第11話 かんざし
歩くたびに足が悲鳴をあげた。雷蔵を連れて歩いていた凛はへとへとだった。なにせ、河原を後にしてから数時間、休みなく装飾屋を回り続けているのだ。昨日、やっと八つになったばかりの凛にとっては重労働だ。あたりを支配し始めた夕焼けが疲れを助長する。ほんの少しでいいから休めないだろうか。そう思った凛が前を歩いている雷蔵を見る。雷蔵はそんな凛のようすを知ってか知らずか、一心不乱に店へと向かっていた。道中、店から店へと移動する間、二人の間に会話はまったくといっていいほどなく、道順以外の会話は皆無に等しかった。沈黙を埋めようと凛は雷蔵に話しかけてみたが、雷蔵から返ってくるこたえは、「うん」とか、「そうだな」という素っ気ないものばかりだった。どうやら雷蔵は人と会話をするのはあまり得意ではないらしい。
そんな雷蔵は凛が案内した装飾店につくたびに、手がかりとなるかんざしを店主に見せていたが、店主たちはいちように覚えがないようだった。どこにいっても、そのかんざしの素晴らしさを褒め称えるばかりだ。おまけに、どこの職人が作ったのか逆に聞き返されてしまい、逃げるように店をでるのが常だった。
二人は全く手がかりがつかめないまま凛が知っている最後の装飾屋へとやってきた。
「ここがあたしの知っている最後の装飾店よ」
「そうか」うなずくやいなや、雷蔵が店へと入っていく。
あいかわらず素っ気ない雷蔵の態度に呆れながらも、凛は雷蔵の後を追って店へと入った。
「このかんざしに見覚えはありますか?」
凛が店に入ると雷蔵が店主と思われる老婆にたずねていた。凛があたりをみまわす。この店は老婆がひとりで経営しているらしく、売られているかんざしもすべて老婆が作っているようだった。工具や材料、商品で埋め尽くされた店内は埃っぽく、老朽化のせいか凛が歩くたびに床が悲鳴をあげていた。それはまるで、老婆とともに歩いた人生を物語っているようだった。
老婆がうなり声をあげる。
振り向いた凛が老婆を見ると、老婆は雷蔵から受け取ったかんざしを舐めるように見ていた。
「これはここらで作られたものじゃないよ」
「どうしてわかるんですか?」
「耳かきの形だよ」
「形?」凛が首をかしげる。
「先端が丸いだろう? これは関西特有の形なんだよ。ここら一体の耳かきは先端が四角いんだ」
老婆が棚から取りだした耳かきを見せてくれた。確かに雷蔵が持ってきた耳かきは耳を掻く先端が丸かったが、老婆が差しだしたものは四角いものだった。
「関西で作られた耳かきは丸く、関東で作られたものは四角い。これはここらで作られたものじゃない」
そう断言した老婆に、雷蔵は礼を述べた。
「……そうですか。ありがとうございます」
老婆からかんざしをかえしてもらった雷蔵が肩を落としながらでて行く。
無理もない。たった一つの手がかりだったかんざしからは特に有益な情報は得られなかったのだから……。
これからどうするのだろうか。そのかんざしが紡いでいたわずかな犯人への糸が切れてしまったのだ。このままでは、母の敵(かたき)が……。凛は肩を落としながらも痛む足を引きずりながら雷蔵の後を追いかけた。
店からでてきた雷蔵は途方に暮れていた。凛の母はどこでこのかんざしを買ったのだろうか。遠くにでかけることのない凛の母がかんざしを手に入れられるのは徒歩で移動できる範囲内だと思っていたが、このかんざしは関西の方で作られたものらしい。まさか関西で買ったということはないだろう。このあたりの装飾屋も調べ尽くしてしまい、雷蔵には打つ手がなかった。唯一の手がかりが有名無実化してしまったのだ。これからどうしようか。考え込んでいた雷蔵はあたりを闇が包み始めていたことに気づく。ふと凛が地面にへたりこんでいるのに気づいた。疲れて立つこともつらい状態になってしまっていたのだ。きょう一日、雷蔵とともに町中を歩き回っていたのだ。無理もない。凛のようすを見た雷蔵は申し訳なく思った。きょうは凛と飯を食べて宿に入ろう。明日からは雷蔵一人で調べるのだ。雷蔵が飯屋の場所を凛にたずねようとしたとき、祭囃子が聞こえてきた。
「あっ! お祭り!」
思わず声をあげた凛が立ち上がる。どうやら近くで祭りが開かれているらしい。祭りの音色は人々の心を踊らせる。凛の疲れも一瞬で吹き飛んだようだ。
「ちょっと寄ってくか?」
「え……、でも……」雷蔵の言葉に凛が戸惑う。
母を亡くしたばかりの自分が祭りを楽しんでいいのか悩んでいるのだろうか。
「行こう」
祭りに行くことで凛の気持ちが一瞬でも晴れるのならそれでいい。手がかりへの糸が途切れたいま、雷蔵はどうせ動きようがないのだ。上手くいかないときは、一度忘れて明日からまた頑張ればいい。気分転換だって必要だ。そう思った雷蔵は凛の手を引いて歩きだした。
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