僕の前日談2

 僕は、今日になって初めて自撮りなるものにチャレンジする羽目になった。


 こういうツールには多少知識を得ていたつもりだったけど、カメラ機能なんて殆ど使わないもんだから、手ブレが酷い。補正が追いついてない。

 分かってる。

 僕の契約した機種は比較的新しいし、平時では問題なく動作してることも確認済みだ。

 問題は、僕自身。

 歯がカチカチと鳴るくらいに震えている。

 相当にパニクっているんだ。何にって?

 ……カシャッ

 紋切り型のシャッター音がして画面に写し出された、僕の姿にだよ。

 ……僕の姿?

 これが?

 ガタガタと震えて今にも泣き出しそうな顔した、髪の長い女の子が?


 まさかと思った。

 あまりに質の悪い冗談だと笑い飛ばしたかった。

 でも、疑いようがない。

 体の至る所をチェックしたさ。あからさまな身体の曲線や、男のシンボルから何から何まで!

 そして、一縷の望みの顔ですら……全くの別物にすげ変わっていて。


「……ぅっ」

  

 事態を理解わかり始めたアタマから、血の気が引いていくような錯覚を覚えた途端に、吐き気がして、咄嗟に口を覆う。


 ……どうしよう。

 どうしよう、どうしたらいい!?

 家族と呼べる人は家には居ないし、直ぐには戻って来られない。

 今日この日ほど、地球空洞説が真実であったらと願ったことはないよっ!


 ……。

 ……落ち着け。落ち着くんだ、僕。

 ……今は感情に呑まれてパニクってる場合じゃないだろ。


 何があってこうなった?

 今までのことを出来るだけ正確に、ありのままを思い出せ。


 --気が付くと、机に転がったままの予備の大学ノートを開いていた。

 どこかで聞いたことがあった。

 不安や混乱を落ち着かせる時には、自分が置かれてる状況を写実的に書いていけば、原因究明や解決の糸口になるって。

 冷静に考えたら阿呆らしいことこの上ないな、と僕自身も思う。

 それでも藁にも縋る思いで、僕は、中学時代から何となく捨てられずにいた修学旅行で買った土産物の古ぼけたキャラシャーペンを握り、経緯を綴り始めた。

 




「それ、本当に『友達』と呼べるのかしら?」


 黒田くんの二つ返事を遮るように、佐久間さんは僕を睨みつける。

 佐久間さんの言い分は、以下の通り。


「私達はあんたの言うことを聞くと言ったわ。

 私達はそれに応える義務がある。

 だからこそ……今のままじゃ、本当の意味で友達になんかなれっこない。

 こんな……脅迫する側とされる側みたいな関係が本当に友達なの?」


 佐久間さんは心底から、そう思っている様子だった。

 調子を合わせて、適当に切り抜けることだって出来たっていうのに、普段の学校で見掛ける際のクールなイメージとは真逆の熱弁が新鮮でならない。

 

「あの、さっきも言いましたけど、僕は……別に、君らを脅迫しようなんて、思ってない、です」

「口では、なんとでも言える。

 最初は本当に『そう』思っていたとして、心変わりがないと言い切れる?」


 うむむむむ……。

 そんなことをするつもりは無い、と言い切りたい。

 けど、その言葉を口約束以上のものに昇華させられないジレンマ。


「じゃあ、こうすりゃいいんじゃね?」


 うんうんと唸り続ける僕に、向かい側の席からフォークの先を向けながら、何の気なしのテンションで問い掛ける黒田くん。


「お前も、俺達になんか一個、お前の秘密を教えるってのは」

「秘密?」


 ピンと来ない僕を後目に、佐久間さんがポンと手を打つ。


「なるほど。

 他人に教えられないような秘密。

 それならイーブンーー同格同列、等価交換ね」


 理屈は分かる。けど、急にそう言われましても。

 僕が……他人に教えられないような秘密?

 秘密……秘密……うーん。


「預金通帳の暗証番号くらいしかないんだけど……」

「そういうのじゃなくて」

「うーん……ソシャゲのアカウントとか? ネットだと70万課金しても出なかったのがなんと3000円でーー」

「ーー喧嘩売ってる?」


 めめめめ滅相もないーーの意思表示で、ぶるんぶるんと首を横に振る。


「あんたはもっと自分に課金したら?」


 うっ。佐久間さん、そんなの百も承知だけど、いくらなんでも辛辣過ぎやしませんか。


「そういう個人情報じゃなくて、もっとプライベートなことで良いんだって」


 爽やかにカラカラと笑いながら、僕に向けていたフォークで冷めかけたイタリア風ドリアをつつく黒田くん。

 

 プライベートか……。


 正直、佐久間さんや黒田くんの秘密と等価交換になるような僕の秘密?

 そんなの、持ち合わせていない。

 そもそも秘密というのは、失われるものがあるから確立するのであって。

 僕が、所謂ぼっちだってことは衆知の事実であって、秘密でもなんでもないし。

 他人との関わりを避けて通ってきた僕に、何かを無くしたり、失ったりするような秘密は無いに等しい。

 口外されても、ダメージが無いのだから。

 それが、それこそが僕の強みであると思っていた

 ……のだけど。

 よもや秘密が無くて詰むなんて。

 嘆いていても仕方がない、無い物は無いんだから。

 ……でも。


「一日だけ、僕に時間をくれませんか?」


 無いなら作ればいい。その時間が欲しい。


「それは命令?」


 間髪を容れずに佐久間さんが問い質してくる。

 ……って、命令?

 あ、そうか。

 僕と二人は、まだ脅迫するかもしれない側、されるかもしれない側の間柄でしかないんだ。

 だから、命令と言えば黒田くんも佐久間さんも、素直に従うしかない。そう命令するのは有効な手だけども。


「違います。

 もし嫌なら、別のお願いを聞いて貰ってお終いしましょう。それっきりで」


 それで、今後本当に友達になれるのか?

 僕なら願い下げだと思うから、僕はそれをしない。

 

「面白い奴だな、お前」


 黒田くんが、またカラカラと笑う。

 そうなのかな。

 僕は単純に、至極当然の感情と理屈に従ってるだけなんだけど。


「--それじゃ、明日の放課後、またここに集合でいいか?」

「黒田くん?!」

「デートの予定でもあるなら、別に俺だけでも構わないけど?」

「……あー、もうっ、わかったわよっ!

 黒田くんに免じて、今日のところは見逃してあげる!」


 押し問答の末、結論が出たらしい。


「……明日、アンタだけでここに来なさい。 約束を破ったり、秘密をバラしたら、本当に記憶無くすまでバックドロップの刑に処すから」


 ……怖いな、佐久間ドロップの刑。

 でも、文句を言う割に付き合ってくれてるんだ、語気は強いけど、やっぱり噂は尾ひれが付いたものだったんだなって実感する。


「約束する。明日、絶対に『僕』はここに来るから」




 『----あの時の僕を助走付けて殴ってやりたい。

 こんな台詞、今から考えれば完全にフラグだったじゃないか! ~ー~~ーー ←思わず力が入ってしまい、ノートに押し当てられたシャーペンの芯がポキリと折れてしまった時の名残です。』


 ……何やってるんだろう、僕。

 火事場のバカ頭とでも言うのだろうか、物凄い集中力と勢いでここまでの顛末を書いてみたけど、冷静になってみると凄まじい時間の浪費じゃないか。

 とりあえず、結びの文だけでも書いておこう。


 ………よし。



 気が付けば、閉め切った筈のカーテンの隙間か光が差し込んでいた。

 一晩かけて、ここまで書いて、一向に好転の兆しは皆無。


 泣きたい。

 ていうか、泣いてる。

 その嗚咽に聞き覚えがない。誰だよベソ掻いてるの。

 うるさいな、もう。僕は疲れたよ。

 何も、考えたくない、何も、したくない。

 何も…な、にも……



 ……

 …………

 ………………。


 ……あれ。いつの間に、僕眠って……?


 ぼやけた視界を正すべく、目を擦りながら携帯の時計を見やると、16:50という数列が踊っている。

 16時50分。

 PM4:50。


 ……寝落ちした……?


 事態を理解すると同時に、自室にソプラノ音階の咆哮が響き渡った。


 やばいやばいやばいやばいっ!!


 部屋に引っかけていた、学校指定のジャージを着込み、ノートを小脇に抱えて、昨日連行されたファミレスまで猛ダッシュ。


 もし、この時の速度と距離を正確に測ってくれていた人が居たら教えて欲しい。

 多分自己ベスト更新間違いなしだから。



 辿り着いたファミレスの出入り口の鈴が入退店の電子音を打ち消すほどけたたましく鳴り響いた。


 出迎えた店員さんの「一名様で」という言葉が背後に聞こえる中、僕は昨日、殆ど出されたメニューが手付かずだった、テーブルに向かう。


 ……けど、そこに二人の姿はなかった。二人分の食事の後が残っているだけ。


 ……………そりゃ、そうだ。

 約束を反故にされたんだ。二人とも怒って帰るのは普通ーー


「……しっかし、アイツ遅いなぁ」

「そうね。そろそろノロケ合戦にも飽きてきたわ」


 ーーえっ?


「なぁ、アイツ……どっか事故ってるとか、ねーよな?」

「……」

「そこで黙らないでくれよ。不安になるから」


 背後から聞き覚えのある男女の声がした。

 恐る恐る振り返ると、そこには、すっかり冷め切ったイタリア風ドリアを見つめながら待ち惚ける、美男美女。


 ……待ってて、くれた。黒田くんも、佐久間さんも。


「ーーあのっ!!」


 感情が先走って言葉にして後悔する。

 今の僕は、僕の声じゃない。僕の顔じゃない。二人はきっと分からないのに。僕もなんて言えばいいのかも分からないのに。

 それでも、声をかけられた二人は訝しげに僕を見やる。


「ウチの……ジャージ?」

「……誰?」


 あーもうっ、それ見たことか。

 案の定、僕を僕と認識出来ていないよ!

 どどどどどうしよう。

 ……もう、こうなったら!


「遅れてごめんっ!

 事情は、これに書いてあるからっ!

 バックドロップは勘弁してくださいっ!!」


 ノートと、イタリア風ドリア代に野口英世の肖像が描かれたお札をテーブルに置いて、僕はファミレスから逃げ出していた。



 僕の前日談2

 ーー終ーー

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