夫の横浜単身赴任 根岸生活
夫が51歳の時、横浜支店に転勤になります。
子供三人が、それぞれ高校生、中学生、小学生になるので、夫一人で赴任することになりました。
夫が一人住まいするのは、生まれてこのかた一度もありません。最初不安がっていましたが、生活に慣れてくると、好きな物を食べ、好きな物を買い、好きに出掛ける愉しさに心はすっかりのびのびしていました。
また、余計なお世話をする人がいます。
「夫婦生活が不便になって困るだろうから、その方面の女性を紹介しようか?」と言われたと後々夫が告白します。
男には誘惑が多そうです。
危ない、危ない!
京浜東北線根岸駅から歩いて7分程の古い公社ビルに部屋を借ります。
引越のため夫婦で初めて根岸駅に降り立つと広大な根岸製油所が目に飛び込んできます。駅からはタンク車の引込み線が製油所に向かって伸びています。
大きなタンクがいくつも立ち並び、「もし地震が起こったら…⁉」と先走った不安がわき上がります。一方で「ここは…もしかして、あの根岸製油所!」と昔を思い出し感激していました。
かつての勤務先で事務をしながら、書類上『根岸製油所』の文字を幾度も目にしていましたから。
不安と懐かしさがない交ぜになり、複雑な思いで駅に立ち尽くしていたものです。
とは言え、引っ越しの片付けで一週間忙しくしていると不安はあっさり忘れ去ります。
むしろ夜になると列車の警笛が聞こえ情緒すら感じる様になっていました。
末っ子の息子は小学6年。
春休み・夏休み・冬休みには、夫の衣替えと片付けのため横浜へ出掛ける私に付いてきます。
彼には新幹線に乗る時の楽しみが待っています。新神戸駅で駅弁を二つ買い、新横浜に着くまでに二つとも平らげるのです。
一週間の滞在中、ディズニーランドやみなとみらい、東京タワー(まだスカイツリーの無い時で残念)等々、お上りさんの私達は観光に出掛けます。
毎日の買い物には、ビル前の本牧通りを歩いて八幡橋を渡り、量販店の『ダイクマ』へ出掛けますが、途中必ず寄り道するのが、小さなプラモデル店です。これも息子の楽しみの一つでした。
日曜日の早朝には、夫と息子の二人で『根岸森林公園』に出掛けます。
私は早起きが苦手。
家から歩いて20分ほどの所にあるのでウォーキングには丁度良い具合です。
ここは、日本初の洋式競馬場があった広大な丘陵地で、その跡地に芝生の公園が作られました。いかにも由緒ある競馬観戦の建物も残され、米軍施設や米国根岸住宅も隣接しているので、異国情緒が漂います。
私と息子が帰った後も夫は毎週末ウォーキングに出掛ける大のお気に入りの場所となりました。
それから一年もすると息子は中学生になり、もう一緒に来ることはなくなります。
大切な思い出の一年になりました。
その後は私一人で3~4ヵ月に一度、せっせと横浜に出掛けます。愉しいときでした。
冬の朝の澄んだ空気の中、ビルの共同の廊下から富士山🗻が小さく見える時があり、二人して暫く見入っていたものです。
本牧サティへ車で買い物に出掛ける事もありました。ある日あいにくの雨の中、車で竹内まりあのアルバム『Impressions』のCDを聴きながら向かいます。その時には何も思うものはなかったのですが、今になってアルバムの中の一曲『恋の嵐』が印象に残っています。
♪あなたの車に乗り駆け抜ける雨の音♪
その後こちらに帰ってきてからも、雨の日に車で出掛けると『恋の嵐』を聴いたあの雨の時が浮かんできます。
ほんとにちょっとした事が後々の人生に積み重なっていくものです。
横浜にはメディアで見聞きする有名な場所が沢山あります。
横浜港だけでも一日ゆっくり回るところが沢山あります。
ランドマークタワー、馬車道、赤レンガ倉庫、横浜港のウッドデッキ大さん橋、山下公園、氷川丸、横浜人形の家、港の見える丘公園。
根岸森林公園もそうですが、広々と整備された公園が横浜には沢山。
横浜港から車で根岸の自宅に向かう途中、山手の洋館カフェ『えの木てい』→横浜雙葉学園→フェリス女学院→レストラン『ドルフィン』へと寄り道しながら、ゆっくり細い道を進みます。
学校は車から降りずに「ここがあの有名な…」と建物を確認し、それで満足して通り過るだけのミーちゃんハーちゃんの私です。
根岸駅から歩けば20分足らずで『ドルフィン』はありますが、随分の坂道です。
ここは、かつてユーミンが『海を見ていた午後』で歌っています。
♪山手のドルフィンは静かなレストラン♪ という一節で、有名になりました。
マンションが建ってしまって、このレストランから眺める海は、申し訳程度に覗いているだけですが、この曲の面影を求めて多くの人が訪れる様です。
もう15年前ですから、今では『ダイクマ』は無くなり『ニトリ』に変わっています。
プラモデル店も無いでしょう。
『本牧サティ』は『イオン』に。
変わらないのは『横浜マラソン』のコースです。部屋を借りたあのビルの前をランナーが走るので、テレビに写らないかと目を凝らします…が、いつも建物は確認出来ません。
立地の良い所に部屋を借りることが出来て本当に良かった、と夫婦で当時を思い出してはしみじみと心に深く感じ入っています。
「製油所怖い!」と言った私は何処へやら!
いつかまた死ぬまでには、同じ所を訪ねたいと夫と話す今日この頃です。
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