第9話

「強すぎるよレイヤ」

 昨日モンスターと戦った時のように体を本能に任せて今も戦っていた。そうすることによってバーサーク状態のように強くなれる。だがいくらそうなれどもこういう実戦、もしくは模擬戦において物を言うのはやはり経験量だ。生まれた時から剣が当たり前にある世界に住んでいるレイヤや、サクヤよりも三年間長く剣を握っているマリナに、剣を使い始めて二日の彼が勝てるわけがない。

 最初から分かっていたことだ。ここまであっさり敗北するとは思ってなかったが、どちらにせよ結果に変わりはない。

「サクヤも強くなりたい?」

 上から声がして顔を上げると、美しい金色の髪が視界に入り込んできた。そこにいたのはたった今模擬戦を終えたばかりのレイヤだ。

「強くなりたいさ。でもどうしたって勝てねぇよ。レイヤたちとは経験の量と実力に差があり過ぎるんだから」

「そんなの、やってみないと分かんないよ」

 こうしてレイヤと違和感なく会話できることに違和感がある。彼女自身は言葉が分からなくても言ってることは分かると言っていたが、本当にすごいと思う。

「じゃあ俺はどうしたら?」

 しばらくレイヤは「うーん」と人差し指を顎に当てて可愛らしく考える仕草を取ったが、やがて何か思い付いたようでいきなり明るい顔になった。

「じゃあさ、これから毎日遊ぼうよ!」

「…………へ?」

 思わず間抜けな返事をしてしまったがレイヤは特に気にしてない様子で、

「これから毎日ここで、さっきみたいに遊べばいいんだよ!」

 そうか。遊ぶと言われたら少し理解できなかったが、彼女にとっての『遊び』とは今のような剣の手合わせなのだ。

 昔の人はこんなことを言った。習うより慣れろ、と。しかし、基礎のキすら知らない状況でそれが通用するのだろうか。

「だいじょーぶ! きっと何とかなるから!」

 サクヤからすれば彼女の物言いは楽観的なものにしか思えなかったが、それが羨ましく思えた。

 彼が妹を取り戻すことに頭がいっぱいで、根詰める部分があることは自覚している。きっとこの状況では物事はいい方向に進展しないだろう。

 すぐにでなくとも、ゆっくりでいいからもう少し楽に考えれるようにしていこうと決意した。


 それから三人は雑談に花を咲かせて親睦を深めた。

 早いもので気がつけば日は落ちかけて空は茜色に染まっていた。

「もうこんな時間。今日はこれで帰るわね」

 マリナが言い出すまで気づかなかったが、いつの間にか時間はもう夕刻。真上にあった太陽もだいぶ傾いてきている。

「もう帰っちゃうの? うちでご飯食べてけばいいのに」

 いきなりの提案にサクヤとマリナは顔を見合わせる。こっちに来て一人暮らしのサクヤにとって、それは願ってもない提案だった。これまで夜は適当に家にあるもので食べていたが、普段料理をしない彼にはいい加減苦痛になってきていた。だからと言って外食をするにはあまりにも懐が寂しい。

 それにレイヤの家というのも興味があった。だから二人はその言葉に甘えることにした。

「やった! じゃあ来て」

 はしゃぎながらレイヤは三人がいる場所からから一番近い家へと入っていった。

「……って、ここがレイヤの家!?」

 そこは俺たちがこの集落に来て真っ先に見ていた、集落の中心にあるコテージだ。どうやらマリナもレイヤの家に入るのは初めてのようで少し驚いている。

 促されてコテージ入ると、まず先に木の匂いが強く鼻について思わず眉を寄せた。元の世界ではキャンプなどでコテージみたいなところに来たことは無かったためにこの匂いはあまり好きではない。

 だが、続いて視覚に飛び込んできた部屋の内装には目を奪われていた。部屋の広さは1Kぐらいだろうか。床は完全にフローリングで、ベッドを初めとして、暖房や大きめのテーブル、イスまで設備されている。どこかで北方の国のような印象だ。

「レイヤはここに一人で住んでるのか?」

「そーだよー」

 サクヤの問いにレイヤは当然のように答えた。

 彼女もサクヤたちと同じで親はいないのか、と気になったが、さすがにそんなにデリカシーのないことは言えない。もしかしたら親がいないわけではないかもしれないが、一人で住んでいるということはどちらにせよこの場に親はいないということになる。

 このことをマリナは知っているのだろうか。二年も付き合っていればどこかで耳にしたり、勘づいてはいるはずだが。

 そんなことを考えながら突ったっていると、レイヤから声が掛けられた。

「ご飯ができるまでてきとーに寛いでていいよー」

 そう言って彼女はキッチンに立った。

「ご飯って、レイヤが作るのか?」

「しっつれいだなー。こう見えてもあたしは料理が得意なんだよー?」

 へぇー、レイヤが……。

 うっかりそんなことを口走りかけたが何とか呑み込む。サクヤはまだ半信半疑のままレイヤに言われた通り、イスに座って寛がせてもらうことにした。その隣にマリナも腰掛ける。

 二人の向かいではレイヤが何かを作り始めた。自分で得意と言うだけあってその姿は意外にも様になっている。

「それにしてもキレイな部屋だな」

 中を見回しても床はくすみなく光を反射し、誇り一つ落ちていない。レイヤには失礼だが、一人暮らしの彼女の家とは思えないキレイさだ。

「あたしだって毎日掃除ぐらいしてるもん! ……てのは嘘だけど」

 嘘かよ!

「毎日家政婦の人に来てもらってるんだよー。料理ならできるけど掃除とかはあんまりだからねー」

 この世界にも家政婦なんてものがあるか。

 いや、そこも意外だけどそこじゃなくて。

 それならこのキレイさも納得できる。やっぱり一人では限界があるのだ。何せレイヤなら尚更。

「あ、今ばかにしたなー」

 レイヤの鋭い突っ込みにマリナが小さく吹き出した。

 そう言えばレイヤには言葉が通じていないはずなんだよな。本人は心が通じていれば分かると言っていたがそれもどこまで本気か分からない。でも、表情の変化を読み取るのに敏感なのかもしれない。何がともあれ、こうして普通に会話できるのはサクヤにとってありがたい。

「ねぇサクヤ」

 いきなりマリナから声が掛けられた。

「サクヤはやっぱり強くなりたいと思ってる?」

「え? ああ、もちろんだ。メグを助けるには今の俺じゃ力不足だからな」

「それならこれからここに通わない? もちろん毎日というわけにはいかないけれど剣の特訓ができると思うわ」

 嬉しい提案だった。己の力不足はレイヤとの一線で痛感させられている。だからどうしても修練というのは必要なのだ。

「分かった。俺もその方がありがたいな」

「サクヤも来てくれるの!?」

 せかせかと夕食を作っていたレイヤが間髪入れずに反応した。

「あ、ああ」

「やった! これでサクヤとも毎日遊べるね!」

「いや、毎日ってわけじゃ……」

 そこまで言ってサクヤは続きを言うのを止めた。本気で喜んでいるレイヤにそれを否定するのは申し訳ない気がしたのだ。

 それしても、やっぱりレイヤにとって剣を扱うことは遊びでしかないらしいが。そのことに彼は思わず苦笑した。

「はい、できたよ」

 そこへレイヤが早くも料理を持ってきた。この短時間で作り上げ、皿に盛られていたのは元の世界で何度も食べたシチューだ。おそらくは普通のクリームシチュー。いい具合に湯気も出て食欲をそそられる。

「じゃあ食べよっか」

 レイヤが座るのを待ち、いただきます、と呟いてからスプーンでシチューを口に運ぶ。

「ん! 美味い!」

「ほんと、こんなに美味しいシチュー食べたことないわ」

 ここ数日間、まともなものをあまり食べていなかったからだろうか。それともレイヤの作ったこのシチューが美味なのか、こんなに美味しいシチューは初めてだ。それに、こんなコテージで食べるシチューは雰囲気が出ているのもある。

「ね、言った通りでしょ」

 自慢げにレイヤが乏しい胸をはった。

 それからはひたすら無言で完食し、外が真っ暗になったところでサクヤとマリナはお暇した。

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黒剣使いの革命者 木成 零 @kazu25

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