板挟みカタツムリ

青色1号

僕の前日談1

 このノートに目を通した、ということは君らは僕の「友達」ということだと思う。

 というか、他人にこのノート読まれたところで、頭のネジが散弾銃よろしく無指向にぶっ飛びまくってる奴、としか思えないだろうけど。

 とにかく。そんな「友達」の君らにお願いしておきたい。 


 --これは、完全なフィクションである。


 そういうていで読んで欲しい。

 ……そういうことにしておかないと、僕の身が保たない気がするから、何卒、よしなに。

 



 人の噂も七十五日とは言うけど、溜め息は増える。

 間接的に、とはいえ正味三ヶ月弱もの間ネガティブな噂を断続的に耳にするのは正直言って心地の良いものじゃない。

 どんな噂かって?

 この学校の男子から、かなりの人気を集める黒髪のロングヘアが眩しいクールビューティの佐久間さんだ。

 その佐久間さんの噂。

 端的に言えば----いや、やめとこう。

 接点のない僕にとっては、確認のしようがないことだし、事実がどうあろうとスクールカーストの底辺に居る僕が関与するってこと絶対に無いだろうし。

 気にするだけ無駄だよ、無駄。


 そう思っていた時期が僕にもありました。


 --魔が差したんだ、としか言いようがない。

 悪意とも好意ともつかない、得も言われぬ、それでいて他愛のない、そんな興味が湧くような場面に出くわした。

 それは、普通にしているであろう人間からしたら学校生活における何の変哲もない些細な会話に過ぎなかったと思う。

 放課後の廊下で、僕がそそくさと下校しようと通りかかった所に、保健委員会で次週に行う作業についての話をしていたというだけなのだから。

 くだんの佐久間さんと……ある男子生徒が。

 佐久間さんと話していた彼もまた、端正な顔立ちを持ち合わせ、すらりとした背格好のーー世の女性の半数以上は格好いいと形容しそうな美男子だ。

 ……世の不公平さを嘆くこともなく、僕はその横をすり抜ける。

 そのつもりだったのだけれど。


「ちょっと、来て」


 彼の言葉が切欠だった。

 彼は、佐久間さんの手首を強引に掴むと、一目散に駆け出した。

 今さっきまで、驚いて目だけを見開き、艶やかな黒髪がふわりと舞う佐久間さんがもう遥か遠くに居る。

 ……偶然だったんだろう。

 その連れ去り現場を目撃していたのが、あろうことか僕だけだったのは。


 もう一度言うけど、魔が差したんだ。


 彼等の後を追い掛けて何をしようとか、そんなのは頭に無かった。

 ただ、何があったのかを知らなきゃならない。そんな訳の分からない義務感に支配されて一目散に駆け出していたんだ。

 どこに行くかの見当は付いてる。

 彼等が駆けていった方向にあるのは体育館だけ。


 絶え絶えになった息と気配を殺しながら、僕は漸く二人を見つけだす。その場所は体育館裏。

 ……なんというか。テンプレート? 王道?

 なんでもいいけど。


 そんな無味乾燥な感想はさておき。

 佐久間さんが、腕を組み、脚を大股に広げて、自身より背丈が10cmは高いであろう美男子の彼を睨み付けているシーンに遭遇する。


「どういうつもり。黒田くん」


 普段の冷淡な声を更に冷え切らせたような非難。

 何故か無関係な僕の背筋に悪寒が走った。


 だが黒田くん(と呼ばれた美男子)は怯まない。


「いきなり悪かった。でも、こういうタイミングじゃなきゃ切り出せなかったんだよ。

 他に誰も居なかったし」


 はい。僕は居ました、そこに居ましたよ。

 居ましたけど目に入らなかったらしいですね。乾いた笑いが出てきますね、はい。


「佐久間に……訊きたいことがあるんだ」


 意を決したような、黒田くんの声。


「……なに」

「あの噂、本当なのか?」


 凄いな、ド直球、真っ向からのボークボールじゃないか。

 ただの興味本位で、それを本人に聞くか、普通?


 当の佐久間さんも驚き半分、呆れ半分と言いたげに目を見開いて、口元に手をやりながら

「それを訊いてどうするの」

 と身構える。


「誰かに喋るつもりはないんだ。ただ、俺は本当のことを知りたい」

「イエスと答えたら? なに?

『俺が男の良さを教えてやる』とでも言いたいの?」

「……まぁ、そうと言えなくもないけど」


 凄いな、黒田くん。

 更にド直球じゃないか。

 見た目の甘い雰囲気とは裏腹の男らしさだと素直に思う。

 ……まぁ、その男らしさを活かす場所、間違えてる気がしないでもないけど。


「残念ね。最初の質問はイエスだけど、私は私に好意を向ける男に興味なんてないの」

「……ハッキリと言ってくれ」


 佐久間さんは、苛立ったのか少しだけ声を荒げた。


「そうよ、私は……同性愛者よ!」


 ……これが、佐久間さんの噂の真相か。

 佐久間さんは同性愛者である。そんな噂が飛び交って、誰もが彼女を遠巻きに眺めていた。

 それは彼女と浅からぬ交友関係であった友達グループも然りで、最近では独りで図書室で持参の小説を黙々と読むのが日課になっていたらしい。

 ……ぼっちが当たり前の僕は特に何とも思わないけどさ。

 事の真偽がどうであれ、そんな噂で交友が断たれるっていうのは、やっぱり辛いものだと思う。


「何よ……何か文句あるの?!」


 もはや、佐久間さんは敵愾心を隠そうともしなかった。

 そりゃ、そうだろう。

 そんなナイーブな問題にズケズケと土足で上がり込まれて怒らない人は菩薩かガンジーくらいじゃないか。


 ……それでも、何故か黒田くんはがっかりする様子も、戸惑う様子も見せず、晴れやかな表情で 

「無い」

と短くハッキリと答えた。

 ……落胆するとか、そういうリアクションが一切無いとか、本当凄いな。

 というか、告白しに来たんだろう? それならもう少しガッカリするとかそういう類のリアクションがあったってバチは当たらな--


「----俺だって、男と付き合ってるし」


 ……………………。


 は?


 黒田くん、今なんと? なんと仰いましたか?


 聞き間違え、じゃない。


 ……もしかして、さっき言ってた『男の良さを教えてやる』って、そっちの意味!?



 パニックに陥ったのは僕だけじゃなかったらしい。

 クールビューティと名高い佐久間さんが、「え、えっ? ええっ?!」とオロオロした様子を見せている。

 うん、実に新鮮である。

 彼女のファンにはある種たまらない表情なのかもしれないが。


「仲間が居てくれて、嬉しいんだよ、俺」


 無邪気なイケメンスマイルで佐久間さんに握手を求めようと手を差し出す黒田くん。

 え、なんだ、なんだ、この展開!?


「同性と付き合ってるとか、誰にも愚痴とか悩みとか言えないし……。

 ネットとかじゃ、そういう人たまに見掛けるけど、オフで会おうとか言われそうでなんか怖くてさ。

 そんな時、佐久間の噂を聞いて、居ても立ってもいられなくなって。

 もし、噂、本当なら、友達になって欲しくてっ、それで……気にしてたことなのに、無神経なこと訊いちゃって、本当、ごめん!」


 舞い上がってるのか、堰を切って止まらなくなったのか、黒田くんは早口で佐久間さんをまくし立てる。


 当の佐久間さんの思考回路は止まりつつあったみたいだけど、漸く、事態を飲み込めたらしい。


「……黒田くんも、そう、なの?」


 恐る恐るの再確認に、力強い首肯が返ってくる。


「ああっ、良かったら俺が付き合ってる奴の写真見る!? 可愛い奴でさっ」

「……狡いわ、私の付き合ってる子だって、すっごい、とびっきりにかわいいんだから、自慢させなさいよっ」

「佐久間ッ」

「黒田くんっ」


 ガッッシリ。という擬音がピッタリ当てはまるくらいに、固く、固く結ばれる友情の握手。


 ーー……なんだこれ、なんだこれ。 


 学校の一、二を争う美男美女が恋人(同性)の自慢で盛り上がる、このカオス……。

 端から見た印象だけなら、なんというか、その、凄く『いい雰囲気』に見えなくもないけど、互いにそういう部類の感情は一切無いという、このシュール具合……!


 うわ……なんだか、目眩してきた……。


 ーーその目眩に耐えられてさえいれば、僕は、ある種の平穏無事な日常に戻ることが出来たはずなのに。


「誰だっ!?」


 気付いた時には遅かった。

 あまり手入れが行き届いていない体育館裏の雑草に足を取られた僕は、大仰に尻餅をついてしまう。

 その物音は、他言無用の隠し事を話す敏感な彼等の耳に届くには充分過ぎるノイズだった。




 軟禁、というべきなんだろうか。


 テーブル席に並んだイタリア風ドリアからすっかり湯気が立たなくなるくらいに僕と、向かいに座った美男美女との間に重苦しい空気が流れている。

 これで、周囲の楽しそうな夕暮れの喧噪がなかったら本当に沈黙しか残らないと思う。


 ----状況をイチから説明しよう。


 あの体育館裏での……あまりにセンセーショナルなぶっちゃけ友情トークに遭遇してしまった僕は、一切何も聞かなかったことにして立ち去るつもりだった。


 誰かに吹聴したりとか、そんなことは微塵も考えてなかったんだ。いや、本当に。

 けれど不幸なことに、今、目の前で絶望に打ちひしがれているであろう美男美女達に僕は見つかってしまった。


 そこからの展開は怒涛。

 凄まじかった、としか言いようがない。


 ある種の同盟関係が築かれた固い絆に言葉は不要、と言わんばかりに彼らは目で合図をし、相槌を打ち、尻餅を突いた僕を両サイドからガッシリと拘束。体感で2秒も掛かってない気がした。


 抵抗? 出来るわけないだろ。


 あの目は……下手に刺激をしたら命がヤバい、超ヤバい。本能で悟ったよ。

 思い出しただけで震えが止まらない。


 ……それで、されるがまま為すがまま、僕は安価なことで有名なファミレスに連行された訳だ。

 ちなみに、ここまでで僕らが交わした言葉は

「三人です」

「イタリア風ドリアとドリンクバー」

「お、同じやつで」


 この三言だけ。後は延々と、ずーーーーっと沈黙。


 想像してみて欲しい。目の前で、今まで何の関わりもなかった美男美女と対面して沈黙してるなんて。

 ……こんな状況、プレッシャーで胃にごりごりと穴が空きそうになるだろう!?


「あの、さ」


 黒田君の唐突な口火の切り方に思わず身構える。


「な、な、な、なんですか」


 この瞬間ほど、己のコミュ障具合を恨んだことはない。


「聞いてたんだよな……全部」


 いや、これなら、まだ誤魔化せる余地はあるか……?

 ……よし。


「いいやー、な、何の話か、その、さっぱりーー

--嘘ですごめんなさい全部聞いてました」


 僕の台詞の合間で、光彩を欠いた眼差しで、テーブルに備え付けられたフォークを手に取り、逆手で構える佐久間さんが居たことを補足しておく。

 ……怖いよ、この黒髪美少女さん。


「……悪趣味ね。出歯亀なんて」


 汚物を見るような、嫌悪の視線と言葉が突き刺さる。

 ……って、いやいやいや! ちょっと待って下さいよ!

 あんなさ、下手したら犯罪の瞬間を目撃したかもしれないようなシーンに遭遇したら何かしらの誤解を抱いたとしてもおかしくないでしょ!?

 ……そう反論したいけど、言えない僕はチキンです、はい。


「……だったら話は早いな」


 僕の意思表示も待たないまま、決意を帯びた黒田くんの目が、僕を捉えて離さない。

 ヤられる。

 これは間違いなく、ヤられてしまう……。

 見た感じは細身だけど、僕より全然体格のいい黒田くんが本気になれば、僕なんて太刀打ちなんて出来やしないぞ……どうしようーー。


 あれこれと自衛の手段を考えあぐねる僕の前で、不意にガシャンと音がした。


「「え……っ!?」」


 僕はおろか、佐久間さんも目を見開いた。

 評判上はクールだとされているイケメンが、勢い良くテーブルに頭を擦り付けたからだ。


 上手く事態が飲み込めないまま、話か進む。 


「頼む! 佐久間の事は黙っててくれ! 俺のことは何とでも、好きに言いふらしてくれて構わないっ!

 けど、佐久間のことだけは誰にも話さないで欲しいんだ!」

「え、ちょ……黒田くん!?」


 え……。えっ?


「俺に出来ることだったら、何だってする! だから頼むこの通りだっ!!」


 悲鳴にも似た黒田くんの懇願がファミレスよホールに木霊する。

 ……わ、わっ、すっごい注目されてるって。

 この構図だと、完全に僕が悪者じゃないかっ!

 それに、その台詞……黒田くんが言ったら、あんまり洒落になってない気がするんだけど。


「あの、その」


 なんと受け答えしようかわたわたしてる間に、佐久間さんがこちらを睨み付けてくる。


「黒田くん、そんな必要ないわ。

 ……こいつの記憶から、私達を失念させるくらい何度でもバックドロップしてやりましょう?」


 はぁ。佐久間さんから何度もバックドロップ食らうのかぁ。

 ……佐久間ドロップ。

 って瞬間的にクソくだらないこと考えて現実逃避してる場合じゃなくて!


「あの、その、こっちの話も聞いてくださいっ」


 何故か、同学年の相手に向かって敬語が出てしまうチキンな自分が憎い。


「その……ぼっ、僕は……二人の秘密を、誰かに話すつもりもないですし……それに『あのこと』を非難するつもりも、ない、です」

「……信じられないわ」


 猜疑心に満ち満ちた目で佐久間さんは腕を組み、再び僕を睨みつける。

 そりゃ、そうだよね。

 自分の弱味を握られた奴の言葉を、額面通りに「はいそうですかわかりました」って受け取ってくれる奴なんてそうそう居ないのは、理解できる。

 ……でもさぁ、じゃあ、どうすればいいんだってば!?


「……やっぱり俺が何かお前の言うことを聞く代わりに、この事は黙っててくれないか--」

「--黒田くんっ!」

「良いんだって、そもそもは俺が巻いた種だし。

 それに、こんな事で分かり合えそうな友達を手放すなんて、俺は真っ平ごめんだ」


 ……黒田君、君は外見だけじゃなくて内面までイケメンなんですか。

 ここまで完璧なのに、その……同性愛者だっていうのは、世の女性の殆どがさぞお嘆きになりそうですね。

 ……一部狂喜乱舞する淑女も居そうだけど。


「なぁ、お前、俺に何をして欲しい?」

「黒田くん」

「止めるな佐久間。これは俺のケジメだ」

「止めるなんて一言も言ってないわ。

 ……ねぇ、あんた」


 冷淡な、でもしっかりと意志を持った目で、僕を見据えてくる佐久間さん。


「ーー私も、言うことを聞く」

「佐久間っ!?」

「私たち、友達なんでしょ。だったら背負い込むものだって同じじゃなきゃ」

「佐久間……」


 ……なんだ、なんなんだ、これ。

 嗚呼、美しきかな同性愛者同士の固い友情、とでも言えばいいのかい。


 思わず溜め息が出た。


 偏見とか、そういうものを僕は持ってない、と勝手に思い込んでいたけど、どこかで何か異質なものを見るよう目で彼等を見ていた事実を突きつけられたような気がして。

 ……僕は何も理解なんてしていなかったのではないか、と。


 それが無性に情けなくて、腹が立った。

 だから、だろうねーー


「……何でも言うことを聞いてくれるんだよね」

「ああ」


 ーーこんな血迷ったことを口走ってしまったのは。


「じゃあ『僕も、君達と友達になりたい』」


「……………………はい?」


 三点リーダ10個分の沈黙から二人の素っ頓狂な声。


「理解したいんだ。君達のことを」




 僕の前日談1

 --終ーー

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