24 Mia Eurt-駆引-

 捕虜であるニューストン竜研のテザヤルさんから、真竜の真の姿、【エウルト】については話を聞いていた。キロアのエウルト姿を二度見たことがあるし、僕自身も一度変身したことがあるから、その時体から溢れ出す魔力の量は今も体が覚えていて、少しだけ恐怖が残っている。あの魔力で僕は人を殺めてしまったのだ。同じ真竜でさえも、容易く葬り去ることが出来てしまう強大な力を持った【エウルト】の力。始祖竜アイラムとその力を分け与えられた真竜だけが持つ特別な力。僕たちを何度も助けてくれたその力が今、僕たちに牙をむいているのだ。


「各位! 竜石の干渉で応答できるものは至急応答を!」


 竜石を通じてみんなに呼びかけてみるけど、ブレスの魔力による干渉で、竜石同士の干渉による通信に支障をきたしているのか、すぐには誰も反応しなかった。数度呼びかけて、ようやく一つ返答が返ってきた。


「ヨエク? 無事かヨエク!」

「その声、スアノアさんですか!」

「ああ、警告のおかげでな。それよりもヨエク、どういう状況だ? さっきのブレスはなんだ!」


 エウルトの力を解き放ち、真の姿へと変身を遂げたザンクト・ツォルンの真竜マイア・エウルトが放ったブレスは、全方位に向けて放たれ容易く周囲の万物を焼き払った。僕は辛うじて魔力の壁を形成して持ちこたえたけど、無事とはいかなかった。


「敵のブレスです、強力な真竜がいる! 僕も負傷しました」

「程度は?」

「両手が魔力で少し焼けました、大した怪我じゃないですが、とはいえさすがにちょっと、痛みが」

「治療に戻る時間は無いだろ!」

「はい、でも、応急処置はできますし、あとは真竜に変身して堪えます。スアノアさんは上空ですよね?」

「ああ。ドーム、お前ら、船、丁度間ぐらいにいる」

「状況の整理を任せます」

「任される! あとイニがそっちに向かってるはずだ。無事を確認した方がいい」

「ありがとうございます。確認します」


 スアノアさんと一通り会話をしながら、痛みの残る手で何とかアズールの背中の竜石を操作する。ただれた指先で石に触れるのはかなりつらかったけど、泣き言は言ってられなかった。


「ヨエク、聞こえるか!」

「リベさんですか! はい聞こえます。無事でしたか」


 スアノアさんとの会話の直後、竜石の干渉で声をかけてきたのはリベさんだった。


「私もナスルも無事だけど、ごめんドジっちゃった」

「ドジって、どうしたんです!」

「深紅の真竜、どさくさに紛れて逃げたみたいでさ、見失っちゃったんだよね」


 深紅の真竜、ナイハトルことワッハ・オークニーはリベさんが相手をしていたわけだけど、多分マイアのブレスが放たれたのを見て人間に戻ったんだろう。


「あの真竜はワッハ・オークニーです」

「報告で把握してるよ。あの姿じゃそうだって確証はなかったけど」

「あの男が、この混乱を前にみすみす逃げ出すようなことは、想像しがたいです」

「捜索はしてみるよ! まぁでも、人間に戻ってたらちょっと厳しいかな」

「離脱するにしろ何にしろ、竜かエアカーには乗って移動するはずです。根気強く魔力と熱源を追うしかない」

「やつのブレスで、魔力はそこら中に充満してわかりゃしないよ!」

「それができるのが、リベさんでしょう!」

「ハイハイ、人使いの荒い隊長さんだね」

「リベさんだから、任せるんですよ」

「わかってる。任されるよ!」


 この状況下、リベさんの並外れた感覚には大いに頼るしかない。幸か不幸か、さっきのマイアのブレスで、周辺一帯を覆っていた有害な霧は晴れており、目視が可能になっている。今はリベさんを信じるしかない。

 じゃあ、僕は何をするか。上空で静かにたたずむ深緑の真竜を見ながら、僕は考えた。手に痛みはあるけど、戦えないわけじゃない。意図的に魔力を手に供給して、痛みを和らげることはできる。でも、ただ魔力を手に貯めたって、すぐに発散してしまう。効率よく、手に魔力を維持し続け怪我を和らげるには、工夫が必要だ。負傷した手でそれをやればどうなるか、何が起こるのか、なんとなく想像はついていたけど、やらないわけにはいかなかった。

 大丈夫。竜石がうまく操れなくても、今の僕なら、竜石が無くてもアズールとある程度意志の疎通ができる。状況把握はスアノアさんに任せた。

 うん、大丈夫だ。僕は自分のやるべきことをやるだけだ! 小さくうなずいた後僕はアズールに乗って、そのままアズールと共に飛び上がる。目指すはマイアの足元だ。まずはそこへ行き、可能ならキロアとリベさんと合流して、協力してマイアを止めるしかない。一発目のブレスを放った後、マイア・エウルトはすっかり大人しくなったが、それは多分沈静化したわけではないのだろう。いつ二発目のブレスを放つかわからない。その前に、マイアを止めるんだ。


「キュイ?」

「僕なら大丈夫だよ、アズール。だけどまだ終わりじゃない。もう少し力を貸してほしい」

「キュイィィ!」


 アズールはそう鳴いて僕の問いかけに応えると、マイア・エウルトのいる方へ向かって低空飛行を始めた。

 そして移動中、考えるのはワッハ・オークニーがどう動くかと言うことだった。大胆で不敵な男だ。何を狙うかわかったもんじゃないけど、あの人ならこの状況を好機と捉えて何か行動を起こすはずだ。

 なら何をするのか。この状況を好機と捉えるなら、それは何の好機なのか。勿論、ラインキルヒェン襲撃の好機だ。元々ザンクト・ツォルンが着々と進めていたライインキルヒェン襲撃の準備を、オークニー騎士団が主導権を握ることで一気に加速させ、数日でのドーム・ローレライの基地化につながったと考えるなら、ワッハは好機さえあればそれが無茶でも行動に移す可能性は大きいはずだ。マイアが逸って僕らを攻撃したことだけでローレライ撤退の決断を下すような、結論を急ぐタイプの人間ならなおさらだ。状況はわずか数分で流転した。ワッハが今再び、ラインキルヒェンを狙おうとする可能性は十二分にある。


『キロア! 聞こえますか!』

『聞こえます! ヨエク、無事でよかった!』


 竜の声での呼びかけに、キロアが応じてくれて僕はほっと息をついた。勿論、安心してばかりもいられない。事態は、深刻だ。


『マイアを、あの緑の真竜を止めなきゃいけない』

『分かってます。やるなら、無力化します』

『でもあのブレスは厄介だし、いつ何をしてくるか分からない。飛び乗って竜石で制御したいけど、きっとそれは無理だ』

『エウルトは、ヨエクがそうだったように、変身者の感情が強く表に現れます。つまりマイアにとって倒すべき敵が目の前に現れれば、狙ってくるはずです』

『となれば……やっぱり僕が行くしかないってことで!』

『援護します!』


 マイアは、仲間を討った紅蓮竜エリフ、つまりこの僕に明確な敵意を抱いている。つまり僕がエリフの姿でマイアの前に現れれば、僕を狙ってくるはずだ。リスクはあるけど、的を僕に集中させることが出来れば、拡散するブレスさえ打たせなければ、策はいくらでもある。僕が囮になれば。

 そう、炎を操る、紅の真竜が囮になれば。マイアはそれを狙いに行く――。

 その瞬間、僕ははっと気づいた。その事実に気付いているのは、キロアと僕の二人だけ、だなんて楽観的なことはあるはずないのだ! いるんだもう一人、炎を操る紅の竜に変身出来る人間が! 僕の、エリフの姿と似た真竜に変身出来る人間が! 今この場にもう一人!


「リベさん! ワッハ・オークニーは!」

「見つけてたら、とっくに遊び始めてるって!」

「奴が現れるとすれば、マイア――緑の真竜と資源エレベーターとの直線状どこか!」

「回り込む!」

「お願いします!」


 まずい、一刻を争う。ワッハより先に、僕がエリフとなって、マイアをひきつけなければいけない! リベさんとの会話を終えた後、僕は直ちに自分の全身に魔力を巡らせていく。そして魔力で自分の体を固定しながら、アズールを急上昇させていく。

 ワッハ・オークニーが考えそうなことだ。エリフとナイハトルの姿は、同じ炎を操る紅の竜として似ている方だ。いや、もちろん姿は結構違うのだけれども、力に飲み込まれ我を失っていると思われるマイア・エウルトに、二体の竜の機微な違いなどきっと見分けはつかないだろう。ナイハトルがわざとマイア・エウルトを攻撃し、自ら囮になって資源エレベーターに誘導させてセブンスとラインキルヒェンのつながりを絶とうとする可能性は、多分非常に高い。

 だから、僕が先にマイアをひきつける! この僕が、灼熱の紅蓮竜エリフが!


「うおぉぉぉっ!」


 上空まで十分に飛び上がったアズールの背中から、僕はゆっくりと飛び降りた。そして宙を舞いながら僕は自分の内側から溢れ出す魔力を、外側に向かって一気に放出した! 雷と炎が僕を取り巻き、僕の体を僕本来の姿へ――竜の姿へと作り替えていく!

 背中から生えた翼が風を切る。長く伸びた尻尾が激しく揺れる。瞬く間に皮膚を覆っていく紅の鱗が、人間としての僕の姿を覆い隠し、塗り替えていく。

 鋭い爪、鋭い牙、鋭い角。人間には生えていないそれらが、僕の内面の、抗えない闘争への意識をむき出しにしている。冷たい空気を切り裂く僕の姿は、すでに人間のそれではなくなっていた。灼熱の紅蓮竜エリフ、つまり僕はまっすぐマイア・エウルトを見据えて滑空を始めた。

 真竜となり、これで僕は同じ真竜であるキロア以外の仲間とコミュニケーションをとることはできなくなった。あとはもう、みんなを信じるしかない。特に、リベさんには。


『ヨエク! さっきより魔力が弱っています! どこか怪我でもしたんですか?』


 聞こえてきたのはキロアの声だった。ああ、キロアにはそんな些細な違いも分かってしまうのか。


『さっきのマイアのブレスで、手を少し。でも変身すればある程度痛みは和らいでいます』

『無茶をして! 不完全な変身は、身を削るんです!』

『やるしかない話を言ったのは、キロアでしょうに!』

『あなたなら、策はまだ考えられるでしょう!』

『考えた策が、これなんだから、やるしかないんですよ!』


 ああ、何だろう。どうしても最近キロアとこういう口論ばかりになってしまう。僕だって、キロアだって、お互いのために必死にやってるってことは、わかってるのに!


『だからその話は、あとなんです!』

『分かってます! ……マイアの魔力が、また上昇を始めています! それに、これは――!』

『ナイハトルの気配!』


 やはりその気配は、資源エレベーターの方角から!


『エアカーか何か、用意してたか!』

『ヨエクは、マイアの注意を!』

『任されて!』


 資源エレベーターの方角には確かに、ナイハトルの変身によって放出された魔力の光が見える。僕が先にマイアの注意を逸らせばワッハの目的は封じることが出来る。けど、それを確実にさせるためには、ワッハの姿をマイアに見せるわけにはいかないわけだ。だからこそ、あなたを信用したんですよ、リベ・エイブル!


「はっはー! あんたのゲームの相手は私だよ! ワッハ・オークニー! さあさあ! 遊ぼうか遊ぼうよ!」

『ちぃっ、【ハイダルの鷹】か!』


 ナイハトルの変身をマイア・エウルトの視線から隠すように、リベさんが、ナスルがナイハトルに襲い掛かる。そして、マイア・エウルトの注意は僕が引き付ける! 僕は魔力で火球を作り出し、マイアへと放り投げる。


『ア……赤イ竜……炎ノ竜……ノナクヲ……殺シタ奴!』


 そうだ、来るなら僕の方に来い! ローレライとラインキルヒェン、資源エレベーターのある方角を確認しながら、僕は慎重に位置取りを続ける。

 人のいるローレライにも、資源のあるラインキルヒェンにも、その資源を届ける資源エレベーターにも、被害を出すわけにはいかない。だとすれば、方角は西か東か。どっちにしたって!


『僕だけを狙え! マイア! その憎しみは、僕にだけ向けていればいい!』


 僕は手を広げていくつも火球と火柱を作り、マイアの目線から僕以外見えないように仕向けた。そのまま火球と火柱をマイアにぶつけてみるが。


『っ……弱いか、魔力が!』


 手のしびれが、残っていた。魔力を操るのに手は本当は必要ないのだけれども、より繊細なコントロールと、より強力な魔力の集中を同時に実現させるためには、人として使い慣れた手でコントロールをするのが一番なんだけれども。さっきの怪我が、影響している!


『ノナクヲ殺シタ奴! 殺シタ奴! 返セ、返セ、返セェェェ!!!』


 どうしたってマイアは僕に無茶を言う! 強い怒りと憎しみと、悲しみを帯びた声が僕の脳を直接揺らしてくる。これは、これだけでも立派な攻撃だ。それだけじゃない。マイアの口の中には魔力が充填されていき、その口は僕をしっかりと捉えていた。拡散するのが厄介なマイアのブレスだけど、その分威力は人間姿の僕でもなんとか堪えられるほどだった。だが、そのブレスがすべて集約されれば、真竜である僕だって簡単に受け止められるものじゃあない。

 だからマイアは確実にそのブレスを撃ってくる。

 だから僕は、そのブレスから逃げずに構えることにした。逃げてはだめなのだ。マイアは確実に、僕を仕留めたいのだ。ならば的は動かない方がいい。


「ヨエクくん、逃げてください! 受け止められる魔力じゃない!」

「イニ・アレン! 野暮を言うんじゃないよ! アイラムを任せられていることの意味を、考えるんだよ!」


 イニさんとリベさんの会話が聞こえてくる。

 やっぱり、リベさんはここ一番の状況を分かっている人だ。僕が考えること、僕の指示が不十分でも伝わってるし、僕の代わりに伝えてくれる。伊達に正規軍の中尉をやっちゃいないわけだ。

 そう、今この瞬間は僕らにとって好機だ。マイアが僕を葬るだけの、それほどまでの強力なブレスを放とうと思えば、時間がかかるのなんてわかりきっていたし、それは十二分な隙と言える。火柱でマイアから見て後方の視界を遮っている状態なら、そしてその火柱と自らの膨大な魔力で周囲の機微な魔力の変化の把握を阻害している状態なら、マイアには自分のそばにどれほど強大な魔力を持った真竜が近づいてきていたとしても、すぐには気づくはずはないのだ。


『キロア! イニさん! 今だぁ!』

『任されます!』


 マイアがブレスを発射しようとしたその直前、アイラムは背後からマイアにとびかかり、その首筋に強く噛み付い。


「ギャウゥゥッ!?」


 マイアは慌てて払いのけようとしたけれど、万事休すだ。始祖竜アイラムは、相手に真竜の力を与えることもできるし、相手から真竜の力を奪うこともできる。マイアは最早、真竜の姿を維持することはできないのだ。


『果たして、始祖竜の力! やはり本物か!』

『っ、ワッハ・オークニー!』


 マイアの体から魔力が霧散する様を見届ける暇もなく、騎士竜ナイハトルは僕めがけて魔力の大剣を振りかざしてきた。僕もすかさず魔力の盾で応じる。が、リベさんはどうしたんだよ!


「ワッハぁ、あんたの相手は私だろうに! 遊べよ!」

『怒れる鷹は、手に負えんな!』


 ナイハトルの後方から、ナスルに乗ったリベさんがあらわるや否や、ブレスを立て続けに放つ。ってその射線に僕がいるって言うのに、お構いなしか!


『生憎、私はまだやられるわけにはいかないのでね』

『敵の領地で、敵に囲まれて、言えるセリフですか、それは!』

『言えるのさ! 私は、オークニー騎士団長ワッハ・オークニーだからな!』


 そう叫ぶとナイハトルは、周囲の上空一面に爆炎を発生させる。一瞬の目くらましでしかないことは分かったけど、ただ、わかっていたって防ぎようはなかった。爆炎に紛れ込んでナイハトルは僕たちから遠ざかっていく。視界が開けたときにはナイハトルとの距離は開いていた。


『逃がすわけには!』

「ついてきなヨエク! 逃がせないよ!」


 僕とアズール、リベさんとナスルはすぐさまナイハトルを追いかけるけど、いくつもの爆炎に阻まれてしまい、徐々に距離を取られてしまって視認できる距離ではなくなってしまう。それでも魔力を頼りにさらにしばらく追ったけど。


「騎士団長! お逃げください!」


 行く手を阻んだのは、オークニー騎士団の騎士と思われる竜乗りと竜達だった。


「遊んでいる、場合じゃないんだよ!」


 リベさんと僕にとって彼らの迎撃をしのぎ、退けることぐらいは苦ではなかったけど。彼らの相手をしているうちにナイハトルは人間に戻ったのか、魔力を追うこともできなくなってしまい、結局まんまと逃げきられてしまった。

 僕は変身を解き、まだナイハトルの爆炎で灼けた空気の匂いが残るこの場所で、ワッハ・オークニーが逃げ去った北の方角を見つめた。心配そうに体を寄せてくるアズールを撫でながら、僕は下唇を噛んだ。そしてすぐ、竜石を操作して、呼びかける。


「こちらヨエク・コール。スアノアさん、竜石の干渉で聞こえますか」

「こちらスアノア。聞こえている。状況を」

「敵の指揮官と推測される竜と交戦しましたが、伏兵の迎撃に合い、見失いました。捜索を断念して帰投します」

「わかった。船には受け入れを準備させる」

「任せます」

「任される」


 僕は通信を切ると、一つため息をついた。


「完敗だな」


 僕の横に、ナスルに乗ったリベさんが降り立った。リベさんの表情も、いささかいらだっているようにも見えた。


「リベさんでも、そう感じますか」

「作戦は成功さ。それに一人の死人も出しちゃいない。でも、最強の竜乗りである、このリベ・エイブルちゃんをもってして、みすみす敵の親玉を逃がしてしまったんだ。この戦いは、負けさ」

「そうですね、そうかも知れません。でも、きっとあっちは、もっと大きな話になっているでしょうから」

「そうだね。ローレライの放棄、竜乗り二個小隊に真竜一体ロスト。ありゃ責任問題クラスだ。飛び切りの」

「ワッハに人を貸した形のザンクト・ツォルンにとっては、許せない結果です。その隙を、僕らが突ければいいんですが」

「それを考えるのは、上の仕事。それとも、暫定司令の立場に未練でもある?」

「いえ、そうですね。自分のやるべきことを果たせずに、言えた立場じゃないですよね」


 敵の指導者を簡単に領土に入れてしまい、さらに簡単に逃げられてしまう。レンジャーズの警戒の甘さが原因に他ならない。とはいえ、地上に割ける人的資源にも限度があって、その中でどうやりくりしていくのか。それは僕の考えることじゃないし、口を出せることじゃないけど、でもきっと、僕も知らなきゃいけないことなんだ。コール家の、ヨエキア将軍の孫として、僕はきっとそれを期待される。


「船に戻りましょう。ローレライの状況や、あの真竜のことも気になります」

「そうだねー。あーさっさとシャワーでも浴びたいよ」


 こうして、僕たちコラテラル隊の初陣は、作戦自体は成功したものの、逃がした魚も大きなものとなった。でも、この結果を悔いても仕方はないのだろう。できる限りのことは、尽くしたはずだ。ロヘナ南方師団長あたりは何か言ってくるかもしれないけど、言われたところで仕方のないこともある。

 僕はアズールに乗って船に帰投する前に、再び北の方を見た。その先にノアもフィフスもある。そしておそらく、ローレライ以外の地上拠点も、ザンクト・ツォルンの息がかかっている箇所がある。僕はこれから始まるであろうより激しい戦いのことを、想像しないわけにはいかなかった。

 船に戻った僕らはクルーへの挨拶もそこそこに、ブリッジへと向かう。


「ドームの状況は?」

「リアテとソキアバから報告は入っている。大きな問題はない。スアノアも向かわせた」

「そして我々もこの後一旦向かいます」


 船長とルーバ参謀長からの報告を聞きながら、僕は映し出される情報に目をやる。


「一旦って、人手足りてないんです? 僕も行きますか?」

「いや、必要は無いな。お前は手を怪我してるんだろう? 治療を受けておけ」

「そうですね、でも魔力で抑えてるんで、それほどでもないんです」

「お前がそう言うならそうかも知れんが」

「モドゥ船医のところにはこの後すぐ行きますよ。でもまだ、捕まえた真竜が医務室にいるでしょう?」


 ザンクト・ツォルンの真竜マイアも、始祖竜アイラムに真竜の力を奪われてしまえば、ただの人間だ。エウルトの力を使った直後で、疲労もでかいのだろうし、すぐには目を覚まさないかもしれない。


「彼女の処遇はどうするんです?」

「テザヤル・ファン・カリオテの時とは、事情が違う。すでにレンジャーズの竜乗りが何人もやられてるんだ。ザンクト・ツォルンのことについて口を割るタイプにも見えないしな」

「僕は、彼女に会うのは避けた方がいいですかね?」

「ん? ああ、そうだな。奴はお前を殺そうとしている。出会えば取り乱すかも知れんな」


 大切な人を奪われ、その仇を討つために、力を求める。彼女の行為は、そのまま僕自身の行為に重なって見えてしまう。僕と彼女、何か違うんだろうか。


「そういうわけで、あの真竜の少女については幕僚会議預かりとなります。私からキヌアギア議長には伝えておきますよ」


 そう僕に伝えてきたのはルーバ参謀長だった。


「わかりました。その、軽く、顔を見るぐらいなら大丈夫ですか?」

「なんだ、馬鹿に感傷的だな」

「そういうのじゃないです。これまで三度彼女と戦いましたけど、僕は彼女のことを、何も知らないんです」

「それを感傷的だって言っているんだ」

「敵を知るのは、大事なことでしょう?」


 僕のその言葉を聞いて、船長は小さくため息をついた。


「戦闘報告は隊長の業務だ。あとでちゃんと報告してくれよ。【特務隊長】殿」

「わかってます。では失礼します」


 そうしてブリッジを後にした僕は、すぐさま医務室へと向かった。扉を開けると中にいたのは、モドゥ船医だった。彼も、部隊の結成に伴い派遣されたレンジャーズの軍医だ。


「やっと来ましたか、【特務隊長】殿」

「すみません、やること把握すること、いろいろありまして。その、治療の前に、ザンクト・ツォルンの真竜の少女の容態を確認してもいいですか?」

「構いませんが……自身の治療より、優先することで?」

「僕は、大した怪我ではありませんから」


 モドゥ船医は眉をしかめた後、立ち上がって僕を奥のベッドに案内してくれた。そこに横になっていたのは、一人の少女だった。手足に枷ははめられているが、抵抗した様子はないし、目立った怪我も無い様だった。ただ、今日の僕のせいなのか、この間のワッハのせいなのかはわからないが、幽かに火傷とみられるあとは残っていた。


「年齢は多分、【特務隊長】殿と同じぐらいでしょうな。今は魔力が切れていて寝ていますが、この後セントラルに帰るまでは、鎮静剤を投与します」

「人道的な配慮を、言われますよ」

「船を危険には晒せませんからね。指示もあります」

「それは、そうなのでしょうけれども」


 モドゥ船医の言葉を聞きながら、僕は少女の全身を眺めていた。不思議な感覚だった。ザンクト・ツォルンの真竜マイアとは、何度も真竜の姿で戦ってきたけど、僕は今この瞬間まで、相手がどんな人間かなんてまるで知らずに戦っていたわけで、でもこうして目の当たりにすると、僕が対峙していた相手が、まぎれもなく人間だったのだという現実を突きつけられてしまう。

 そう、人間なんだ。このマイアも、僕が倒したノナクも、勿論ワッハ・オークニーだって。人と人とが、命を奪い合っているんだ。

 だとして、僕とこの少女とは、何が違うのだろう。僕も彼女も、大切な人を奪われて、怒りに任せて戦って、また誰かの大切な人の命を奪うのだ。その発端が、彼女の場合ローレライにあるというのなら、僕だって感傷的にもなる。


「竜の姿で受けたダメージは、人に戻ってもすぐには回復しきらない。それは逆も然り。スウケくんからの報告は聞いているよ」

「そうですね、僕の体は見た目に反して、今や竜に近い。専門外かとは思いますが」

「専門ではないが、心得はあるよ。安心してくれ」


 モドゥ船医はそう言って、僕の手のひらを引っ張り上げて、まじまじと見た。つられて僕も、一緒に自分の手のひらをのぞきこんだ。そしてそれは、我ながら奇妙な光景だったし、モドゥ船医も深いため息をつくほどのものだった。


「魔力で痛みを抑え込む。聞こえはいいが、君の魔力のセンスと、真竜の魔力と、竜乗りとしての竜への知見があったから何とかなせる業だ。しかし、よくその手で戦えたものだ。無茶をする」

「こうするしか、あの瞬間なかったですから」

「多分、耳にタコができるぐらい聞いてるだろうが。竜乗りを続けたいなら無茶もほどほどにするべきだな。君がいつまでも、何度でも、ソレができるとは限らない。竜乗りを続けるのなら――人でいたいなら、考えなければならないぞ」

「考えたうえでの選択ですから」


 僕はそう言って、モドゥ船長の手を振りほどき、もう一度自分の手のひらを確認する。火傷は、見当たらない。代わりに僕の手のひらを覆っていたのは、竜に変身した時と同じごつごつとした白い皮膚だった。

 魔力で痛みを抑えるには、これしか方法が無かった。ただ手に魔力を集中させたって、人の手ではすぐに魔力は発散してしまう。それは非効率的だった。だから、手のひらの回復を促して、痛みを抑え込めるためには、負傷した部位を、竜のそれに変える以外なかったのだ。

 そしてこうしてみると改めて実感する。今の自分が、人の姿をした竜に他ならないと言うことを。自分の体が傷つけば、それを回復させるために機能するのは、竜の生命力なんだと。

 人でいたいなら――言わんとすることは分かる。でも、この力を手にすると決めたときから、そして実際手に入れたときから、僕の体はもう、人ではないのだ。


「正確な診断は、セントラルに戻って精密検査をするが、ひとまず薬で魔力の流れを促進させて、回復を促そう。今のそれはかさぶたみたいなものだ。数日待たず治るだろうさ。竜ならな」

「はい、ありがとうございます」

「魔力促進剤は、ヒウナくんに持ってこさせよう。ひとまずは腰かけてゆっくり休むといい」


 モドゥ船医に言われて僕は椅子に腰かけた。僕はもう一度、マイアの方を見る。眠っている少女の姿は、ごく普通の少女と変わらないものだった。

 セブンスとローレライ。レンジャーズとセブンス警察。ザンクト・ツォルンとオークニー騎士団。様々な人の思惑が複雑に絡み合い、それは制御できないものとなって僕らに襲い掛かってこようとしている。一つの戦いが終わっても、それは次の戦いの始まりなのだと言うことを、僕はまたすぐに思い知らされる。

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Collateral Calls-コラテラル・コール- 鰤(クワドラプラス/宮尾武利) @quadruplus

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