終章「あけましておめでとう。我が家に家族が増えました」
願わくば天国にいるおばあちゃんへ
寝て目が覚めたら、嫌なことが全部なくなっていたらいいな。なんて、考えたとしても、残念ながら現実は決して変わらない。
長い夜を終えて、ひとまず仮眠をとった守たちだったが、年明け早々、散らかりきった家の様子に、もう一度、夢の中へと帰りたい気分に襲われる。ていうか、守は普通に二度寝した。二度寝して、現実から夢の中へと逃避した。が、一重が座敷牢から金槌を投げつけ、二度寝からうっかり永眠させかけて、それを阻止した。
その日は全員で、まる一日かけて、家の中を片づけた。元日に、かなり遅れた大掃除をした。その甲斐あって。元日が終わり日付が変わるころには、いたるところに仕掛けてあった罠は回収され、散らかっていた場所も、綺麗に片づけられた。
これにて、一連の騒動も、完全に終わったと言える。
一仕事終えた守たちは、前日の疲れもあって、そのまま床に就いた。
そしてやってきた、一月二日。
守たちはようやく、ゆっくりできるのだった。
「あ、守さん。みかんとってきてください」
いつの間にか置かれたテレビを眺めて、檻の向こう側の炬燵の中でぬくぬくとしていた一重は、間の抜けた顔でそう言った。
「……自分でとろうよ。もう、仕方ないなぁ」
文句をいいながらも、なんやかんやで炬燵から立ち上がる守。
「私も、お願いしますねぇ」
「あ、俺もっす」
「……私も」
矢継ぎ早に注文をする、押花、蚰蜒、百足の三人。
「あーはいはい――って、なんでまだ、あんたらいるの!?」
あまりにも馴染んでいたため、一瞬、反応が遅れる守。
いやまあ、反応が遅れるも何も、ずっと同じ炬燵に入っていたのだから存在には気が付いていたけど。ただ聞きづらかったから黙っていたのだが、とうとう、疑問を口にした。
「なんでって、昨日――元日に説明したじゃないですかぁ」
「そうっすよ、もう忘れたんすか?」
「……ミジンコ並みの記憶力」
「最後のはさすがに失礼!」
「……ごめんなさい」
怒る守に、素直に謝る百足。
「あっいや、僕も怒り過ぎました――って違う! そうじゃなくて、話は聞いていたけど、意味がわからないって言ってるの!」
守の言葉に、面倒そうに答える押花。
「意味も何も、守宮さんたちが、本当に一重ちゃんを自由にしてあげるのか、もしかして酷いことをするんじゃないか、監視してるんじゃないですかぁ」
「その監視って、いつまで?」
「一重ちゃんが家を出るまでですけど?」
何を今更、と押花は言う。
「それってずっとじゃん! ってことは、この家に住む気なの!?」
「ええまあ。というか守宮さん、この話はすでに終わってるはずなんですが。文句があるなら、おね――表花に言ってください」
「あ、あぁ。お姉ちゃんね」
「ひょ、う、か、です」
癇に障ったのか、ぎろりと守を睨む押花。
すでに猫をかぶる必要がなくなったからか。押花は、これまでの職場などでのふわふわしたような性格ではなく、とげとげしくきつい性格になっていた。多分、こっちが素の押花に近いのだろう。だとすれば、なるほど、やはり姉妹。相手に有無を言わせないような性格は、どことなく表花と似ている気がする。
「ねぇ、守さん。みかんまだですー?」
一向にみかんを取りに行く様子のない守に、痺れを切らしたのか、一重がぶーぶーと文句を言う。
「あぁ、ごめん。今、取ってくるね」
みかんがあるのは台所だ。守は慌てて、台所へと向かう。
大きなカゴにたくさんのみかんを入れて、台所から出ると、廊下で、濡れた髪をタオルで拭いている表花と鉢合わせた。
「あ、家本さん。お風呂入ってたんですか」
「ああ、寝起きにひとっぷろね」
「ですか。ていうか……家本さんも、いつまでこの家に?」
「一重ちゃんが独り立ちするまでだけど?」
何を今更、と表花は言う。
「それってずっとじゃん! ってことは、この家に住む気なんですか!?」
デジャヴを感じる言い回しで、一重にたいして何気に失礼なことを守は言った。
「何をそんなに驚いているんだい。一重は、この家で私ともいたいって言ってただろう? 一重の自由意思に従うっていう約束なんだから、ここに住まないと」
「いや、でも。一重ちゃんの力の恩恵を受けるのが嫌だったんでしょう?」
「嫌っちゃ嫌だけど。仕事が味気なくなるし。でも、それよりも一重に一緒に暮らしてほしいと言われたのが嬉しかったんだよ。二人でいるときは、何にも言ってくれなかったしね。だから、私は一重の自由意思に従う。それに、今は前とは違うしね」
「違う?」
首をかしげる守。
「君を含め、たくさんの人がこの家で住むことになっただろう」
「はあ。いや、それも僕は納得いかないんですが……」
「何? 一重と二人っきりが良かった?」
ニヤニヤと表花は笑う。
「そ、それも魅力的ですが、そうでなく。さすがに敵対していた人たちと一緒に暮らすというのは、ちょっと抵抗が……」
「それこそ、何を今更、だね。〝一重を自由にさせる〟〝それを確かめるために一緒に暮らす〟。この二つの条件で、すでに和解しただろう? それに、昨日だってあの子たちと協力して、家の掃除をした仲じゃないか」
「そうですけど……僕は向こうの人に結構、酷いことをしましたから」
とくに百足にたいしては。
一緒に暮したりなんかすれば、恨みを晴らすために命を狙われるかもしれない。
「いやぁ。私は気にしていないと思うよ? 押花は、私と同じように、目的さえ達成できればそれでいいって性格だし。残りも二人も、腐っても忍者なんだから。和解した相手を恨んだりはしないさ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ。それとも何か? 守宮君は家族が増えるのは嫌かい?」
「いえ、嫌じゃないです。むしろ、賑やかになるのは望むところで……。そうですね、家族が増えたって考えればいいんですね」
前向きに考える守。
そもそも、家族でわいわい生活するのは、昔からの守の夢なのだ。
しかも、妹(一重)までいるのだから、遺恨さえなければ、文句はない。
「じゃあ、家本さん。前までと違うっていうのは、この家に住む人数のことですか?」
「おや、守宮君にしてはするどい。その通りだよ。今は、この家にたくさん住んでいる。それも、それぞれが個人として。そして、一重の力は住みついた家の家族に幸せを与えることだ」
「えっと……?」
表花の言っていることが、いまいち理解できない守。
「まあ、わかりやすく言えば、家族ではない大勢の人が一緒に住むことで、一重の力の恩恵が分散されるだろうって話。だから、ここに住んでも私の会社への影響は、少なくて済むだろう」
「分散されるんですか……?」
「程度はわからないけど、おそらくされるだろうね。守宮君は、残念かい?」
「いえ?」
まったく気にした様子もなく、きょとんした顔で守は否定する。
それを見て、表花はこらえきれずに笑い出す。
「はははっ、君は本当に欲がないね」
「え? 欲はありますよ? 可愛い女の子と一緒に暮らしたいっていう欲が!」
「なるほど。価値観のベクトルが違うということだね。特にうちの本家なんかとは」
「えっ!? 家本さんとこの家の人は、可愛い女の子と一緒に暮らしたいって欲はないんですか!?」
そんな馬鹿な、と鼻息を荒くする守。
「それは違――いや、そうだったのかもしれないね。本家の人らは一重を、可愛い女の子ではなく、ただの利益を生むだけのものだと考えてたんだろう」
「それは人じゃない、いや、男じゃないですね。まったく……可愛い女の子と同棲するなんて、男の夢だっていうのに」
「いやいや。女だって、可愛い女の子と同棲したいと思うさ。私とか、押花とか」
「河――押花さんも?」
「ああ。必死に隠しているようだが、あの子は一重にベタ惚れだよ。たぶん、自由だなんだっていうのは建前で、ただ一緒に暮らしたいだけなのさ。守宮君と一緒でね」
「なるほど。だから家本さんは、押花さんに一緒に住むよう提案したんですね」
納得だ、と守はうんうんと頷く。
「まあ、そういう一面もある」
「一面?」
「家出の際には、付き合わせるわけにはいかないと置いてきたんだけどね。まさか、あの子まで家を出ているとは思わなかったんだ」
「……?」
「つまり。私としては、妹は多いに越したことはない、ってことだよ」
表花にしては珍しく、少し照れたように言った。
「……シスコンなんですね」
「君に言われたくは、ないけどね――っと、守宮君。そのみかんは届けなくてもいいのかい? どうせ、一重にでもパシられたんだろう?」
「あっ、そうだった! ヤバい、一重ちゃんに怒られるかも」
はあ、と守はため息をつく。
「じゃ、僕、行きますね」
「ああ。……そうだ、守宮君」
「はい?」
「これから、改めてよろしくね」
「はいっ!」
元気な返事をして表花と別れ、守は座敷牢のある部屋へと戻った。
「守さん、遅いです……」
予想通り。部屋に戻ると、一重が恨みがましい目で守を見た。
文句を言うのなら、自分で取りに行ってほしいものだが……一重は座敷牢の中にいるので仕方がないのかもしれない。……いや、出ようと思えば出られるはずなのだから、自分で取りにいかないのはただの怠慢か。
「ごめんごめん」
謝罪をしながら、守は檻の中にみかんを差し出す。
「一葉、とってきてー」
「はい、姉さん……」
何故か檻の中にいる一葉に、みかんを受け取らせる一重。
……これは、言い訳のしようがない怠慢である。
まあでも、何の要求もしてこなかった頃に比べれば、良い変化なのだろう。
ていうか、一葉が勇気を出して。一重に姉弟として接し始めた途端にこれである。
必要以上に弟をこき使っているのは、一重の持つ姉のイメージが間違っているのか、それとも姉という立場を主張したいからか。
ただ、忍体質である一葉は、まったく気にしていないようだが。
「皮剥いて」
「はい」
「食べさせて」
「はい」
……さすがにこれはやりすぎである。
双方の教育上、こういうのはあまりよくないので、そのうち直さないといけないだろう。
まあ、今だけは、好きに姉と弟をさせていればいい。
守はそう思って、炬燵に戻り二人を眺めていると
「――おっす、守。あけおめ!」
いつの間に家にあがったのか、智樹が部屋に入って来た。
「智樹……あけおめって言うの今年に入って何回目? あけおめは、正月の万能挨拶じゃないんだよ? はやく、おめでたい頭からあけなよ。ね?」
「いや、そんな諭すように言われても……って、炬燵空いてねぇな。守、横詰めろ」
ぐい、っと守を横に押しやって、炬燵に入る智樹。
「智樹は無駄にでかいからきついんだけど……」
「文句言うなよ、俺だってきつい」
「だったら、その辺で立ってればいいじゃん」
「まあ、そうつれないこと言うなって」
智樹はそう言って、守の肩を抱く。
「つか、男同士がくっついてるの見ると、普通に気持ち悪いっすね」
うへぇ、と顔をしかめる蚰蜒。
「き、気持ち悪くねぇよ! なぁ、守!」
「いや、僕は普通に気持ち悪いよ?」
「ひでぇ!!」
智樹が抗議をしていると、再度、部屋の戸が開く。
「――おやおや。なんだか騒がしいね」
「……おね――表花」
うっかりまた、表花のことをお姉ちゃんと言いそうになる押花。
「ねえ、智樹。今の……」
「ああ、お姉ちゃんって言おうとしたな」
ヒソヒソと話す守と智樹。
「う、うるさいですよ!? 姉のことをお姉ちゃんと呼んで何が悪いんですかぁ!?」
とうとう開き直ったのか、押花はそう声を荒げる。
「いえ、いいと思いますよ。お姉ちゃん」
「ああ、良い響きだよな、お姉ちゃん」
「ぐっ……ちょっと表に出なさい!」
「だってさ。ゴー智樹」
「え、ちょ、俺だけ!? おい、守!? まもっ――アッー!」
守に押し出された智樹は、押花によって部屋の外へと連行される。
それを見送っていた蚰蜒が
「あ、姐さん。押花さんが帰ってきたら、炬燵の場所が足りなくなるっすから、俺が姐さんの隣に座りますね」
と提案する。
「嫌だ」
百足はそれを即答で断る。
しかし。
「いいじゃないっすか。減るもんじゃないし」
「私の我慢ゲージが、減る」
「おっぱいが減らないならいいじゃないっすか――って、おっぱいはそれ以上減らないか」
「ぶちっ……殺す」
「ちょっ、我慢ゲージ減るの早すぎ!?」
百足による、蚰蜒の私刑が始まる。
その横で、まったりとくつろいでいる表花。
「人が多いと、賑やかだねぇ」
「いえ、家本さん。これは賑やかなのではなく騒々しいんだと思いますけど」
「なんにせよ、いいじゃない。賑やかな正月ってのも楽しいもんだ」
「そう、ですね……」
これまでの人生で、賑やかな正月を経験したことのない守が、しみじみと呟いた。
「――ま、守さん」
呼ばれて振り返る守。
檻の中で、一重が手招きをしていた。
「一重ちゃん? 何? またみかん?」
「いえ、そうじゃないですけど……」
なんだかはっきりしない様子の一重。
ともかく、守は一重の元へ近寄ってみる。
よく見れば、みかんを受け取るときには炬燵から一歩も動かなかった一重が、外へ出て、そして檻の近くにまで移動していた。それに、さっきまでべったりだった一葉も、今は少し離れた位置からむくれた顔で見ている。
「えっと、どうしたの?」
檻のそばまで言って、用を聞く。
「あの、耳、貸してください」
「うん……?」
首をかしげつつも、一重に言われたとおり、檻の近くに耳を寄せる守。
そこへ一重も顔を寄せる。
そして。
「……ありがとう、お、お兄ちゃん!」
一重は顔を真っ赤にさせて、守の耳元でそう囁いた。
「――――――っ!!」
目を見開き、鼻の穴を広げ、口の両端を釣り上げる守。
つまり、非常に興奮した表情になった。
「か、家族として、当然なことをしたまでだよ、一重ちゃん! そう家族として! お兄ちゃんとして! だから、もっともっとお兄ちゃんって呼んで!」
顔を檻に押し付けながら、守は必死に懇願する。
「ひっ!」
その必死な表情に怯える一重。
そこへ、異常を察した一葉が駆けつける。
「姉さんから、離れてください変態!」
「いや、お姉ちゃんじゃなくて妹にだねぇ……うへへ」
「気持ち悪っ!?」
「おいこら、守っ! 俺をスケープゴートに使ってんじゃねぇぞ!? 次はお前がボコられる番だからな!!」
「森井さん。まだ折檻は終わってませんよ? 逃げないでくださいねぇ」
「私は巨乳私は巨乳私は巨乳」
「それはダウトっす!! ――って、姐さん!? いくら愛の鞭とはいえ、それは、あっ、いっ、ひぎぃいぃいぃぃぃ!!」
「あっはっはっはー。賑やか賑やかー」
「一葉、助けてっ……」
「変態が体を変態させながら檻の隙間を通ろうとしてる!? 表花様、助けてっ!」
「一重ちゃあぁん、お兄ちゃんだよぉおぉ」
「ぎゃあぁあぁあぁぁ!!」
悲鳴や怒号が飛び交って、笑い声がこだまする。
もし近所に家があったら、苦情必至の大盛況。
それでも、これで守の長年の夢は叶ったのだろう。
この家を……大きな家を手に入れたことで、賑やかな家族ができたのだから。
万人の望む幸せの形とは、きっと違うのだろうけれど。
それでも、守は幸せなのだろう。
――たぶんきっとおそらく、願わくば天国にいるおばあちゃん。
あけおめっ。守です。
年があけ、我が家に家族が増えました。
やったね!
というわけなので。本年もどうか、家族ともども、見守っていてください。
追伸。
たとえ地獄でもおばあちゃんならなんとかなると思うので頑張って!
ホームはローンで!? 野住 @nozumi
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