エピローグ

 あの後、俺たちは朝山あさやま先生に車で家まで送ってもらった。朝山先生は家族に連絡はしていない的なことを言っていたくせに、あやには連絡していたという件については特に追求しなかった。結果としてそれにより問題は解決したんだからめでたしめでたし。結果良ければ全て良しってな。

 家の玄関を開けると母親が仁王立ちで立っており、そのままリビングに通されて俺も彩も長々と説教をされた。俺はただ「すみませんでした」を連呼することで乗り切ろうと思ったが、逆にそれが母親の怒りを買ったらしく、俺だけさらに説教を食らう羽目になった。本当に女が怒った時は何を言っても怒るから面倒だよな。何も言わなかったらそれはそれで怒るし。怒るのが生き甲斐なのだろうか。

 さらに夜になって父親が帰宅すると、さらに俺は叱られた。父親の怒りってまじ恐ろしいもんだと思うね。俺、ガチ泣き。というか、父親は彩に関して怒らないところが娘愛してる感が半端なくて気持ち悪い。

 あれから数日が経過し、俺は普通に学校に通っていた。ちなみにあの日、俺は熱で欠席し、朝山先生は体調不良で欠勤したということになっている。朝山先生の情報操作はどうやら完璧だったようだ。

 4時間目の数学の時間、頭のてっぺんが少し薄くなっている教師のやる気の無い授業を聞き流し、昼休みへと突入する。俺は今朝コンビニで買ったサンドイッチと緑茶が入ったビニール袋を持って階段を上り1つ上の階へと向かう。そして右へと曲がり、少し進み、1年生の教室がずらりと並ぶ廊下へとやって来た。

 何故俺がここに来たのかというと、彩を誘って一緒に昼食を摂ろうと思ったからだ。以前の俺ならば絶対にそんなことはしないのだが、あの日、俺は彩の近くに居ても良いという了承を得た。だからたまには俺から誘ってみるのも良いかと思ったのだ。

 それに、彩がどんな反応をするのか気になる。俺がやって来たことに驚いて「ひゃうっ」とか「あうっ」とか反応してくれたら最高に面白いだろう。

 彩の所属する1年8組に到着。俺が教室に入るとすぐに彩は俺に気付いたようで、

「あ、お兄ちゃん」

と言ってにこやかに近付いてきた。あれ?おかしいなあ。全然驚いてくれないぞ。おかしいなあ。

 俺は少しがっかりしつつ、本来の目的を口にする。

「彩、一緒に昼食でもどうだ?」

「食べる!!」

 微妙に日本語がおかしい返答である気はするが、意味は通じるので特に指摘することはしない。

「じゃあ、行くか」

 俺はそう言って教室から出る。彩は俺の隣を歩く。ちなみに今日の猫耳は三毛猫だ。

 それから俺たちは彩の昼食調達のために一旦購買を経由してから屋上へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


 俺と彩は屋上のベンチに腰掛けて絶賛食事中。周囲には女子グループやリア充と思われる集団があちらこちらに見られる。俺らも客観的に見たらリア充に見えるかもしれないが兄妹だ。

 俺はサンドイッチを食べ終えたがあまりお腹が満たされず、もっと買っておくんだったと少し後悔。緑茶を飲んで何とかお腹を満たそうとする。

 一方、彩は焼きそばパンにかじり付いていた。口が小さいのか、全然パンは減らない。

 けれども、何となくではあるが、以前よりも彩は元気になった気がする。笑顔が増えた気がする。何がそれをもたらすのか俺にはまだわからない。

「ねえ、お兄ちゃん」

「ん?どうした?」

 彩が真剣な表情で話し掛けてくるので、大事な相談でもあるのだろうと思い俺は聞き返した。

「次はどんな猫耳買ったら良いと思う?」

「はぁ~」

 思わず溜め息が出てしまった。やっぱり、彩は彩だ。そんなの別にどうだって良いじゃないか。彩が美少女なんだから。

「お兄ちゃん、質問に答えてにょ」

 猫語にしようとして事故ってる彩を見て、俺は笑ってしまう。真顔で彩が言うもんだから尚更面白い。

「真剣に訊いてるんだから笑わないで!」

 彩が不機嫌モードに入りそうなので、俺は何とか笑いを堪えて返答する。

「彩はさ、何でも似合うんだから良いだろ」

「またお兄ちゃんは、もう~」

 彩は顔を真っ赤にしているが、そんなに恥ずかしいこと言ったかな…。

「あ、そういえば」

 彩はそう言ってポケットの中から何かを取り出して俺に差し出す。それは、猫のネックレスだった。

「お兄ちゃんにプレゼント」

「これって…」

「うん、ショッピングセンターでお兄ちゃんに買って貰ったやつ」

 俺が買った物を俺にプレゼントするってどうなんだよ…。でも、彩の好意は受け取っておこう。

「ありがとな」

 そう言って俺がネックレスに手を伸ばすと、彩は渡さないかのように手を引っ込めた。

「俺にくれるんじゃないの…?」

「彩にゃんがお兄ちゃんに付けてあげる」

 何を言い出すのか、我が妹は。でも、俺は特に何も言わない。抵抗することもしない。

 何故ならば、彩がとても嬉しそうな表情を浮かべていたから。それは、俺が守りたいものだから。

 彩は俺の首に手を回してさっとネックレスを止めた。そして、

「お兄ちゃん、似合ってるよ」

とそれはもう嬉しそうに言う。それを見て思う。彩の笑顔は俺の幸せだと。

 仲の良い兄妹であるためには何が必要なのか、俺にはわからない。兄妹の幸せは何によってもたらされるのかもわからない。

 でも、俺は兄として、妹を守る。彩を守る。

 だから、俺はもう間違わない。

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妹は猫やってます。[改稿前] 雪竹葵 @Aoi_Yukitake

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