今は昔

築浅の一軒家から、今日も怒号と轟音、悲鳴が聞こえてくる。

パリーン

あ、なにか割れた。

夫婦喧嘩が日常茶飯事となった日向家では、私が弟を守らなくてはならない。

お父さんのアルコール中毒は、誰かに指摘される度に酷くなる。

お母さんも壊れてきてる気がする。

5歳離れた弟が震えている。押入れに2人で入って、嵐が静まるのを待っているけど、かれこれ3時間は止まない。

「姉ちゃん、俺達もやられるかな?母さん、この前、腕が上手く動かなかったんだ。」

「大丈夫、大丈夫。姉ちゃんが樹を守ってあげるから。」

まだランドセルを背負っている歳の樹にとっては、この環境は辛すぎる。

それに、母さんももう限界だろう。


樹が生まれて10年が経つ頃。

お父さんは会社をリストラされた。

家のローンと、犬も食わないプライドだけが残った。

それからここまで荒れるのはすぐだった。


正直、昔から自分が愛されていたという訳ではなかったので、家族への嫌悪感は膨らんだ。


膨らんで、膨らんで、破裂した。


ある日、高校から帰ってくると弟がリビングで倒れていた。

ベージュのカーペットには赤いシミ

青白くなった弟に呼びかけても、返事はない。

「樹?!樹!!ちょっと起きなさいよ!」

弟だった肉の塊は軽くなっていた。

パニックになって、気づいたら中学の時からよくしてもらった小百合先輩に電話をかけていた。

その後は、ただ感情に任せた。

弟から抜いたナイフを持って2階へあがり、

自分と血が繋がっているとは信じ難い、オス豚のような男に、襲いかかった。

しかし、女子高生と成人男性では、力が違う

あっけなく馬乗りされて、背中を刃物で抉られた。

痛い、痛い、力が入らない。息が出来ない。

「小百合先輩!!」

無意識に大好きな先輩の名を叫ぶ。

痛い。私、ここで死ぬのかな。

ごめんね、樹。姉ちゃん、樹を守れなかった。

三途の川を渡ろうとしたその時、凛とした、澄んだ声が聞こえた。

ああ、私の大好きな音だ。

「花を離しなさい。」

声と同時に、背中への刺激がなくなった。

力を振り絞って後ろを向くと、オス豚の頭が転がっていた。

先輩の手には光る何か。

私の意識はそこで途切れた。



花が意識を失った後、小百合は彼女を抱き上げ、

1階に降りた。

異臭に顔をしかめたが、何かを思いついたように、転がっていたライターの火をつけ、コンロに近づけた。

ガスが漏れていたらしく、少しづつキッチンが燃えていく。

小百合は花を背負い、その上から男物のコートを羽織り、ニット帽を被って夜の住宅街を抜けた。

監視カメラには、太った男のように見えるように。



何日かして、花の家がニュースに出るようになったころ。花が目を覚ました。

「あれ、小百合先輩?ここは先輩のお家だ。

あれ、私、なんでここに?」

「私、確か、高校から帰ってきて…」

花が黙り込む。

「帰ってきて…どうしたんだっけ?」

どうやら覚えてないらしい。

小百合は誰にもわからないように口角を上げ、

花に説明した。

家を燃やされ、病院で眠る花を放っておけなかったので、引き取った。外はマスコミや報道陣が花を狙っているし、犯人はまだ捕まってないから、外は危険なのだ。と。

「気持ちに整理がつかないでしょう。でも、今は寝なさい。体力回復が1番優先よ。」

小百合は花の頭を撫でて、部屋を出た。


(そう言えば、花の家にいたミイラみたいなのは彼女のお母さんかしら。かなり死んでから日が経ってたみたいだけど。)


リビングにあるテレビをつけると、ちょうど、花の家の話題で持ちきりだった。


《えー、今日、✕✕市で放火事件がありました。未だに犯人は捕まっておらず、死亡が確認されたのは、父親の日向哲也さん46歳、母親の日向 かおりさん43歳と、長男の日向 樹さん11歳です。

この家の長女、1日向 花さん16歳は行方不明となっており、見つかっていません。

警察は、監視カメラの映像から、遺体となって見つかった日向 哲也さんが、暴力団と何らかの関係があったと見て捜査を続けております。》


「テレビも要らないわね。」

小百合はそう言って、コンセントを抜いた。

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