第13話 豊丸

 鬼を退治したものには金、三両。

 町に貼られた手配書にはそう書かれていた。それを読んだ豊丸(とよまる)がつばを呑む。三両。三両あれば一体なにができるだろうか。三両あれば喰いたいものが好きなだけ喰えるし、女だって金を払わなくともやって来る。豊丸は思わず舌なめずりをした。 

 豊丸は生まれたときから一人だった。生まれるやいなや廃墟と化していた寺に捨てられ、その寺を隠れ家としていた盗賊に育てられた豊丸は山を越えようとする人々を襲い、殺してきた。生きるためにすべてを受け入れてきた豊丸だったが、三十を目前に盗賊から足を洗うことに決めた。盗賊は熊と同じだ。厳しい冬を山で暮らすことはできないため、冬の間は町に降りてくるのが常だった。だったらいっそのこと、町で暮らそう。そう決心して町に降りてきた豊丸の目に飛び込んできたのが鬼退治の手配書だったのだ。盗賊として追われる身だった豊丸が鬼退治とは皮肉なものだが、蛇の道は蛇だ。盗賊から足を洗ったとはいえ、真面目に働く気などなかった豊丸にとっては好都合だった。

 飯を喰いながら鬼を捕まえる方法を考えようと豊丸は近場の飯屋に入った。近くで祭りが開かれているらしく、どこからともなく祭囃子が聞こえてくる。店内は祭りを訪れた客で混雑していたが、かろうじて豊丸が座る椅子だけは残されていた。

 席に座った豊丸は鬼を捕まえる方法を思案し始めた。腕には自信がある。なにせ、この年まで盗賊として生きてきたのだ。試したことはないが、熊だって倒せることだろう。鬼を倒すことは問題ない。問題はどうやって鬼を探すかだ。手配書の前に集まった町民たちの話によると、鬼が狙うのは女だけらしい。金で雇った女を夜の町に解き放つか。最近では鬼を恐れて町を歩くものも消えてしまったと聞いた。鬼も獲物に飢えているだろう。すぐに女に飛びつくはずだ。自分の立てた計画に豊丸の顔が思わずにやつく。これで三両はオレのものだ。

「熱っ!」

 豊丸が思わず立ち上がる。足に茶がかかったのだ。あたりをみまわすと少女が怯えたようすで豊丸を見上げていた。どうやら少女のこぼした茶が豊丸にかかったらしい。子汚い格好をした少女は不釣り合いにも真新しそうなかんざしを頭につけていた。物乞いか? だとしたら、どうやってこの店へ入ってきたのだろう。豊丸が気持ちのままに怒鳴る。

「おいっ! 服が濡れただろう!」

「ご、……ごめんなさい」少女が怯えながら謝っていると、少年が割り込んできた。

「すみません。すぐに拭きますので」そういうやいなや少年は懐から取りだした布で豊丸の服を拭きはじめた。

「これから大事な用があったのに、これじゃいけねぇじゃねぇかよっ!」豊丸が近くの椅子を蹴飛ばす。

 幾人かの客が逃げるように店からでていき、奥から顔をだした店主が不安げに声をかけてきた。「お、お客さん。なにとぞ、おんびんに……」

 怯えている店主を無視して少年がたずねる。「じゃあ、どうすれば?」

「それは自分で考えろよ」豊丸がため息をつきながら椅子に座る。「まぁ、新しい服さえあればなんにも問題ないんだがな」

 少年が困惑したようすで立ち尽くしている。

 そのようすを見た豊丸は内心、笑みを浮かべていた。豊丸にとってこれは願ってもないできごとだったのだ。ちょっと脅せば金をだすだろう。少年の表情を見た豊丸が確信する。ちょうど手持ちの金も尽きていた。正直、この店も食い逃げするつもりだったのだ。

「ま、こんな小汚い服を着させているようじゃ、服のよしあしなんてわからないだろうから金だけよこしな」少女の頭からかんざしを取りあげた豊丸が思う。安もんだな。これでは、いくらにもなりゃしない。「いくらもってるんだい?」

 泣くのをこらえていた少女の目から涙が零れ落ちた。

「泣けば許してもらえると思ってるのか?」豊丸がかんざしで少女の顎をあげる。  

「おい!」少年が豊丸からかんざしを奪いあげる。

「あぁん?」豊丸が振り返ると少年は豊丸を睨んでいた。豊丸が思わず笑みを浮かべる。「なんだよ。……やるのか?」

 豊丸の言葉を聞いた店主がふるえながら声をあげる。「け、喧嘩は外でお願いします」

「わかったよ!」豊丸がそういうと少年はすでに外に向かって歩きだしていた。

 やる気かよ。なめやがって。力づくでも思い知らせてやる。豊丸はそうつぶやきながら少年の後を追って外へとでた。しかし、少年は店をでても歩みを止めることなくそのまま路地裏へと進んでいった。せっかく少年をこらしめる姿を皆に見せつけてやろうと思ったのに、これでは観客がいない。そう思いながらも豊丸は少年についていったが、一向に立ち止まらない雷蔵にしびれを切らした。

「なんだよ? 逃げるのか?」

 豊丸がそういうと少年は振り向きざまに豊丸を睨んだ。

「逃げねぇよ」

 少年の目つきはさっきまでのものとは別人のように鋭くなっている。

 いきがりやがって。上等だ。豊丸が笑みを浮かべる。「なんだ? その言い方は? お前、俺が誰だかわかってんのか?」

 二、三発殴れば金をだすだろう。少年との間合いをつめていた豊丸がそう思った瞬間、腹部に激痛が走った。豊丸は自分の身になにが起こったのかわからなかったが、やがて少年が豊丸の腹部に拳を入れたらしいことに気づいた。少年の拳は全く見えなかった。それぐらい一瞬のできごとだったのだ。息が出来ない。その場に崩れ落ちた豊丸がうすれゆく意識の中で少年が立ち去っていくのを確認する。思いかえしてみれば仲間の荷物運びばかりしていた豊丸が人と争うのはこれが初めてだった。子供の頃から人を襲う方法を教えられていたが、度胸のない豊丸は一度も実行に移すことができなかったのだ。そんな豊丸に仲間も飽きれてしまい、豊丸は逃げるように町を降りてきたのだ。いままで何度も人が襲われるのを見た豊丸は自分にもできると腕に自信を持っていたのだが、どうやらそれは勘違いだったらしい。

 豊丸は自嘲気味に笑うと意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怒雷蔵 鳴神蒼龍 @nagamisouryuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ