しかも元がntsqファイルであったものだけを選別して、破壊するなどということが出来るだろうか?
もう一つ有力とされたのが、時限爆弾説だ。ノベロイド・ソフトウェア「書詠フミ」の開発者が、あらかじめ十八年後の二月三日にエラーを起こすように、ntsqそのものをプログラミングしていたという説。しかし、これも前述した説と同様、他ファイルにまで干渉することが可能なのかという疑問が残る。それにそもそも、そんなことを行うメリットが考えられない。時限爆弾説については、ソフトウェア会社及び開発者は当然否定している。
そして、書詠フミの消失は、違う問題も生み出した。
ネット上の全てのノベロイド小説がエラーを起こして読めなくなったのと同時に、電子書籍などで発表されていた、「人間が書いた」とされていたはずの小説のうち、約六割が同様の文字化けで読むことが出来なくなったのだ。
初めは、ノベロイド小説、リアル小説の区別無くサイバー攻撃が行われているのかと思われたが、事態が整理されるにつれ、書詠フミ開発以前に発表された小説は一作も文字化けを起こしていないということが分かった。作家も編集者も出版社も、誰一人として認めていないが、エラーを起こしたリアル小説は、実はノベロイドの手によって書かれていたものだろう、というのが大筋の見解となっている。
その中には、芥川龍之介賞や直木三十五賞を受賞した純文学や、大御所作家によるミステリなども多く含まれており、ノベロイド小説を批判していた作家、文化人たちの著作の大半も、書詠フミの手によって書かれていたことが白日の下に晒された。
このようにして、書詠フミの十八回目のバースデーは、彼女が永遠に消失した日として記憶されることとなった。
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