上司と部下

夫は六十歳の定年で転勤先から神戸に帰り、六十五歳まで嘱託職員として勤務しました。


現役の頃の仕事は社員に委譲しましたから、責任もなく手伝いをする程度です。暇な時間もあったりして少々肩身が狭い思いもしますが、夫の現役時代を知る社員さん達の目は好意的で居心地は良かった様です。


六十歳になるまでの九年間は転勤で神戸を離れていましたから、夫を全く知らない人も居ます。

夫は一見、気が弱そうでお人好し。呑気にしている夫を見て、その人は意地悪な一言を投げ掛けます。

「暇なら辞めたらどうですか?」


会社でリストラの話など全く無く、上司からそれらしい話も無い中、無関係の人間がそう言います。

四十年近く家族の為、信頼する上司や部下の為に真面目に働いてきた夫にとって、嘱託は正当に受けるべき働き方だと自信を持っています。


夫は笑いながら彼に言います。

「いやぁ、嘱託の僕の給料より君の方が何倍も多く貰っているだろうから、君が辞めた方が余程会社の為になるよ。君の代わりはいくらでもいるよ。」

思わぬ反撃を受けタジタジ。二度と近付かなくなります。

会社人生では、山あり谷あり辛酸もなめてきています。

不遜な態度で不当な言葉を投げ掛けられたら、容赦なく攻撃します。


夫がまだ現役で部下のいる頃、若い社員の思慮の浅い言葉を忠告したものです。


転勤、転属で他部署から社員が移ってきます。夫の部下がその新人に仕事を教えますが、部下自身も忙しい中での事、大雑把で横柄な教え方に。丁寧さに欠けますから新人としては繰り返し尋ねる事になります。


夫の部下は愚痴をこぼします。

「いい加減頭にきます。こっちは忙しいのに何度も尋ねるもんだから困ってます。彼を何とかしてください!」


この言葉に夫は忠告します。

「ここでは新人でも前の仕事ではベテランで自信があるはず。

君も今の仕事では全てに自信を持っているけれど、この先君も転勤して畑違いの仕事をする事になるかもしれない。君より若い同僚から教えを乞う事になるかもしれない。そんな時君の様な態度で教えられたらどう思う?

将来、今来ているあの子が君の上司になって帰って来る場合もある。その時君への態度に影響する事になるよ。根気よく付き合ってあげなさい。」


亀の甲より年の功。

行き当たりばったり、その時々の感情だけで動くのでなく先々の事を考えて冷静にアドバイスすることも上司の役割り。

仕事もさることながら人間関係のいざこざも上司になると大変だった様です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る