第8話
二人は同時に剣を抜いた。サクヤは唐突なその出来事に慌てる。
「大丈夫よ。レイヤの言う遊びというのはただの剣の手合わせだから。それに、レイヤの実力は侮れないわよ」
そこへマリナの説明が入っては安堵する。
それなら間違っても命の危険まではないだろう。これから行われるのはただの剣の手合わせ。しかし木刀ではなく本物の鉄剣で。一歩間違えれば危険だが俺はマリナの実力を信じる。
レイヤがコインを弾き、落ちて乾いた音が響いた瞬間、二人は動いた。
速さは同じだった。何度も剣を打ち合いリズムを刻んでいく。マリナは強いと思っていたが、彼女の言葉通りレイヤもそれについていっている。完全に互角だ。
「すごい……」
二人の繰り広げる剣技にサクヤは魅了されていた。お互いに引けを取らず正面からぶつかり合う姿は、この手合わせを楽しんでいるようにも見える。
いつかこんな風になれるだろうか。いつの間にか希望が自分の中に芽生えていた。
彼女たちを鼓舞するかのように風が吹き付ける。それに合わせて二人が動きを止めた。彼女たちに息が上がっている様子はない。
再度風が吹き荒れたのを合図にして二人はまだ距離を詰めた。今度はマリナから仕掛けていく。
マリナの斬撃をレイヤが弾き、すぐさま二発目をマリナが打つ。それをレイヤは華麗に回転しながら下がって躱し、反撃へと繋げる。
サクヤの中でレイヤの第一印象は、無邪気で元気に満ち溢れた少女だった。それが一度剣を持てばその表情は真剣そのもので、でもどこか楽しそうでそれでいて強い。これは彼女への評価を改めなくてはならない。
マリナとレイヤが一度距離を取った。もうそろそろクライマックスだろう。
そして同時にまた地を蹴った。二人は疲労を全く見せず、これまでで一番のスピードで迫る。
森の木々に跳ね返る一瞬の金属音。何もかもが止まった少しの静寂。交わった二本の剣は互いの喉元でピタリと止まっていた。
サクヤは息を呑んだ。直後に二人が剣を下ろしたのを見て彼は安堵し息を吐く。
「引き分けかぁー」
レイヤが悔しさが半分混ざってはいたものの満足げに言う。二人の実力が均衡した結果の引き分け。剣を交えた二人にとっては勝ちたいものだっただろうが、観ている側からすれば十分な引き分けだった。口では表せないような興奮がまだ渦巻いている。
当の二人も満足そうに握手を交わして健闘をたたえ合う。
「強いねマリナ」
「レイヤこそ」
ほほましい光景にサクヤも自然に頬が緩む。
「はいこれ。約束のコイン」
「いいの?」
「約束だからいいよ」
レイヤがマリナにコインを手渡す。
これで七枚目。マリナが元から持っていた五枚をいつ手に入れていたか分からないが、昨日から連日で二枚のコインが手に入っているこのペースなら全て集まるのはそう遠くない。
そんなことを考えていると、
「じゃあ次はサクヤだね」
「えっ!?」
完全に気を抜いていた少年は、突然話を振られて戸惑う。まさかとは思うが、どっちかの相手をしろということではないか……。
「えっと、何を?」
「決まってるじゃん! 模擬戦だよ」
そのまさかだった。
――俺とレイヤがぁっ!?
声には出さなかったがサクヤは心中で叫んだ。今のマリナとレイヤの模擬戦を見る限り、サクヤではとてもレイヤの足元にも及ばない。一応昨日から常に黒剣を装備するようにしてはいるが、模擬戦をするのは結果が見え透いている。
にも関わらずレイヤは再度強く押してくる。
「いいからやるよ」
「え、ちょ無理だって」
「サクヤならできるわ」
……ついにマリナにまで見放されてしまった。
二人から言われてしまうと、とても拒否できる状態ではない。仕方なく渋々前に出る。
「準備はいいー?」
まだ不満を持ちながらも背中から黒光りする剣を取り出す。
「あ、ああ」
レイヤが剣のプロで例えるならサクヤはまだ駆け出しだ。それだけの差があるのにそれをどうしろというのだ。
愚痴を口に出す暇もなく模擬戦は始まった。先手必勝とばかりにレイヤが走り出す。
――速い!
遠くから見ていたのとは桁違いの彼女の速さにサクヤは反応が遅れる。振り下ろされる剣を何とか弾き返したが、今度はその重さに手が痺れた。
この重さはどうなってるんだ。とても少女の力とは思えない程の一撃の重みだ。マリナといい、レイヤといい、彼女たちの性格とはかけ離れた剣の技量を持ち合わせている。男であるサクヤより遥かに彼女たちの方が上だ。
そうこうしている間にもレイヤから二発目の斬撃が繰り出される。今度もまた僅かに反応が遅れながらもさっきよりは速く動き、手がしびれないように剣をスライドさせて受け流す。だが予想以上の重さに剣の角度を見誤り、危うく自分の脚に自らの剣が食い込みそうになる。
防戦一方になっていることに危機感を覚えたサクヤは模擬戦ということも忘れて反撃に出る。間合いも分かってきたところで、レイヤの攻撃を受け流した流れで剣を振る。
完全にレイヤが回避できるような状態ではなかったにも関わらず、突如サクヤの視界から彼女の姿が消えた。かろうじてその残像が見えたが、あまりのスピードにレイヤを見失ってしまった。
「まだまだだね」
そんな愉快そうな声を耳元で聞き、声のした方を振り向けば、首筋に剣が当てられていた。
負けた、という虚脱感がサクヤを襲いその場に座り込む。地面のコンクリートがすごく冷たく感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます