神様はどこにいる?

最上へきさ

神様はどこにいる?

プロローグ

開幕 その眼に焼きつくその光景

 未だに夢に見る。

 その眼に焼きつくその光景。

 炎だった。世界は炎。砕けたコンクリート、溶け落ちた鉄塔、炎は全てを舐め尽くす。熱波が死臭を踊らせる。人といわず化け物といわず、骸は数え切れぬほど散乱していた。首を斬られ、胴を裂かれ、炎に巻かれ。彼が信じたものも、彼を信じたものも、彼が打ち倒したものも。

 紅蓮の炎は全てを取り込み、一層激しく吼え猛る。喉が焼ける。肌が焦げ付く。

 全てはもう元には戻らない。時は遡らない。ならば何故夢を見るのか。

 彼はそこにいた。熱風と猛火が彼を責め苛む。焼ける肌が煙を上げ、燃える髪が異臭を放った。

 血は流れ、鉄の香りと共に弾けて散る。その血は誰のものだったか。彼か、それとも他の誰か。これだけ塗れてはそれも分からない。

 滑る柄を握り締める。剣は微かに鳴いて彼に応えた。

 心のどこかが叫んでいる。強く、強く。それは迸る感情。絶望の警鐘。最早誰にも届かない。

 吹き荒れる熱気の中、男はそこにいた。刃の示すその先に。それを男と呼んでいいものか――限り無く人と見える者。人ならざるもの。

 荒れ狂う煉獄の中に遊ぶ、人に似た影。血みどろの世界で踊る外法。

 その眼差しは彼を捉えていた。笑うように、嘆くように、炎と共に揺らめく深紅の視線。

 殺意など微塵も無い。路傍の石を見るでもなく。ひたすらに彼を射抜くその双眸。

「――――」

 心が叫ぶ。声など出さずに。

 大きく爆ぜた炎が、交錯する二つの影を煽った。

 一瞬の挙動。彼が繰り出す一閃を男がかわす。男の掌が彼の額を狙う。彼は身をよじりながら、さらに手の中の剣を操る。死の応酬。凶器の乱舞。

 戦いは刹那の内に終わるだろう。彼はそれを知っている。

 それを知りながら、何も出来ない。過去は変えられない。伸ばした手はいつも届かない。

 空気が唸り、雄叫びをあげる。炸裂する死の気配が、風を、熱を、烈火さえも退けていく。

 叫びは届かない。意志は声を成さず、業火と共に踊り狂う影達はただひたすらに殺し合う。

 音の消える世界。煉獄が凍りついていく。

 彼は知っている。折り重なる屍を。炎の揺らめきを。渦巻く大気を。駆け抜ける人ならぬ化物を。

 そして静寂が終わる、その瞬間を。

 鳴いた。柄が。鍔が。何よりも刃が。

 白刃は閃光よりも早く、銀の斬撃へと変わる。

 紅の双眸が輝きを増して。

「――――!」

 鮮血が、刃の上に跳ねた。

 その血。その赤さ。

 彼は知っている。

 燃えるように疼く眼窩。血に溢れるその空洞。

 引き裂かれた彼の右眼。

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