第12話 祭り
雷蔵は凛を連れて祭りへとやって来た。神社の境内で開かれていた祭りは出店や着飾った人々などで賑わっており、人集りの中央では矢倉に上がった男が太鼓を叩いていた。凛が太鼓のリズムに合わせて手拍子をしている。
やはり、来てよかった。表情がほぐれはじめた凛を見ていた雷蔵が思う。嫌なことは忘れようとしたって忘れられない。なにかほかのことに夢中になって記憶を上塗りしていくことでしか忘れられないのだ。無論、祭りに来たぐらいで母の死を乗り越えられるわけはないが、少しずつ、色々なことを経験して乗り越えていけばいいのだ。
雷蔵があたりをみまわす。祭りは豊作を願うためのものらしかったが、近くに田んぼのない、ここら一体でどうして豊作の祭りが開かれているのか雷蔵は不思議に思った。昔の風習のなごりだろうか。
そんなことを考えていた雷蔵の後ろに凛が隠れた。
「お、おい!」雷蔵が戸惑いながら凛の視線の先に目を移すと、着飾った子供たちが親に手をひかれて歩いていた。凛は自分のみすぼらしさを気にしているようだ。たしかに凛が着ていた着物はよれよれで所々に空いた穴がむりやり継ぎ合わせられていた。
「着物買ってやろうか? そんなボロボロの着物だと恥ずかしいだろう?」
雷蔵の言葉に凛が黙り込む。てっきり喜んでくれるとばかり思っていた雷蔵は不思議に思ったが、すぐに理由を察した。雷蔵から見るとみすぼらしくみえる着物も凛にとっては母との思いでの品、いまや数すくない形見なのだ。すまないことをした。雷蔵が自分の配慮のなさに呆れていると、凛が声をあげた。
「あ、あれ!」出店に駆けだした凛が雷蔵にかんざしをしめす。「これ、母がつけていたかんざしと同じだよ!」
確かに凛が手にしたかんざしは凛の母がつけていたもの、もとい、空次郎が口にくわえていたものと同じものだった。
「そうだな」うなずきながら商品を手にとった雷蔵が店主にたずねる。「これはあなたが作ったものですか?」
「そうだけど」頭に白いものが混じり始めた店主がいぶかしげにこたえた。
「これ、誰に売ったかわかりますか?」
「わからないよ。そんなこと」店主がめんどくさそうに告げる。「町から町へと移動しながら売っているんだ。いちいち覚えているわけないだろ?」
雷蔵がかんざしの値段を確認する。そう高くはなく、凛の母でも買えそうな値段だった。おそらく、凛の母はここでかんざしを購入したのだ。
「これは何個ぐらい売れたんですか?」
「買わないんだったら、帰っておくれよ」
「これ、ください」
話を続けようと、思わず言葉を発した雷蔵を店主はじろりと一瞥してきたが、雷蔵が金を取りだした瞬間、店主は雷蔵に笑みをこぼした。雷蔵が金を持っていることに気を良くしたのだろう。
その瞬間、みすぼらしい格好の凛を見て、雷蔵に対する態度を決めていたということに雷蔵は気づいた。失礼なやつだ。凛に対する店主の態度に腹を立てながらも雷蔵は話を続けたが、特に情報は得られなかった。出店で売られていたかんざしを誰が買ったかということを突き止めるのは難しいだろう。
「行こう」雷蔵は店主に礼も言わずに凛の手を握って歩きだした。
一体、このかんざしを買った人は何人いるだろう。どうやって探しだせばいいのか……。途方に暮れながら神社の階段を降り始めた雷蔵は持っていたかんざしを凛に差しだした。
凛が不思議そうに雷蔵を見る。
「あげるよ」
「……ありがと」戸惑いながらかんざしを手に取った凛は雷蔵に笑みを向けた。「……これ、母がつけていたやつと同じ」
「……そうか」凛の笑顔を見た雷蔵の顔も思わずほころんでしまった。
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