世界が嫌いな少女の憂鬱

唯希 響 - yuiki kyou -

世界が嫌いな少女の憂鬱


 あたしは、桜が嫌いだ。


 毎年毎年、咲き誇るだけで崇められて、その木の下はいつだって賑やかでうるさくて、今年も綺麗だねって、本当に馬鹿みたいだ。どうせすぐに雨に打たれて、風に吹かれて無残に散ってなくなるっていうのに。

 でもそれも風情があるとか、散ってこそ美しいとか、失くならないものはないとか、そんな都合のいいことばかり、みんな口を揃えていう。

 本当にアホらしい。みんな現実から目を背けているだけだ。失ったものは取り戻せないし、去年の花びらと今年の花びらは別の命だ。其処ら辺に生えてるタンポポだって、春に咲く色を持った花という意味では同じようなものなのに、何故かみんな桜ばっかり見る。

 もし、失くすことが美徳とするなら、絶える命すらも崇めなければいけないじゃないか。だったら今すぐみんな死んでしまえばいい。死んでこそ人は美しいね、って笑顔で狂ったように宣えばいい。

 だからあたしは桜が綺麗だとは思わないし、散ってこそ美しいなんてもってのほかだ。


 そんな忌まわしい物の名前を、親はあたしにつけた。


 あたしが生まれた時、病院の庭には桜が満開だったらしい。その華やかな桜に見とれて親がつけた名前が桜が華やかに咲くと書いて桜華。「さか」と読む。

 本当に変な名前だと自分でも思う。

 さいかとか、さやか、とか女の子らしい名前から、真ん中の一文字を抜いているみたいだ。だからなのかはわからないけど、どうやらあたしの人生は、大事なものがそれこそ桜の花びらみたいに色々抜け落ちてような気がした。

 笑顔とか、優しさとか、

 ……友達とか。






 あたしにはたった一人だけ、友達がいた。

 桜とかいて単純にさくらと読む名前。読み間違えられられないからちょっと羨ましい。

 桜は背中まである黒髪を低い位置で結いてツインテールにしている。ピアスも空いてないし、化粧もしないし、言うならば素朴な女の子だった。でも、授業態度だけは最悪だった。厳密に言えば、授業態度が悪いわけではなく、授業に出ることがまずなかった。

 あたしたちの通っている高校は、高校にしては珍しく大学みたいな単位制の学校で、全部の授業が移動教室のようなものだったので、あたしはついつい、サボり気味になってしまっていた。クラスが無いなら友達がいなくてもやっていけるだろう、という甘い考えで入学したのが悪かったのか、私は晴れて入学早々不良に成り下がっていた。しかし、桜はそんなあたし以上に授業に出ていなかった。


 そんなあたしたちが出会ったのは、皮肉にも学校の敷地内にある大きな桜の樹の下。

 ゴールデンウィーク開けで倦怠感から抜け出せず、しかも天気が良かったので自主的学級閉鎖を行っていたあたしは、やることもなく静まり返る学校を徘徊していた。校舎の外でふらふらしながら、その桜の樹に近づくと異変に気付く。


 ——女の子が一人、桜の樹の根元に寄りかかり寝息を立てていた。


 制服の上着を脱ぎ、それをブランケットのように自分の腰から下に掛けている。Yシャツのボタンが第二ボタンまで外れていて、まるで自分の家でくつろいでいるような格好。

 確かに、春の陽気で暖かくて、この樹の根元は普通にいれば道からは見えないぐらいには死角になっているし、あたしもその少女に気付いたのも奇跡みたいなものだったけど、それにしたってさすがに油断しすぎだろう。目のやり場に困る。しかし、何故か意識は彼女に吸い寄せられ、 私はただその光景を眺めていた。


 月並みな言い方だけど、その彼女の姿は、美しかった。

 「顔が」とか「姿が」とかだけじゃなくて、なんとなく雰囲気とか、彼女の周りの空気感とか、全てひっくるめて美しかった。木に背中を預けるその姿は、まるでその木に宿る精霊なんじゃないかと思う程の神々しさすら感じられた。そんなことは絶対にないのに。

 制服のリボンの色から察するにあたしと同じ一年生のようだ。

 無意識に近づいていくと、足元に注意が行かず、地面に落ちていた大きな木の枝を踏んでしまった。それにより『パキっ!』っと大きな音が周囲に鳴り響く。


 その音で彼女は目を覚まし、あたしの存在に気づく。


「ふぇ……?」

 寝ぼけたままそんな間抜けな声をだす彼女。うん……ちょっと可愛い。

 ……じゃなくて! 

 明らかに寝ている自分に近づいてきていたあたしの姿に驚いたようだ。見ようによっては寝込みを襲おうとしたように見えたかもしれない。

 ちなみにあたしにその気は断じてない。

「なん……ですか……?」

 恐る恐る、突如現れた不審者Aである、あたしに尋ねる彼女。

 そこでやっと気づいたけれどあたしと彼女の距離はもう数歩近づけば手が触れられる距離まで来ていた。こんな状況、どう考えても恐怖だと思う。

「…………あ、いや……、その……」

 あたしは気が動転して言葉に詰まる。しかし、この状況で黙っていてはあたしが本当に良からぬことをしていたみたいだし、向こうも不安に狩られてしまう。なにか、なにか話さなければ。

「そこ、寝心地いいですか……?」

 咄嗟に私の口から出たのはそんなセリフだった。なんだよ、寝心地って。

「え……? ま、まあ……? 寝てみます……?」

 しかし、少女の方も寝起きで混乱していたらしく、目をチカチカさせながら私との会話に応じる。

「あ……、じゃあ……、せっかくなので……」

 何であたしたちはそんなに混乱してたのか。

 まぁ見ての通り2人とも正常な判断が全くできていなかった。応じてしまったので今さら後には引けずそのまま樹に近づき、背を預けた。







 目が覚めたのはお昼頃だった。

 その子が言う通り寝心地はすこぶる良かったらしく私は情けなくもすぐに眠りに落ちてしまっていたようだ。

 意識が戻ってくると、隣でさっきの女の子が食堂で買ってきたのであろうメロンパンにかぶりついていることに気づく。

「おはよー」

 彼女に話しかけられる。その声は落ち着きを取り戻していて、向こうも自分が同級生だと気付いたのかタメ語で話しかけてくる。あれからもう1時間以上は過ぎていた。

「お、おはよう……」

「私、あなたと同じ一年生の小宮 桜。授業サボって、何してたの?」

「うーん…………寝てた……?」

 何も考えず、言葉を返すあたし。っていうかやるべきことである授業をサボっていたわけなので、何をしていたもない。

「あはは、そんなの見てればわかるよ」

 そう言いながら彼女が笑う。その笑顔はとても無邪気で曇りがなかった。

「……あ、君の名前」

 彼女が思い出したように私に向かってきく。

「あたし?」

「うん、なんてゆーの?」

「あたしは、…………堂上」

「名前は?」

「……さか」

 あまり答えたくはなかったが、隠すのもおかしいので白状する。

「さか……? 珍しい名前だねー、なんて書くの?」

「花の桜に華やか……」

「桜!!!! 私と一緒だ!」

 興奮した様子で桜は声を上げる。

「そう、だね」

 桜なんて、別に名前に使われるのが珍しいものでもないはずなのに、桜はなぜかそこに運命じみたこと感じていたようだ。

「っていうか桜の下で桜の2人が寝てたってなんかおかしいね」

「……そうだね」

 そんな笑うほどおかしくはないだろうが、桜の顔を見ていると無意識のうちに同意してしまっていた。


 それから、自然に桜とはその桜の樹の下で一緒に授業をサボるようになった。

 でも特段、友情を深めるとか、なんかそんな感じではなかった。



 気まぐれで一緒にいて、気まぐれで一緒にいなくて、


 一緒に居ることにも、一緒に居ないことにも、対して理由がなかった。



 果たしてそれは友達と言えるのかも怪しかったけど。

 まあでも、その関係性があたしには過ごしやすくて嬉しかった。

 友人なんて、存在していて嬉しかったことなんていままであまりなかったから。



「桜華ちゃん、どっかに行こう」

 いつも頭上にある桜が全部散ってしばらくたって、緑の葉っぱが生い茂った樹が殺人的な直射日光からあたしたちを守ってくれる時期になったある日、桜が突然そんなことを言いだした。ちなみに真夏日でもその大きな樹の下はかなり過ごしやすかった。

「なにその具体性のない提案」

 スマートフォンのディスプレイに表示されているパズルを指先でなぞりながら、あたしは桜の言葉を適当に受け流そうとする。

「どこでもいいんだよー、なんかここじゃないどこかに行きたいのー」

「どこか、ねえ……」

 ディスプレイに『TIME UP』の文字が表示されパズルを強制終了させられる。桜が突然変なこと言うから残された最後の一個であったハート一個無駄に消費してしまった。無課金主義であるあたしはもう時間を立つのをまたないと再びプレイできない。しょうがないので顔を上げて桜の方を向く。もちろん人間の方の。

「具体的にはどんな?」

「うーん、海とか……?」

「日に焼けるから嫌」

「毎日のように外にいるのに今更なに言ってんの?」

 ……だって校内には居場所がないのだもの、しょうがないでしょ。それに外とは言ってもここは日陰だし、風があって過ごしやすいし。本格的に暑くなって来たら多分食堂あたりに逃げるようになると思うけど。

「とにかく、却下」

「えー、じゃー山」

「怠いから却下」

 なぜこんなアホみたいに暑い時期に、登山ハイキングなどしないといかんのだ。それにクマとか出てきたら困るし、いやそんなこと微塵も思ってないけど。

「言うと思ったー。どこでも怠いんでしょ」

「まあ、そうかも」

「でもどっか行きたいよーせっかく夏なんだしー」

 どうやら桜の頭の中はもう既に夏休みらしい。まだ7月にもなってないというのに、めでたい奴だ。きっと中間テストもすっぽかすんだろうな。

 ちなみにあたしはテストぐらいちゃんと出る予定だ。少なくとも進級はしたい。いったいどれくらいサボったら来年2年生になれなくなるのか、そろそろ把握しとかなきゃやばいなぁ。

 別に、桜がそんなに言うなら付き合ってもいいのだけど、すでに上がっている2つには絶対行きたくない。人がたくさんいるところにも、獣がたくさんいるところにも行きたくはない。

「うーん、じゃー……平日の水族館、とか」

 うーん。

「悪くはない」

 きっとこの時期だから冷房も効いているだろうし、平日ならそれなりに人が少ないだろうし、薄暗いから落ち着くだろうし、海の生き物ならそこまで鳴かないから静かだろうし、……って思ってから、水族館に勤めている人にすごく怒られそうだと思って、思考をストップさせる。

 いやでも入場料の売り上げに貢献しているからいいじゃん。

 ああ、思考は止まっていなかった。ごめん、水族館の人。

「じゃあ明日行こう!!」

「———はい?」

 いくらなんでも急ではないか。

「別にいつ行っても変わんないでしょ? それに早く行かないと夏休みになって混んできちゃうよ?」

 …………一理ある。それに中間テストに差し掛かってしまっても厄介だ。自分でもよくわからないまま納得してしまった。

「じゃあ、行くかー」

「やったー!」





 時間は飛んで翌日。

 地元から50分ほど掛かる、都内にあるその水族館の最寄の駅で桜と待ち合わせた。

 現在時刻は10時。早い方が人も少ないという、桜の提案により決まった集合時間だが、肝心の桜の姿はない。スマホで連絡を取ろうとするが、トーク機能がついたアプリケーションによって送信されたあたしのメッセージは既読すらされない。


 …………寝てるな、こりゃ。

 初めての桜との外出だが、普段の彼女を見ていて、あの子が時間にルーズじゃないわけがなかった。分かりきっていたのに対策をしなかった昨日のあたしに文句を言いたい。

 とにかく時間を潰そうと、駅に隣接されているカフェに入る。混んでるとも空いているとも言い難い店内で、適当な空席を見つけソファーにカバンを置き自分の所有権を主張した後、カウンターへ注文をしに行く。自分の家で作ったら5分の1ぐらいの値段で作成できそうなアイスカフェオレを注文し、店員さんから受け取って席に戻る。


 席に着いた瞬間スマホが震える。

 桜からのメッセージだった。

『今起きた』

 予想通りの内容を見て、ため息をつく。

『あと一時間で着く』

 間髪入れずに追撃メッセージを受信する。また無意識にため息をついてしまった。

『わかった、急げ』とだけ返信し、桜が来るまでの間、カバンから文庫本を取り出し読むことにした。

 ……一時間後、物語の主人公がヒロインから浮気を疑われて、デパートの屋上から自ら飛び降りて投身自殺を試みたあたりで『もうすぐつく』という連絡をスマホが受信し、間も無く桜が到着した。

「えへへ……ごめーん」

 初めて見る桜の私服姿はいうならば素朴だった。良くも悪くも目立たないような、落ち着いた格好をしていた。っていうか。

「あんた、メガネなんだ」

 桜の顔には、普段は見受けられない黒縁のメガネが装備されていた。

「うん。普段はコンタクトなんだけど、今日は時間なかったし、まあいいかなって」

 いつもコンタクトで居眠りしてたのか。瞳の裏に張り付くぞ。

「あんたが決めた時間でしょーが、しっかりしなさいよ」

「ごめんごめんー、いこー」

 カフェオレが入っていた氷が溶け切ったグラスをお店に返却し、対して反省していない様子の桜に着いていく。駅から少し歩いただけで、日本で一番高い建物の根元に位置するその水族館にたどり着く。比較的新しい場所だが、さすが平日の午前、人があまりいない。

 チケットカウンターで入場券を買い、館内へ入ると青い照明が光る薄暗い空間が広がる。疑問に思ってたんだけどなんで水族館ってどこも青い照明なんだろう。考えた矢先に別にどうでもいいと結論付ける。

 とりあえず私たちは所々にある案内に従い水族館に推奨されている順路通りに進むことにする。とは言ってもほとんど目を輝かせている桜について行っているだけなのだが。

 期待通り、館内は静かで空調がよく効いている。あー、一日中ここで涼んでいたい……。

 ちょこまか動き回っていた桜が、ある水槽の前で突然立ち止まる。

「どうしたの?」

 近づくとそれはクラゲの水槽だった。

「クラゲだよー」

 いや、それは見ればわかるけどさ。

「綺麗だねー……」

「……そうねー」

 そんなあたしの適当な相槌も気にせず、桜はクラゲに夢中になっている。水でできた檻の中にはコンビニで500円で売ってる透明な傘を小型化したような不思議な生物が浮遊している。

 普段あまり見る機会がないので、こんなに近くでまじまじと見たのは初めてかもしれない。

「こいつ、何考えてんだろうねー」

「はあ?」

「いやだからさ、何を考えてこんなふわふわずっと同じように漂ってるんだろうなーって」

「……別に何も考えちゃないでしょ」

 その体は透明で、隅々まで視覚的に把握できる。

 我々が持ち合わせている、脳のようなものは見受けられない。だからあたしはそんな結論を出したが、桜は納得がいかないらしい。

「えー、きっとなんか考えてるよー、ほら、眠いなーとか、腹減ったなーとか、怠いなーとか」

 それぐらいは考えてるかもしれないが、あるいは。

「……私たち人間って、この子達からどう見えているんだろうね」

「さあ……」

 まさか入館者を一瞥し、うわぁ、猿が歩いて喋ってるぞ……なんて思っているようにも見えない。しかし、檻の内側から人間を見るということは、一体どんな感情なのだろうか。憎しみ、怒り、あるいは、親しみ。……なんて人間のあたしが考えても分かるわけがないか。



「……私たちは今、檻の外にいるんだよね」



「……え?」

 いきなりの桜のその呟きは、いつも能天気な彼女にはめずらしく少し憂いを帯びてるように感じた。

「今、私たちは学校っていう檻の中に行っているはずなのにね」

 少し、乾いたような笑いをしながら、そんなことをいう。

「悪いこと、なのかなあ」

「……まあどっちかってと、そうなんでしょ」

 すこし悩んだ後、あたしの口からはそんな返答が発せられる。

「うーん……ごめんね?」

「いやいや、別に誘われなくても授業には出てないし、それに檻の中は退屈だし、居場所もないし、……なにより悪いことだからあたしがここにいることを選んでいるわけじゃない」

「そうだね、…………そうかも」

 そういい笑う彼女。その笑いは、クラゲのように透明に透き通って輝いていた。

 もう一度水槽を見る。水槽が生み出している水流に身を任せ常に移動し続けるクラゲが、心なしかあたしたちを見つめている気がした。

 そんなわけ、ないはずなのに。


 その後も、二人で自由気ままに、……いや自由気ままなのは常に桜だったが、水族館を回った。ペンギン、サメ、カメ、アザラシ、イルカ。水槽の中を漂う彼らを見つめている桜の顔をあたしは何度も盗み見したのだろうか。

 2時間ほど回って、桜が「眠いから帰ろう」といいだして、その自由さにため息しか出なかったが、入場者も増えてきて頃合いだったし、賛成をして水族館を出る。

 そのまま駅まで特に会話もなく2人で並んで歩き、同じ電車に乗り、お互いがそれぞれ自宅へ帰るための分かれ道である駅まで来た。少しだけ、たわいもない会話を興じ、14時50分、駅のホームでそれぞれ逆方向へ向かって走る電車に乗り込むために電車を待つ。

 桜の乗ることになる電車が間もなく到着することを告げるあらかじめ録音されている無機質なアナウンスがホームに響いている。

「んじゃーね!」

「うん、じゃあね、桜」




































 ————目の前で桜が死んだ。
















 
















 いやあたしは医者でもなんでもないしその体に触れてすらいないから本当に桜の生命活動が止まったのかなんてわからないんだけどでもそれは何の疑いもなく死の光景であったあたしの降った手は奇しくも永遠の別れに対する物に成り下がった事態は飲み込めなかったまず見えたのは桜が飛び散った光景そこから頭の中で時間を逆再生して原因を探るよっぱらいだ多分体がフラフラしていたし如何にも世捨て人みたいな男が体のバランス感を著しく失くしながら歩いていたところまで思いだしたそれからどうしたそのままあたしが降った手が地球の重力に抗うこともなく下がると同時にその男は桜にぶつかった間が悪かったらしく突然の衝撃に対処できなかった桜はその小柄な体を飛ばした飛んでった線路にむかって電車に向かって飛んで行ったでもとんでいった綺麗なフォームでホームに現れた鉄の塊に綺麗にレシーブされて綺麗に飛んで行った桜は見知らぬ人にぶち当たるそのまま3人2人4人具体的な人数は把握しきれないしきれないけどわからないけど何人かの人間を巻き込んでその事件が幕を下ろしたでも時間は止まらなかった止まって欲しかったホームは悲鳴であふれたかもしれないし静寂が包んだかもしれないし別に興味はないけどそのまま警察とか救助隊とかそういう類であろう人たちがノロノロと現れてそれぞれ自分の給料のために仕事を始めたあたしは立ち尽くしていた涙とかなんかそういうものはよくわからないけど汗しか出てなかったと思うずっとそのホームから発車されるはずの電車は動かなかったしばらくして動いた片付けが済んだらしいずっとみていたはずなのにその過程が頭に入らなかった知らぬ間にホームは綺麗になっていた綺麗にそういえば酔っ払いは黒い服を来た国家権力に連れて行かれた気がするどこへ行ったのだろういつまでたってもあたしはそこにいたいくらなんでもいつまでたってもというのは嘘だけど次の日には家に帰ったけどでもいつまでもそこにいた何時間ぐらい経ったかわからないけど5時間後ぐらいにはそのホームで何が起きたのか知らない人たちで埋め尽くされた時間になっても知っているあたしはそこからそこにいたでも全員が知らないわけでもなさそうだった時代は便利でネットで拡散された情報でその場に居合わせなくてもその事件が気軽に体験できるらしいそういう人たちが夜になると増えてきた気がするいや気がするだけだから気のせいかもしれないけど気のせいなんだけど水族館に行った2人でいったあたしはまだ帰っていない彼女も帰っていないなんなんだなんだこれわからない悪いのは酔っ払いだって気づいた夜は23時の時刻だったホームにある時計に表示されていたまるで主犯のその男のように平均感を欠かしてあたしは歩き出した終電がなくなったらしい電車が途切れた駅の深夜のホームの駅で座って明日にならないとこない電車を待ったいつまでたってもこない電車にしびれを切らしあたしはスマホを取り出した着信の履歴はすごかったでもなんだか興味がわかなくて電源を切った時刻がわからなくなったでもホームの時計でわかったやっと電車が来た帰宅したら親に何か怒鳴られた気がしたけど別に興味がなかった部屋に戻り鍵をかけて寝た狂ったように寝続けたそれが別に比喩でもなんでもないことに気づいたけど、寝た。









 




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 あたしは多分3ヶ月ぐらい、学校へ行かなかった。

 それが過ぎたら毎日学校へ通った。相変わらず授業は出なかったけど

 事件を知った色んな人に色んなことを聞かれたけど、全部正直に答えた。


 ふと思い立って久々に訪れたその樹には一つも葉は残っていなくて、死んでるみたいだった。

 亡骸のように、命を宿さないそれはずっと立っていた。




 桜と一緒にこの樹も死んだのだ。




「よかった」



 あたしは、無意識に呟いていた。それが口を突いて出たのか、それとも意識の中なのかはわからないけど。多分笑っていた。口角が上がっているのを自分の頬の感覚でわかった。

 首を吊るならこの樹がちょうどいいかもしれない。

「……面白い冗談」

 本当に面白い冗談だ。

 本当に死ねる勇気があるなら、それも良かったのかもしれないけど。


 それからあたしは何もしなかった。


 朝起きて、制服に着替えて、玄関のドアを開けて、学校へ来て、そしてこの樹に背中を預けた。

 ただ、それの繰り返し。

 ここ以外の場所にいるとすぐに他人に見つかって、かわいそうな目を向けられて、それがすごく嫌だったから。同じ理由で家にも篭りたくなかった。心配なんかされても全く何も変わらない。



 ああ、あのクラゲのようにただただ漂っていたい。

 こいつは何も考えていないんだろうな、こいつは何も感じないんだろうなって決めつけられたい。



 ——ああ、それ、幸せだな。




 またあたしは笑った。


 檻の外に出たくてこの樹にいたつもりなのに、いつの間にかこの樹があたしの檻になっていた。でもそれでも別にもう、よかった。

 お腹が空いたら何か適当なものを食べて。トイレに行きたくなったら誰にも見つからないように向かって、排泄して。

 その暮らしは幸せだった。



 檻の中の動物たちは、こんな幸せを感じているのかもしれない。

 この世に産み落とされて、そしてそれでも何も考えなくてすむなら、そのほうが幸せなんだと思う。


 いつまでも、いつまでもそんな暮らしをあたしは繰り返した。









 ……繰り返したかったのに、その樹は、あたしを裏切った。











 ふざけている。





 ——また花を咲かせるなんてふざけている。



 あの子は死んだんだ。生き返らない。

 なのに、のうのうとこの樹はまた春に色づく。

 ……誰かが言っていた。『散ってこそ美しい』って。

 ふざけている。


 信じていたのに。

 あたしはまた拠り所をなくしてしまう。




 あなたは死んだのになんでまた桜は咲くの。



 理不尽だった。不条理だった。酷い冗談だ。

 桜は死んだ。だからこの桜も死んでほしかった。

 何も考えないようにしていたのに、その光景に全てを叩きつけられた。


 あの子も赤く、散ったから美しいんだ。ってそう言われている気がした。

 嫌だ。嫌だった。

 嫌いな名前だったのに、あなたに呼ばれる時だけは、嫌な気がしなかった。

 それどころか、また呼んでほしかった。

 その桜が華やかに咲くことによってあなたが死んだのに、

 まだ世界が、『あたし』の世界が続いていることに気づいてしまった。嫌だ。嫌だった。






 再び見上げる、一面のピンク色。



 そこには疑いようもなく、この世で一番優しい色と景色が広がっている。






 また1人、誰かがその樹の下で足を止めた。


 今までそんなことしなかったくせに。

 綺麗だねって、みんな口を揃えて、バカみたいに。


 今まで、夏も秋も冬も、そんなこと、しなかったくせに。


 確かに綺麗で。

 綺麗で、綺麗で、綺麗で綺麗で綺麗で、そして、美しかった。



 綺麗で、美しくて、輝いていた。




 その絶景が、残酷だった。




 なんで、また咲くの。あの子は、戻ってこないのに。

 ふざけないで。


 ……ふざけないで。



 







 ふざけないで。







 











 それから間も無く、嵐が来た。


 久々に胸が躍った。またあたしは幸せになれる気がした。



 ひとつ残らず、散ってしまえばいい。

 桜なんか、大嫌いだ。

 だからさっさと消えてしまえばいい。



 満開から、間も無くきたその嵐にテレビは憂いていた。

 その残念がる顔が、すごく薄っぺらくみえた。まるで事前に録音された音声を毎年同じように流してるみたいに「残念ですねえ、」とそのスーツを着た男は話している。



 去年とまったく同じように。










 翌日、雲ひとつない快晴。あたしは樹を見に行った。




 予想通り、ひとつ残らず花びらは散っていた。

















 ————————いや、残っていた。













 微かに、一片。

 ピンク色の花びらが、風に、そして運命に争うように樹にしがみついていた。


「はやく、落ちろ」


 低い声で、呟いた。久しぶりに声を出した気がした。






 すると、あたしのその声に従うように、その最後の一枚は、樹から落ちてきた。

 



 立ち尽くし、そのまま見届ける。




 早く地面に落ちて消えてしまえ。





 はやく、はやく、はやく。


 










 早く。


















 でも、その花びらは地面に落ちることはなく、















 ————あたしの肩にそっと乗った。

















「——————っッ………!!」













 ————大好きだった。






 ただ、大好きだった。




 それだけ、だったのに。










「ぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」






 信じられないほどの量の涙が落ちる。堪えられない。あたしはうずくまる。





 わかっていた、そんなこと。

 誰も悪くないことぐらい、わかっていた。








 一緒にいることにも、一緒にいないことにも理由はなかった。




 ——だから一緒にいれない理由がある、今がとても苦しかった。







 いじけていただけだった。

 桜は、いつもそこで咲いているだけだった。


 自分の肩に乗った花びらを摘んでみる。

 近くで見るそれは、思ったよりも、綺麗とは言えなかった。

 確かにピンク色に染まっている、でも綺麗なのはその花びらではなかった。

 思ったより薄汚れていて、思ったより色がまだらで、思ったよりも小さかった。


 なんでこんなものが、あんなに綺麗に見えていたんだろうか。







 来年も、再来年も、その先も、ずっと、


 多分こうして、何度でも、あなたは、咲くんだろう。


 『散ってこそ、美しい』なんて、なんにもわかってない馬鹿どもに


 何度も、何度も、崇められ、見つめられ、あなたは生きて行く。


 きっと、桜が死んだ今でも、いつか、あたしが死んだ後でも、


 何も変わらず、変わることも許されず、あなたはここで咲くのでしょう。








 あたしは、生きるしかないのだ。


 きっと、生きるしかないのだ。


 すごく、悲しくて、嫌なことだ。



 でも、私は知っていた。嫌なことで溢れているのが、この世界だった。



 突然、大切な友達を奪われても、あたしはこのまま変われないのだ。


 悲しみを乗り越えるものは、愛でも、救いでも、時間でもなかった。









 きっと、悲しみを乗り越えるものは、『諦め』だ。








 だから、あなたがいなくなったのも、

 ——しょうがない。



 桜が毎年、なんにも知らないような顔をして咲くのも、

 ——しょうがない。



 桜が嵐で、散ってしまうのも、

 ——しょうがない。



 世界が、理不尽なのも、

 ——しょうがない。



 あたしが、こんな世界が大っ嫌いなのも、

 ——しょうがない









 こんなにも苦しいのも、







 あなたを好きになってしまったから、


 ——しょうがないのだ。












 どうしようもなく、愛してしまったのだ。


 美しいあなたと、この美しい花の下で、出会ってしまったから、しょうがないんだ。




 諦めるしか、なかったんだ。



 















 今年も、春が、終わる。

 



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