5時間目
「へえ、それはそれは素敵な人とお近づきになれたのね。私もご一緒したかったわ」
翌朝の大教室。例によって何の断りもなく壮也の隣をキープした美咲に昨日の出来事を話してみた。反応はというとこれが中々上々でなんと自分も会ってみたいとのたまった始末だった。学区が離れている事、昨日の出来事だって小太郎に連れられての偶然であり、今後親交を持つ機会はいつになるか分からないという旨も伝えたが結果は同じだった。ちなみにその小太郎は、今日は大分離れた席で友人らしきグループとバカ騒ぎをしている。交友関係を広げるのが得意な小太郎の事だ、入学2日目にして大型グループを作るぐらいはできてもおかしくはなかった。
「安心して。私も同じ塾だから。そのうちきっと顔を合わせるぐらいは出来るわ」
それを言われるともう何も言い返せない。というか、その事を知ってて話を振った自分も大概愚かだ。
「それにしてもアンタもやるわね。チェス対決、結構いい勝負だったんでしょ?」
「後半はボロボロだぞ」
「それでもいいじゃない。普通なら手も足も出ないはずじゃないかしら」
チェスに関しては壮也以上に素人な美咲が何を根拠にそこまで断言しているのかは分からなかったが、それでも自分の事をよく言ってもらえる事に関しては悪い気持ちはしない。タダでさえ辛辣すぎる言葉で近づく人間を選ぶ美咲だ。そんな彼女にここまで言ってもらえるという事には感謝するべきなのかもしれない。
8時45分きっかりに鳴るチャイムの音。今日も学園都市には珍しい全員参加必須の日程が次から次へと待ち受ける。所属の委員会決め、履修授業の選択など今後の学生生活を左右する重要な決め事が目白押しだ。
時間ギリギリに登校した数人の生徒に交わるようにして1人の男が登場する。推定年齢30代前半、茶色くカラーリングしている割には少々重苦しいボサボサの髪に成人男性の平均レベルには焼けた肌と無精ひげ。そして無駄に高身長で無駄に二枚目。失礼ながら壮也が今まで出会った中でもトップレベルに胡散臭い外見だ。
「はーい、遅刻組もサッサと席に着くんだよー。今回だけは見逃してあげるから。つっても名前分からんからどのみち遅刻カード書けないけどね。それでも書いて欲しいっていう正直者は後で先生の所に来なさいねー」
朝から聞いてるこっちの気が抜けそうなテンションだった。遅刻組の生徒が全員席に着いた事を確認し、男が声を上げる。
「はい、みんなとは昨日も会ったけど改めて自己紹介するね。俺の名前は金谷俊彦。一応3年間みんなの担任をするから」
あまりに簡潔すぎる自己紹介。場合によってはこれから3年間顔を合わせるというのに、彼はとことんマイペースだった。しかし、クラスという制度が旧教育体制とあまりにかけ離れたものになって久しいこのご時世、クラス担任という概念は半分あってないようなものだ。授業の選択によってはホームルーム以外ロクに顔を合わせない場合もあるというし。
「えーっとね、今日はこれから半日かけてみんなにアンケート取るから。希望する委員会とかどの授業取りたいとかね。真剣に書くんだぞ。これから君らの3年間左右するんだから。つっても俺が言っても説得力ないかなー」
まったくもって。あまりのテンションの微妙さに逆に壮也の方が引きずり込まれそうになる。美咲に至っては露骨に渋い顔だ。それでもなんとか俊彦の指示通り学校支給のデバイスで指示通りにアクセスをした。チェックマークを使った選択式のアンケートがいくつも並ぶ。
「えー、ここで皆さんに悲しいお知らせがあります」
1分程経った頃突然俊彦が声を上げた。いきなりの悲しいお知らせとやらに何人もの生徒が何事かと顔を上げる。壮也もその1人。
「知っている人も多いと思いますが、今年から制度が変わり、委員会には全員強制参加となりました。というわけでメンドくさいとは思いますが最低何か1つは希望する委員会を書いてくださいね。みんなが書かないと俺が文句言われるんで」
教室があからさまにどよめいた。何か不満を漏らすような声、女子らしき小声で何か文句を言い合う声、中には「詐欺だ!」と叫ぶようなものもあった。
「私、初耳なんだけど」
美咲の低くぼやく声も消えそうな程にどんどん不満の声は大きくなっていく。結局俊彦が「静かに!」と一喝するまでそれは続いた。低い、というか渋めの声は珍しくハリを帯び、教室内の声だけの暴動をあっという間に沈静化させたのだ。
アンケートの中に並ぶ数々の委員会。第三希望までを選択肢の中から選ぶそれを1つずつ埋める。なまじ選択肢が多いそれに後半少々悩みはしたが、第一希望だけは真っ先に決めていた。
ふと美咲の側を見てみると、選択肢の多さからか中々決断できないようで真剣な顔でデバイスを眺めている。ようやく動き出した右手のペンは正確なリズムを刻むように3回デバイスを叩いた。
「はーい、もう時間でーす」
俊彦の声と共に生徒が次々顔を上げる。
「じゃあ、アンケート締切ね。間に合わなかった子は放課後残って書きなさい。特に委員会は絶対に今日決めないといけないからね。できてない悪い子は、放送で呼び出しするよ。んじゃ、今日は解散」
一方的な通達が終われば皆ゾロゾロと教室を後にする。壮也も美咲を伴いその列に紛れて外に出ようとしたその時だった。聞きなれた2つの声が響き渡った。
「最悪!よりによってアンタと第一希望被るなんて!」
「それはこっちのセリフだ!お前こそ番組DJの座狙ってるんだろ?!つーかアイドルまだ諦めてなかったのかよ!」
「ちょっと!人前で言わないでよ恥ずかしい!」
小太郎とかれんの声だった。委員会の第一希望が被ったというしょうもない理由で外まで響かんばかりの大声で言い争う2人。無視するわけにもいかず引き返してそちらに向かう。美咲も何事かと後をついてきていた。
「何やってんだよ」
壮也が仲裁に入ると2人は動きを止める。かれんの方が美咲を見て少し怪訝な顔をしたがすぐに壮也に向き直った。おそらく小太郎の口から聞いたのだろう。
「最悪だぜ。オーディションのライバル増えちまった」
「オーディション?」
「明日ね、ラジオ番組のオーディションがあるんだ。新入生の放送委員が対象の。合格したら、先輩の番組にゲストで呼ばれたり、自分でパーソナリティ出来るんだよ」
どうやら、2人はその権利を狙ってオーディション資格を得るべく放送委員に立候補したらしい。その事自体は資料に書かれていたし、放送委員の中でも番組パーソナリティになるのは特に難関だというのはそういった分野にあまり興味がない壮也でも知っている。しかし、小太郎はともかくかれんが放送という分野に興味があるのは意外だった。しかも、アイドル志望というおまけ付き。
「じゃあ、あなたはいつかアイドルになりたいのね?」
「まあ、ぶっちゃけて言うとそうなんだけどね。っていうかあなた、随分はっきり物聞くんだね。私ら一応初対面だよね?」
「この人そういうキャラだからな。あんま気にしない方がいいぞ」
初対面であろうと自分を崩さない美咲にかれんは少々驚いていたようだったが、小太郎のフォローにどうにか納得したらしい。
その後は4人で昼食を摂り、それぞれ解散する。
昼食時はそれぞれの委員会の話で随分と盛り上がった。特に美咲とかれんは意外にも随分と意気投合したようで、さっそく連絡先を交換していた。その後は委員会の正式な決定があるまでそれぞれ待機。小太郎とかれんは校内の放送室を見学するとかで2人でさっさと行ってしまった。
「よかったじゃないか。随分話が合ってたみたいだな」
「ええ。ああいう自分の意見をしっかり持ってるタイプって私は好きよ。友達になれて嬉しいわ」
美咲が初対面でこうも好感を抱くタイプも珍しい。昨日会ったチカも含め、自分の周りには自己主張の強い女の子ばかりが集っている事に壮也は内心苦笑したが、それはそれでこっちも女子特有の「空気」に気兼ねせずに済む。正直ありがたいぐらいだ。
小太郎が先導したせいか、昼食の話題の大半はかれんを弄る事に集中していたが本人は割とまんざらでもない様子だった。何故アイドルを志しているのか、目指しているアイドル像、そして将来に関してを随分と聞かされた。この歳にしてそこまで強い思いを持っている辺り、相当な憧れがあるのだろうと思われる。
「そういえば壮也、委員会は決めたんでしょ?」
「図書にしたんだ。そういう美咲は?」
「私はね…」
唐突に変わった話題に内心戸惑いつつ話を合わせようとしたまさにその時
『えー、本日の委員会決めで第一志望に図書委員と書いた生徒は職員室に来てください』
間延びした声と独特の口調で主が誰だか一発で分かる放送が二人の会話を遮った。
「お呼び出しみたいね。何をしたの?図書委員候補生」
「何もしてねーって」
からかうような美咲を尻目に立ち上がる。他にも何人かが動いた辺り、図書委員の志望者はきっと多いのだろう。まさか抽選なんて事はあるまいとタカをくくり壮也もその列に紛れた。
そのまさかだった。あまりに人数が多いという理由で一度会議室に移動になりそこで改めて説明を受ける。100人近くの集団が決して広くはない会議室に集まりちょっとした人ごみと化す。
「えっとね、あまりに図書委員志望の生徒が多いので、これから抽選を行います。つってもクジ引くの君らだけどね。じゃ、机の上のトランプ1枚選んで。赤いマーク引いた人ははれて図書委員になれるから」
シンプルな折りたたみ式の木目調の机の上にトランプがかき混ぜられて置かれていた。枚数は明らかに52枚より多い。おそらく同じ種類のカードを2つ混ぜたのだろう。
誰からともなくサイン会か何かのように生徒は皆列を作り、気の早い生徒はもう既にトランプを引いていた。若干赤の割合が少ないように思えるその山はみるみるうちに元の形を失っていく。
「図書委員になれる奴は30人だからなー。早くしないと枠なくなっちまうぞー」
そこでようやく赤の割合が少ない理由に納得できた。メモを取る俊彦を横目に壮也は記憶を引っ張り出す。もう既に4分の3程が抽選を終えているうちはれて図書委員の切符を手にしたのは20人。残りの枠の割合で言えば大差はないだろうが、選択肢が少なくなるというプレッシャーは不思議と壮也を焦らせる。タダでさえくじ運には自信がないのだ。余計な事に頭を使いたくはない。そしてヤマカンで選んだ1枚のカード。祈りを込めてめくったそれはダイヤの9のカードだった。神にわずかに感謝しつつカードを俊彦に渡した。
「はい、抽選終了。んじゃ、早速だけど今日仕事があるんだ。当選者のうち、今日これから暇だって奴は残ってね。特に男子は残るといいぞ。貴重な物が拝めるぜー」
その言葉に何人か、特に女子が訝しい顔をした。理由は想像がつく。そして俊彦の言う貴重なものの正体も大体想像がついていた。
学園都市のコンビニは、世間一般のそれと大分中身が異なる。コンビニと言いながら営業は午前7時から午後11時まで、売っている商品だって学業に特化したものばかりだ。参考書の売ってるコンビニなどおそらくこの街でしか拝めないだろう。
そして例によって青少年健全育成条例の魔の手はここにも及んでいる。不健全図書の名のもとに書籍類は多くが規制の対象となり、今では水着レベルですら相当な貴重品と化している。校則違反を助長するという主張に負けグラビアに映るモデルの女子生徒は皆スカートが膝丈、メイクをした写真すらないという有様だ。男子生徒も然りでスポーツグラビアなんかを除けば大半が制服姿のそれ。もちろん規則違反は一切なし。勉強をしている男女の写真のグラビアなどいくら美少年美少女といえど色気もへったくれもあったものではない。まあ、そういう本の取り締まりを仲介するのも図書委員の仕事なのだが。
普通戦争 ルーク @aera20
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