第一章 あなたはどこにいる?

1-1 もしも神様がいるとして

「神様ってさ。いると思う?」

 都築薫つづきかおりは、どちらかといえばクラスでも目立つ存在だったように思う。

「あ、別に冗談とかじゃなくてさ」

 絶世とまではいかないにせよ、短く切りそろえた髪とアーモンド形の瞳は快活な魅力を湛えていて、しょっちゅう熱心に見つめる男子がいる。かおり自身はまるで意に介さないようで、そのことを気にしているのはもっぱら彼女の方だったが。

 よく喋り、よく笑い、思ったことは口に出す。そしてその発言が的を外すことはほとんど無い。そんな少女の周りには自然と人が集まる。

「はあ?」

 思わず口をついた言葉――素っ頓狂過ぎなかったかな、と思う。薫の発言を否定するつもりは無かった。

 ただ、彼女がそんなことを考えていたことが意外だった。

「いや、だから。神様。まあ仏様とかでもいいんだけど」

 聞き取れなかっただけと判断したのか、薫は至って平静に繰り返した。

 少し、考える。薫は何を求めているのか。単なる質問なのか。それとも何かの謎かけなのか。

「……いてもいいかな、とは思うけど」

 考えても詮無いことだろう。素直に呟いてみた。

 薫が笑う。いつも誰かを惹きつける、その笑顔。

「はは。らしいよ――美幸らしいね、その答え」

 少しだけ彼女を――霧島美幸きりしまみゆきを見やって、薫はまたどこかに視線を投げた。

 何を見ているのだろう。美幸は眼差しの先を追ってみる。

「神様ってさ。アタシが考えるに……なんかすっごく大きいものなんだよね」

 両の腕を大げさに広げ、彼女は続けた。

「大きいの。そんで、アタシ達の手の届かないとこで、色んなことを動かしてる」

 薄く煙るような青空の中に、少女の後姿が滲んで見える。短い髪も、白いワイシャツの襟も、短く切ったスカートも、風と遊んでいた。薫自身がそれを楽しんでいるかのように。

「アタシ達はそれに踊らされるだけ。あとは、信じるか、受け入れるか、そうじゃないか」

 彼女は空を見ているのではない。なんとなく、美幸は感じた。

 もっと先を。彼女はその先を見ている。

 どんな顔で?

「すごいよねえ。神様」

 薫は吹きぬける風を撫でるように、軽やかに振り向いた。

 彼女は確かに笑顔で――そのことは疑いようも無かった。

「それは、だって、神様だから」

 美幸は言いながら口の端を持ち上げた。瞼の力を抜いて。

 それは確かに、笑顔だったはずだ。薫と同じような、分かりやすく笑う顔。

「美幸はどう思う? どうする? もし、神様ってのがいるとして」

 いまいち、美幸にはぴんと来なかった。彼女が一体何を求めているのか。まるで何か試されているような、そんな心地さえする。

「うーん……」

 神様がいる。美幸に出来ない全てをこなせる、強く美しい何者か。人ならざるもの。

 まるであなたみたい――思いついた冗談は、大して面白くもないものだった。

 ほんの少し混ぜ込んだ本音が、なおさらそう感じさせる。彼女は確かに、美幸の憧れだったのかもしれない。

 脇道に逸れた思考を手繰り寄せる。

 ――もしも神が、どこかにいるとしたら。

「仲良くしたい、かな」

 それが彼女の返答だった。

 薫がそのとき、どんな顔をしていたか――

 美幸は何故か、今も思い出せずにいる。

 誰にも何も告げず薫が姿を消したのは、その翌日のことだった。

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