鏡と青い花

「せ、んぱい」

「ねえ、花、怖かったでしょう。早く入りなさい。」

小百合は、抱きついて泣きじゃくる花を、嬉しそうな顔で見ていた。

エプロンにたくさんのシミが出来る。

「せんぱっ、ごめっんぁさい。」

上手く呼吸が出来ないからか、つまる。

「もうでない。怖かったよぉ、せんぱっ。わ、たし、わたし、」

「花、落ち着いて」

そう言って何かを飲まされた。

あ、意識が…



睡眠薬で花を眠らせた

この前、外に出た後からGPSを付けておいてよかった。早退してきてよかった。

きっとこれでしばらくは外に出ないだろう。

眠っている花はとても綺麗だ。

でも、恐怖に怯える花は

「もっと綺麗。」

無邪気な笑顔よりも、照れて赤面した時よりも

青ざめたその顔が1番綺麗。

うっすらと汗をかいた額にキスを落とした



何時間かしたら、花が起きてきた。

「ねえ、先輩。私ってなんでここにいるんですか。」

「あら、思い出しちゃったの?」

「そうじゃないけど、駅でニュース見ちゃって。私が行方不明になってるって。それで、怖くて」

座るように促されたので、ソファーに腰掛ける

手渡されたカップには薄い黄色のお茶。

「ハーブティーよ。落ち着くわ。」

こく、こくん。

「おいしい。」

ずっと張っていた緊張の糸が緩んだ感じ。

「先輩、ごめんなさい。落ち着いた。私、なんか久しぶりに外に出たせいで混乱してたみたい。」

「もう寝るの?」

「はい、早いけどおやすみなさい。」


花が寝静まった後のリビングは、静かで

自分にどれだけ彼女が必要なのかを表しているよう。

とてもつまらない。

ただ流しているだけのテレビを消して小百合も早めに床についた。



夜もふけた丑三つ時。

うなされて、寝汗をかいてしまった花はシャワーを浴びようと脱衣場にいた。

「先輩寝てるから、静かにしなきゃ。」

身体にタオルを巻き、お風呂場に入ろうとした時だった。

いつもは置いてない、大きな鏡があったのだ。

(そう言えばこの家、あんまり大きな鏡はなかったな。)

この頃太ったのではないかと、身体のラインを見る。

背中側を見た時、花は驚いた。

彼女の背中にはたくさんの古い傷があった。

切り傷、火傷、変色。

これまで気づかなかったそれに、恐怖を覚えた。それと同時に、頭の中に誰かの怒号が響く


《お前のせいだ!》


「やめて、やめて!」

小さな悲鳴をあげて後ずさるも、後ろには壁。

そこにはない、なにかに怯えて声を漏らす。

「いやだ!痛いよ、お父さん!!」

溢れ出した恐怖が、自分を覆っていく。

「助けて、誰か!小百合先輩!」

誰かが階段をかけ降りる音がして、脱衣場のドアが開けられる。

「花?!落ち着きなさい!」

どっちが幻覚?

先輩、先輩!わたし、痛いの!

叫ぼうとしても、口がぱくぱく動くだけ。

「花、私よ!」

不意に抱きしめられる感覚。

「せんぱい、おとうさんが、いたい」

花は小百合の腕の中で気を失った。



小百合は、青白い顔の花を強く抱きしめ、

背中の傷あとを撫でた。

そして、綺麗に微笑んだ。

「花、これであと少し。あと少しで私だけの花になる。」

1年前に比べて、少し痩せた彼女を抱いて

寝室へ向かった。


「鏡、片付けるの忘れてて逆に良かったわ。」


「さあて、どうやって自分のにしようかしら」うふふ、と薄気味悪く笑う彼女はとても綺麗だった。

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