3-3 宇宙から届く電波
うららかな春の陽さえ、御琴にとっては苛烈な光線のように思えた。
陰る場所の無い屋上に一人座りこんで、彼は力無く目を細める。そうでもしなければ、ずっしりと重い眼球が光に耐えきれない。空は限りなく快晴で、東京全体をうっすら覆う排気ガスの靄を差し引いても、心地よい日和だった。時折風が吹き抜けると、鼻先にむず痒いものを感じる。
御琴はゆっくりと、コンクリートの上に寝転がった。すかさず直射してくる日光を避けて、身体を横に倒す。頬にじんわりと、熱が伝わってきた。
なんとなく、おにぎりを包んでいたビニールの欠片を指先で弄ぶ。ふと左手首に目をやると、時計が午後一時を知らせていた。昼休みは既に半ばを過ぎようとしている。
だというのに。未だに美幸は姿を見せていなかった。
(何かあったのかな)
順当に考えれば、何かしら用事が出来たせいで遅れているのだろうが。まさか。
(……考え過ぎか)
寝返りを打つ。晴天を
奥歯を削り取る様な、高く痺れる音色――
初めに現れたのは足だった。白い上履きと漆黒の靴下を履いた、枯れ枝の様に細い脚。
少女は滑るように、その姿を現す。
(……誰だ?)
纏う上着は黒いウールで、プリーツの入ったスカートも、黒地に赤の格子模様が織り込まれている。祥星学園高校の生徒には違いないのだろうが。長く伸びた黒の髪のせいで、顔色が窺えない。いや、顔どころではない。春の空を背景に、少女はいっそ影絵のように浮かんで見えた。
「――じんぐう…――こと?」
ささめき声だけが、彼の鼓膜に届く。
咄嗟に身体を起こし、御琴は今一度少女に目を据えた。この声は彼女のものか。
「――神宮司、御琴?」
今度はよりはっきりと、言葉が聞こえた。近付いてきている。
「……そうだけど」
擦る様な足取り。少し内股気味に、俯いたまま小さく歩数を重ねている。
「神宮司御琴」
呼び掛けられたのだろうか。ぼんやりと発された空気の震えが、風にさらわれて消える。黒い姿が、煽られるように揺れた。
どう答えようかと戸惑っているうちに、少女が続ける。
「やっぱりいた。ここにいた。神は常に正しい」
「神……?」
御琴は立ち上がった。正面から彼女を見据える。
その顔色は暗い。光に満ちて広々とした屋上に、ぽっかりと穴が空いてしまったかのようだった。
「ええ、神様。私はね、いつもお祈りしているの。正しくいられるように。正しい道へ、私を導いてくださいますようにって」
青白い唇が吊り上がる。少女は笑ったのか。
「神様は答えてくださるの。その美しい声でわたしに御託宣をくださるの。だからね。わたしは黒を着るのよ。これが一番電波を吸収してくれるから」
どす黒い目元が緩んだ。少女は笑ったのかもしれない。
「君は――」
「電波が届くのよ。プレイアデスが美しい夜はね。聞こえるの。神宮司御琴。神宮司御琴は悪魔の手先」
気が付けば。
彼女は既にそこにいた。触れ合うほどに近く。
「神宮司御琴。神は
言葉が踊っていた。彼が何かを言う暇もなく。
「宇宙から届く電波が私の脳の神経細胞に住む小人に命ずるの、そう、そうなの。神は宇宙の中心にあるカオス領域に鎮座されていつでも私を見張っているの、命令を実行しているかどうか、だから私は逃げられない。逃げることはできない。だって逃げた瞬間私という個は完全に消滅してカオスへと帰り毒という毒が私の脳を冒し私は六角アルミへと姿を変えてしまうの、つまり電波から逃げるためには太陽神の命令を忠実に完璧に容赦なく実行するしかないの。神宮司御琴。あなたよ。神宮司御琴。あなたが。神宮司御琴。あなたのような神宮司御琴邪悪を神宮司御琴神宮司御琴神宮司御琴」
繰り返される呼び声の中で。
身体のどこかに灼熱が走るのを、御琴は感じた。
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