クラムボン

次に花が起きたのは、夕方だった。

自分の背中を触って確認してみる。

思い出した、あの忌々しい男につけられたのか

あの時、母さんも死んだのかな。

ごめんね、樹。姉ちゃん、樹のこと守るって言ってたのに、1人だけ生きてて。そして、樹のこと忘れてて。

噛んだ唇から血がでて、口の中に鉄の味を広げる。

火をつけたのは小百合先輩なのか。

段々と、頭のなかで情報が整理されていく。

私は行方不明になっていて、放火犯は捕まってない。放火犯は小百合先輩。

でも、小百合先輩は私を助けてくれたから。

それに、私が混乱しないように隠しててくれたのかな。


ってことは、私が見つかったら、小百合先輩は放火犯として捕まっちゃうのかな?

でも、正当防衛でもあると思うし。

もしかしたら、ちゃんと話せばわかってくれるんじゃないか?


私を助けてくれたのに、先輩は犯人になってしまう。私を誘拐したとか勘違いされるかもしれない。


(そんなのおかしいよね!)


やっぱり私たちは本来あるべき場所にいるべきなのだ。

先輩に伝えよう。

小百合が帰ってきたところで話を切り出した。


「先輩、私、全部思い出しちゃったんです。」

「そう。」

いつもより素っ気ない返事に心が冷えたが、そのまま続けた。

「先輩は私を助けてくれたから、悪くない。ちゃんと説明しましょうよ。きっと許してもらえるはずです。」

小百合は黙ったままだ、

「私を誘拐したとか勘違いされるかもしれないんですよ。警察行って、全部話して、認めてもらいましょうよ。ただの正当防衛なんだからっ」

小百合はまだ黙っている。

この沈黙した空気が怖くて、花の目から雫が落ちる。

「2人でいることを認めてもらいましょうよ」

何かを考える小百合に意見を言うも、最後の方はただの嗚咽になってしまった。

冷えきった空気に、凛とした、アルトの声が響く。

「私は、花がいてくれるだけでいい。」

「先輩?」

「だって、認められなかったらどうするの?

花だって知ってるでしよ、私たちみたいな関係を世間はよく思ってない。」

泣くのを堪えているのか、小百合の肩が震える

「私、怖いのよ。花がどこかに行ってしまったら、私はまた1人ぼっち。もう、1人になるのは嫌なの!」

花は頭を鈍器で殴られたような気持ちになった。完璧と言われている先輩も、怖いものがある。そして、それを左右しているのは他でもない、自分なのだ。

こんな状況なのに、優越感を感じた。

「わかりました。私はずっと先輩のとこにいますよ。」

堪えきれなくなった涙をボロボロとこぼす先輩を抱きしめながら、花は、それでもやはり、正当であると主張するべきだと思った。


小百合が泣き疲れて寝てしまったので、花はこっそり夜の街に足を踏み出した。

数分歩いたところで人影が見えた。

小百合の家には電話すら置いてなかったので、人に助けを求めるのが1番だと考えた。

「すみません!警察を呼んで欲しいんです!」

歩いていた女性に近づくと、その人は

「あら、花。探したのよ。」

いつもと格好が違う小百合先輩だった。

狂気に満ちた顔で笑い、こちらに迫ってきたので、怖くなって逃げ出そうとした。

でも、足が動かない。

(うそでしよ?!)

足どころか、身体に力が入らない。

小百合は面白そうに笑った。

「やっと効いてきたのね。」

「何を、したんですか」

「夕飯に、少し薬を入れただけよ。案外効くのが遅かったわ。」

おやすみなさい。と言って私の額にキスをした、満足そうな先輩の顔を最後に、また私は意識を失った。


次に花が目を覚ましたのは、先輩の家の庭にあるビニールハウスだった。

中には色とりどりの百合が咲いている。

花は自分が拘束されていることに気がついた。


コツン、コツン。


真っ赤なヒールの小百合がこちらに来た。

「先輩、解いてください。ここで長時間過ごしていたら死んじゃいます。」

小百合はわざとらしく手を叩く。

「流石、私の書庫で読んだのかしら。でも、」

話を続けながら小百合は花の上に馬乗りになる。

そして、首に、手を、かけた。

「私だけのものにならない花なら、花らしく、散ってもらうわ。大丈夫よ、私も少ししたら逝くから。」

そんな、あんまりだ。

でも、小百合先輩に殺されるのなら本望かもしれない。

消えかける意識と涙で薄らとしか見えない小百合先輩の顔は綺麗だった。

私は、嬉しくて笑った。本当は世間に認められたかったのではなく、小百合先輩にこうされたかったのかもしれない。

そんな考えが頭をよぎったら、あちら側の百合の花畑が見えた。

早く、先輩も来てね。

声にならなかったけど、先輩には聞こえてるかな


自分の下で動かなくなった花を見た。

すごく綺麗だった。でも、

「笑ってた?」

そう、カプカプ笑ってた。

まるでクラムボン。

望んでたかのように笑ってた。

貴方はクラムボンだったの?


青い唇にキスを落として、隣に寝転がった。

私は世界一綺麗に死ねる。

愛する人の隣で、愛する人が待つところに逝ける

「花、少しだけ、待ってて…」




そんな2人がもう1度出会うのは数時間後の話

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黒百合とクラムボン ヤマナシ @yamanashi

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